今年の4月は例年ならば行われる朝鮮民主主義人民共和国に対する経済制裁延長の閣議決定がなされない。もちろん、安倍政権が制裁を止めるからではなく、昨年4月に制裁の期間が1年から2年に延長されたからだ。日本社会でこのことに気付く人はほとんどいないのではないか。そのくらい制裁は自然なものになってしまっている。 後述するように、いま発動されている制裁は事実上の有事立法にもとづくものだ。それが8年にわたって継続している。しかしこの状況をほとんどの人びとは有事法が発動した状態であるとは認識していない。朝鮮学校の無償化排除や補助金停止などの教育に関する弾圧も、これらの有事法の発動によって形づくられた大状況に規定されていることが明らかにもかかわらず、である。これは朝鮮やそれに関わる在日朝鮮人の立場からすれば、極めて非対称的で異様な「戦時」が続いていることを意味する。 2002年以降の「狂乱」 のなかで、「護憲派」も含むほとんどすべての人びとは、制裁が対朝鮮外交の「カード」であるという発想に完全に思考を侵されきった。「護憲派」の論理に立つならば、これらの有事法の制定と発動はかれらのいうところの「平和主義」と矛盾すると考えてしかるべきであるにもかかわらず、である。 日本国憲法前文には「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という文言があるが、いま日本によって「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」をもっとも脅かされている「全世界の国民」は、明らかに朝鮮の国民である。この前文は近年の判例では裁判規範性を認められているようだから、例えば、日本政府の制裁によって「再入国許可」の発給を停止されている最高人民会議代議員や、朝鮮に物資を輸出した「罪」(外為法違反)を着せられた在日朝鮮人が、上述の制裁措置自体を、憲法前文の定める「全世界の国民」の平和的生存権に反するとして訴訟を起こす、という可能性もありうるはずだ。 しかし、実際には「護憲派」を含め制裁への反対はほとんど聞こえてこない。それどころか議会内の「護憲派」政党は朝鮮への経済制裁を黙認するに留まらず、積極的に支持している。そもそも社民党は外為法の改悪に賛成しており(参議院のみ棄権)、外為法改悪と入港禁止法制定に反対した日本共産党も、驚くべきことにそれらの法律に基づいた制裁の発動には賛成しているのである。この間の経緯を検証してみよう。 現在日本政府は朝鮮にさまざまな「制裁」を加えているが、その柱となる法律は「外国為替及び外国貿易法 」(04.2.26改定、施行。以下、外為法)と「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法 」(04.6.18施行。以下、入港禁止法)である。ほかにも、鳩山内閣が成立させた臨検特措法の問題などがあるが、さしあたり今回はこの二つの法律にしぼって検討したい。政府は下記の条文を「日本独自の制裁」の道具として使い、日本政府は朝鮮へ/からのあらゆる輸出入と、すべての船舶の入港を禁止している(下線は引用者)。
自由法曹団が当時批判したように、これらの法律は有事立法(戦時法)としての性格を有している。「「我が国の平和および安全の維持のために特に必要があるとき」には経済制裁を発動できるとするものであり、外為法を、我が国の安全保障の手段として活用とするものである。これは外為法本来の性格を根本から変え、いわば通商経済法を有事法(戦時法)に変容させるもの」だからである(「声明 対北朝鮮「経済制裁法案」-外為法「改正」に抗議し、特定船舶入港禁止法の制定に反対する」 )。入港禁止法も同様である。なお、当時は民主党も入港禁止法案を提出しており、そこでも「わが国の平和及び安全の維持のため特に必要があると認めるとき」に、閣議決定で特定国の船や特定国に寄港した船の入港を禁止することができる、とされている(『朝日新聞』2004.4.1)。 日本共産党は当初、外為法改悪と入港禁止法制定に反対した。当時の『赤旗』は以下のように報じている。
一読してわかるように、有事立法としての側面を批判したわけではなく、あくまで六者協議の合意に反するというに留まる。しかし共産党はすぐにこの立場すらも放棄する。 同年12月14日、共産党を含む参議院の全会派は「改正外為法や特定船舶入港禁止法等現行の国内法制上とり得る効果的制裁措置の積極的発動を検討すること」を含む「北朝鮮による日本人拉致問題の解決促進に関する決議 」を全会一致で可決した(『しんぶん赤旗』2004.12.14 )「反対」から1年も経たないうちに、共産党は制裁発動賛成に転じたのである。 これは横田めぐみさんの「遺骨」が別人であるとの鑑定をうけて、制裁の発動を求めたたものだ。緒方靖夫議員は「北朝鮮の出した『資料』が意図的な虚偽を疑わせるものであり、そこに拉致の実行にか かわった『特殊機関』が介在しているという重大問題があることが判明した新しい局面のもとでは、交渉による解決を成功させるためにも、今後の交渉の推移 と、北朝鮮側の態度いかんによっては、経済制裁もとるべき選択肢の一つとなることがありえる」と賛成したという(同上)。当初の外為法改悪反対の根拠が、六者協議の合意に反するというものだけだったところにすでに弱さがあったが、その根拠すら維持せずに制裁賛成に転じたのである。 2006年以後の制裁をめぐる動向をまとめたものが、文末の表「年表:朝鮮に対する「制裁」の展開過程(2006-2013)」である。2006年から2013年までの制裁をめぐる動向からわかることは、ほとんどの制裁とその延長措置が衆参の「全会一致」で承認されていることである。すでに法制定直後から上述のような翼賛状態ができあがっていたのであるから、ある意味では当然といえる。 わずかに福田内閣の二度の延長と、麻生内閣の最初の延長のみ、共産党と社民党は反対した。この際の『赤旗』の報道は次のとおりだ。
しかし、2009年の朝鮮が人工衛星「光明星-2」を発射すると、共産党と社民党は再び態度を賛成に転じ、麻生内閣による輸出入全面禁止にも賛成票を投じることになる。以後、今日にいたるまで社民党、共産党ともに制裁に賛成し続けている(社民党は自らが与党だった時代に制裁を閣議決定した)。 ここで注目すべき点が二つある。第一は制裁の対象を拡大する閣議決定が、「全会一致」で承認されていることである。2006年以来、制裁の対象は、万景峰92号の入港禁止から全船舶の入港禁止へ、輸入禁止から「ぜいたく品」輸出禁止、そして輸出入全面禁止へと拡大していった。その拡大のタイミングのいずれにおいても国会では何らの異議申立てがなされていない。制裁の対象の拡大とは、それまで「犯罪」ではなかったことを「犯罪」にするということである。事実、全面禁輸以前の軍事転用可能なものの輸出禁止の制裁のもとでは、「弾道ミサイルの移動式発射台などに転用可能な大型タンクローリーを不正に北朝鮮に輸出した」などという「罪」=外為法違反で逮捕されるという事件が起こっており、全面禁輸以後はピアノ、タイル、パソコンなどの輸出という「罪」で逮捕者がでている。こうした「犯罪」の領域の拡大に、賛同しているのである。 第二は、制裁の期間を延長する閣議決定が、同じく「全会一致」で承認されていることである。2009年4月に麻生内閣が制裁期間を6ヶ月から1年に延長したことや、昨年4月に安倍内閣が1年から2年に延長したことが「全会一致」で承認されている。外為法・入港禁止法のいずれも、国会の承認を得なければただちに終了せざるをえない。いまのところ制裁は「期間を定めて」発動しなければならないことになっているのであるから、この「期間」は少なくとも立法府にとっては短ければ短いほどよいはずだ。しかし共産党は「政府の恣意的判断で発動を可能とするものだ」と入港禁止法を批判したにもかかわらず、より長い猶予期間を政府に与えるこうした措置に賛同した。対朝鮮制裁については完全に安倍内閣と同一の立場であると考えるほかない。今後、もしかしたら安倍内閣は制裁措置の「期間の定め」自体を法改悪によって撤廃するかもしれないが、おそらくそれも「全会一致」で承認されるだろう。 これは全くの翼賛国会である。「護憲派」政党がこうした「制裁翼賛国会」とでもいうべき状態を支えていることがほとんど問題にされないなか、「護憲」運動がむしろ盛り上がりをみせている現状はあまりに異常である。制裁の展開過程とそれに対する共産党や社民党の対応をみると、「護憲派」政党はそもそも朝鮮を日本国憲法の「平和主義」の対象に含めていないといわざるをえない。「護憲派」政党は彼ら自身の論理においてもすでに完全に破綻しているのである。朝鮮民主主義人民共和国の人びとは憲法前文にいう「全世界の国民」には含まれないとの解釈を採らない限り、制裁の推進と「平和主義」は両立し得ないからだ。『赤旗』の記事にみられるように、制裁に反対した際もその理由もあくまで「継続の合理性消失」であり、これらが有事法の運用であるという視点がそもそも無い。 こうした翼賛と、「護憲派」が自民党を批判するために「北朝鮮」に対するネガティヴイメージを最大限動員しようと奮闘していることは対応しているといってよいだろう。「「護憲派」は主観的には改憲派に対抗しているつもりかもしれないが、結局は改憲論者と朝鮮・中国への侮蔑意識を共有している点にある。いやそれどころか、護憲派と改憲派は、日本人の中の「北朝鮮」に対するネガティブな感情を、互いに奪い合っているとすらいえる。もはや護憲派にとっても、他国に対する偏見や排外主義的情緒は、克服すべき対象ではなく、取り込み、動員すべき資源なのであろう。「護憲派」は劣情の動員競争で右翼やファシストに敗北することは間違いないが、「護憲派」たちは負けながらも朝鮮侮蔑意識の固定化にだけは寄与することになるだろう。」(「自民党憲法草案批判にみる「護憲派」の朝鮮侮蔑意識」 ) 閣議決定すらない4月の「戦争」に気付くべきである。 (鄭栄桓) 年表:朝鮮に対する「制裁」の展開過程(2006-2013) 2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
・日本政府、朝鮮への追加制裁を決定。朝鮮総連副議長5人を新たに北朝鮮への渡航制限対象に加える。 *参考 国会会議録検索システム http://kokkai.ndl.go.jp/
by kscykscy
| 2014-04-01 00:00
|
ファン申請 |
||