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派兵する「東アジア不戦共同体」

 「東アジア共同体」をめぐっては、日米安保論者=右派vs東アジア共同体論者=左派、という怪しげなリングが作られ、そこでめいめいプロレスごっこをしているようにみえる。国際政治学者の進藤榮一が2006年に書いた『東アジア共同体をどうつくるか』(ちくま新書)という本でも、東アジア共同体評議会(会長:中曽根康弘)の有識者議員も務める共同体推進論者たる進藤が、上述の図式に則って日米同盟堅持・中国脅威論への批判と東アジア共同体の必然性をとくとくと説いている。

 進藤は東アジアでは経済的な域内相互依存が増大し、域内国家間の格差は縮小しているという。未だに諸国間の貧富の巨大な格差は確かにあるが、域内の相互補完性が高まったことにより逆に諸国間の格差は域内協力の形成要因に転化する。つまり経済的相互依存が深まっていることが、東アジア内での貧困国への援助を促す要因となり、ひいては格差縮小につながる。どんどん東アジア共同体は実現に近づいている、というのである。

 特に進藤が重視するのはアセアンである。進藤は和田春樹のいうような日中韓(+ロシア、モンゴル)による「東北アジア共同の家」論には否定的である。むしろすでに地域統合が進んでいるアセアン+日中韓を軸にした開発共同体たる「東アジア共同体」が、自由貿易協定から通貨融通・債券市場を経て「開かれた地域主義」へ向う、というのが現実的だというのが進藤のシナリオである。鳩山政権の方向性もこちらに近いのだろう。


 さて、わざわざ進藤に言及したのはこうした議論を紹介するためではない。むしろ重視したいのは上のような東アジア共同体推進論を議論するにあたって進藤がこの本で披瀝している歴史認識と、そこで構想されている安全保障の枠組みたる「不戦共同体」なるものである。

 まず歴史認識から見てみよう。前述の通り、進藤の議論の中心は東南アジア、そして中国である。当然過去の日本軍による東南アジア・中国侵略に対する見解が求められるわけであるが、それについて進藤は次のように言う。

「1931年満州事変に始まるアジア太平洋戦争は、いうまでもなく、英・米や仏・蘭など欧米植民地列強との戦闘を軸にした。その戦闘過程で私たちは、下からの反乱――アジア民族主義の噴出――に力を貸し、彼らの民族自決闘争を、弾圧しながらも幇助した。日本のアジア侵攻は、アジア太平洋地域への遅ればせの進出を目指していたけれども、同時に侵略はまた、抗日闘争の形であれ親日運動の形であれ、アジアの土着民族主義運動を幇助し、民族解放運動の梃子として機能したのである。/アジアへの日本の侵攻が、アジアの「解放」を促した論理である。」(57頁)

 そして日本の「第一の敗戦」後の復興を支えたのは、こうしたアジアの解放であった、というのである。我慢してもう少し進藤の議論を聞いてみよう。進藤はまた90年代日本の「失われた十年」という「第二の敗戦」からの復興もまた、アジアが支える、として次のようにいう。

 「かつてのそれ〔「第一の敗戦」:引用者注〕が、日本のアジア進攻に幇助されたアジア諸民族の独立と東南アジア市場とに支えられたように、今次の復興もまた、日本のアジア進出に幇助されたアジア諸国の台頭する市民社会と、成熟する東アジア市場に支えられている。/私たちの敗戦が、アジアの解放を促し、アジアの解放が、私たちの復興を支える共通の歴史構造である。」(62頁)

 「日本の進攻が、アジアの独立と解放をもたらし敗戦過程を終息させたように、プラザ合意以後、日本の進出がアジアの成熟と「解放」を生んで敗戦過程を終息させる構造である」(63頁)

 進藤は淡々と隠すことなくこうした歴史認識を披瀝する。一読して明らかにように、ここで進藤は「大東亜戦争」史観を薄めて戦後日本の経済成長礼賛論を接ぎ木し、かつそこから「東アジア共同体」を展望している。ここまであけすけに、あっけらかんと語ってよいのだろうかとこちらが心配になるほどである。端的に言ってこれは右派の歴史認識である。

 これに続けて進藤は東アジアの「安全保障レジーム」の検討に移っていく。ここでもアセアンが「テロ」「海賊」などの「非伝統的安全保障領域」を軸に安全保障体制を構築したことに依拠して、これを東アジアの「不戦共同体」への可能性と見ている。そして進藤はアセアン+3による「域内非核化から兵器相互削減と共通安全保障プログラムを描き、東アジア平和維持部隊の創設」への希望を述べて次のように記す。

 「「私たちの夢は、何年か先に、ともに途上国の戦場や現場で部隊を組んで一緒に、平和復興作業に当たることです」――毎年、笹川平和財団が、中国の佐官級軍人十数人を二週間招待し、日本人の家庭と文化に接する「日中軍人友好交換計画」七周年記念パーティーの席で、受け入れ側の自衛隊佐官級幹部がそう挨拶で語った。/その言葉が、いま東アジア安全保障共同体の近未来を示唆し、東アジア共同体の展望を私たちに描かせている」(196頁)。

 進藤のいう「東アジア不戦共同体」とはアセアン+3による「域内平和」を約束し、「東アジア平和維持部隊」という名の軍が「途上国の戦場や現場で部隊を組んで一緒に、平和復興作業に当たる」というものだそうだ。別に私は分析したり裏を読んだりしているわけではなく、進藤の言っていることをつぎはぎしているだけである。歴史認識のときも書いたが、こんなに剥き出しに語ってしまってよいのだろうか。

 このシナリオならば「東アジア不戦共同体」の「平和維持部隊」が、朝鮮民主主義人民共和国に駐留して「非核化」を遂行するといったことも考えられるし、何より「東アジア不戦共同体」は域外への派兵が前提になっている。アセアン+3間での「域内平和」などもともと破られるはずもないのだから「不戦」も何も無い。派兵する「東アジア不戦共同体」というのが、東アジア共同体論者の描く「安全保障」構想なのであろう。
by kscykscy | 2009-11-10 05:14
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