タグ:天皇訪韓 ( 3 ) タグの人気記事

「闘う反共リベラリスト」姜尚中の不気味な予言

 韓国の日刊紙『朝鮮日報』に姜尚中のインタビューが掲載されている。タイトルは「闘うリベラリスト」。これがなかなか凄まじい内容に仕上がっている。

 まず、このインタビューにはやたらと「反共」の話が出てくる。以下抜粋。

―教授の大学時代(1970年代初盤)はまさしく日本は混乱の時代でした。

「私は反共から出発しました。左翼全盛期に。(この野暮ったく旧態依然として「反共」という単語を「闘うリベラリスト」から聞くことになるとは想像もしなかった)。大学(早稲田大)の頃、台湾の友人がいました。その友人と共に大学で私は「マイノリティー」でした。毛沢東万歳を叫んでいた時期です。容共というか、左翼に染まった人が多かった。「左翼小児病(極端に走り易い性向)」が流行した時期に、私たちは「右翼小児病者」と呼ばれました。総連に接近されましたが全部拒絶しました」

―流行を追わなかった。

「よい先輩のおかげでした。私が身を寄せた在日韓国人グループ「韓国学生同盟」のリーダーでした。彼は「反共でなければわれらのレゾン・デートル(存在理由)はない」と言ったんです。(当時私たちが尊敬していた)金大中氏も基本的に反共だと」

―なぜ反共だったのですか?

「私は『韓国カテゴリー』の中にいます。理念ではなく祖国なのです。韓国は反共を土台に成立した国です。4・19の際、学生たちは「われらは赤色独裁に反対する。よって白色独裁にも反対する」と言いました。だから韓国の学生運動は日本の左翼運動とは違うのです。祖国を救うという愛国運動でした。正しい方向でした。私たちはその道から外れませんでした。正しい道を進んだからこそ、今の日本社会を批判できるのです」

〔中略〕

―マックス・ヴェーバーを研究されましたね。

「ヴェーバーとカール・ポパーが好きでした。ヴェーバーはマルクス批判を曲げませんでしたね。ドイツ革命の際にも(左翼革命家だった)カール・リープクネヒトや、ローザ・ルクセンブルクを強力に批判しながら、社会主義の限界を指摘しました。ヴェーバーは正しかったのです。私は1979年に西ドイツに留学するなかで反共を基盤として国家を作る姿を目の当たりにしました。マルクス-レーニンに対する反対の上に、社会民主主義であれリベラルであれ成立しえたのです」


 いくらなんでもそれは無いだろう。別に姜尚中に何かを求めているわけではないが、李明博政権成立後のバックラッシュが猛威を振るうなかで、極右反共で名だたる『朝鮮日報』にこれを載せるというのはあまりに破廉恥すぎやしないか。しかも記者の注記を信じるならば、反共の話をし始めたのは姜尚中からのようだ。姜尚中は筑紫哲也の追悼会で「韓国はせっかく手にした民主化を浪費してしまった。いま韓国で起こっている反動について日本の人々はもう少し知る必要があるのではないか」と警告したらしいが(『世界』2010年1月号)、その「反動」に便乗しているのは自分自身ではないか。あと、私が心配することではないが、韓学同出身者はこんなことを韓国で言いふらされて平気なのか。

 続いて天皇訪韓に関して。

―(東北アジアオリンピックは)鳩山由紀夫総理の「東北アジア共同体」の理念とも合致します。中国上海も引き込めますね。

「時期的によいです。ビリー・ブラント(膝をついて謝罪した旧西ドイツの総理)を願うわけではありません。鳩山総理が旧西大門刑務所や銅雀洞国立墓地を訪問し日本が誤っていたとの意思を確実に伝えれば、天皇訪韓も成功するかもしれません。天皇は本当に韓国に行きたがっています。来年(庚戌国恥100年)は歴史的な年ですから、国会決議や総理訪韓を通して歴史についての日本の立場を再び確実にするのもよいでしょう。天皇訪韓が成功すれば、(在日同胞の宿願である)地方参政権付与も実現するのではないかと思います。

―韓国は民主国家です。統制が可能だった1992年の中国(10月天皇訪中)とは異なり、デモや抗議が無いわけではないと思います。日本もこうした姿を受け入れる姿勢を備えなければなりませんね。

「「いまのありのままの韓国社会」を受け入れられる自信を日本がどうやって備えるかの問題でしょう。そうした反対を最小化するための事前努力がだから必要です」


 天皇訪韓反対デモを許容する気などさらさら無い『朝鮮日報』の「民主国家」云々は一笑に付すべきであるが、姜尚中の言っている「反対を最小化するための事前努力」というのが不気味だ。もちろん日本のなかでの「反対」とも読めなくも無いが、普通に読めばこれは韓国内での天皇訪韓反対を「最小化」するための事前努力だろう。何をするつもりかは知らないが、在日朝鮮人が韓国内でこういうことを言うこと自体がその「事前努力」に入ることは間違いない。

 ちなみに和田春樹も韓国メディアに対して在日朝鮮人が東北アジアの架け橋になるみたいな言い方をして、その代表格として姜尚中を持ち上げている。こういう在日朝鮮人への言及の仕方には警戒するべきだと思うが、見事に「橋」になっている姜尚中にもおそれいる。韓国政治に対しても西ドイツが大連立で東方外交やったみたいに、大連立をやって「対北政策」やりなさい、とこれまた「橋」になっている。 「ひとつの橋の建設がもしそこに働く人びとの意識を豊かにしないものならば、橋は建設されぬがよい、市民は従前どおり、泳ぐか渡し船に乗るかして、川を渡っていればよい」とはフランツ・ファノンの言であるが、少なくとも私は日韓の間にかかるこの「橋」を渡りたくはない。
by kscykscy | 2009-12-15 06:59 | 日朝関係

再び天皇訪韓と和田春樹、そして「鳩山談話」について

 ここにきて、李明博大統領が再び天皇訪韓を口にしだした。韓国併合百年を期に、天皇訪韓によって「歴史問題の完全解決」を図ろう、ということらしい。韓国メディアも保守系は概ね好意的だ。進歩系も明日には社説やオピニオンが出るだろう。

  まず確認しておくが、私はいかなる条件・いかなる時期であろうとも、天皇が「天皇」として朝鮮半島に行くのには反対である。理由についてはここを読んでいただきたい。
     和田春樹の天皇訪韓提案と「東アジア共同体」

 早速「中央日報」のコメント欄あたりにたむろする天皇主義者たち(ネット右翼、という呼び名は生ぬるいと思う)は騒ぎ始めており、なかには「日本の皇室外交に政治を持ち込むな」という珍妙な批判もあって笑えるのだが、とりあえずはどうでもいい(皇室外交は政治ではない、というのはなかなか天皇制っぽくて味わい深い)。

 ただ、安重根のような人間に暗殺されるから天皇を韓国に行かしてはならない、という類の意見は、天皇がただ朝鮮に上陸しただけで殺されるかもしれないような存在であるということが前提になっていて逆に「不敬」なんじゃないかとすら思うのだが、その理解についてだけは私も同感である(もちろん、それは朝鮮人の頭がおかしいせいになっているのだが)。

 しかし、あれを「反日カード」だと呼ぶのは間違いである。大して「反日」ではないものをことさらに「反日」だと名指して、逆に「反日」の価値暴落を引き起こそうとする高等戦術なのかもしれないが、最大限好意的に解釈して天皇訪韓要請の思想的意味は、もはや日本が絶対に天皇制を無くすことはないし、日本人が変化することもない、という諦念に基いた政治的リアリズム(ニヒリズム?)に過ぎない。普通に考えたら、李明博の訪韓要請は単なる「親日」行為である。安重根が生きていたらまずは李明博を射殺するだろう。

 それはさておき本題は和田春樹である。この件(といっても併合100年の方だが)に関連して『ハンギョレ』で再び和田春樹が発言している。とりあえず引用しよう。

 8・30総選挙の結果は『ハンギョレ』が書いたように選挙革命に近かった。今までの自民党政治とは異なる政治を示さねばという日本国民の願いの結果である。特に、去る95年には村山談話があったが充分ではない面があったので、果敢に新たに書き直すことを期待する。来年の韓日強制併合100年という絶好の機会を活かし、声明を出さねばならない。まさしく「鳩山総理談話」である。韓国人の心を掴むためには村山談話では解決されていない、併合は当初より無効という韓国の主張に対し応えなければならない。そうした余地があると思う。このために日本で努力したい。

 「鳩山談話」が出るそうだ。いや、出すそうだ。もういい加減にして欲しいのだが、この記事には続きがある。

 鳩山総理は客観的に直面することになる100周年問題に対し、何らかのかたちで応えるだろうと思う。それは韓国のみならず北朝鮮に関連する問題だ。北朝鮮側では100周年問題について鳩山政権が言及するならば、日本側との関係改善に積極的になるだろう。北朝鮮を動かすためにはまずは過去に対する反省が必要である。このためには日韓条約のような日北〔ママ〕条約が必要である。それは北朝鮮には大きな魅力である。

 日韓条約のような日朝条約が必要なのだそうだ。まだまだ続く。

 日本国民も過去とは異なり新たな方向へと進むことを期待しているため、日本のナショナリズムは大きな問題ではない。この問題を解決しようとする日本知識人たちも多いと思う。年末までには歴史問題に関連する声明が出るだろう。

 日本のナショナリズムもさしたる問題ではないとのことである。根拠は不明であるが。そして最後、

 『朝日新聞』による去る19日の民主党出馬者に対する調査結果を見ると、憲法改正、防衛力増強、集団的自衛権行使問題などに対しは穏健派が圧倒的に多い。自民党候補のなかでは95%が平和憲法改正に対して賛成だが、民主党候補者のなかでは40%だった。4年前の民主党候補者調査では70%に達した項目である。こうした人物たちを選択したのが小沢一郎民主党幹事長だということに注目する必要がある。小沢に対しては様々な評価があるが「自民党と異なる政治」をするために当分の間は穏健派を公薦した。彼は戦略的な思考を持っている。対北政策と関連する問題は、鳩山総理にかかっている。歴史問題・補償問題については積極的な考えである。彼は軍隊慰安婦問題解決法案を提出した議員のうちの一人だ。ただ、鳩山総理が北朝鮮問題と関連して、就任したらすぐ船舶調査法案を通過させると言って来たが、これは中止した方がいいと思う。はじめから北朝鮮との関係を悪化させてはいけない。

 以上である。とりあえず「鳩山談話」と知識人らの「歴史問題に関連する声明」を出そうと画策しているようなので、最大限警戒しよう、と呼びかけておきたい。ただ、私が心底腹立たしく思うのは、最後に引用した部分である。

 少なくとも民主党選挙勝利後の韓国メディアの大勢は、当分は日本の外交に大きな変化は無いだろう、というものだったと記憶している。私も正しい判断だと思う。そこにわざわざ改憲派は40%しかいないだの、それは小沢の「戦略的思考」だの、鳩山が「歴史問題・補償問題については積極的」だのといって、民主党外交に変化の兆しがあるかのように韓国世論を誘導するのはどういうことか。何より、それを掲載する(依頼もしたのだろう)『ハンギョレ』は一体どうなっているのだろうか。大体、改憲派が40%しかいないから安心しろ、というのは人を馬鹿にするにもほどがあるのではないか。民主党と自民党を足したら容易に改憲できるから警戒すべし、となるのが普通の判断だろう。仮にも「歴史問題・補償問題」の「解決」を望むならば、周辺諸国の厳しい監視は絶対に必要である。それを緩和させてどうしようというのか。

 ここでは天皇訪韓については言及は無かったが、おそらく李明博とは若干違うラインで和田は主張することになると思う。流石に李明博と同一のレトリックではやらないだろうし、そういうところにより根深い問題があるとも思うのだが、韓国に対しては「警戒せよ」と声を大にして言いたい。

 しかし困ったことに web版9月16日付の『ハンギョレ』の社説を見ると、ほとんど和田春樹そのままのことが書いてある。憂鬱だが引用しよう。

 鳩山政権は以前の自民党政権とは異なり、過去事問題に前進的な姿勢を見せている。名実相伴う韓日友好を実現するにあたり、極めて肯定的な部分である。鳩山総理は靖国神社参拝をしないと明確にした。また民主党は韓国人軍隊慰安婦補償と在日同胞地方参政権付与問題にも積極性を見せている。事案の性格上根本的に解決するのが難しい独島問題を除けば、過去事問題には最も好意的な政権が誕生したことになる。小沢一郎民主党幹事長と岡田克也外相など党政の核心に韓国・中国など隣国との友好関係を重視する人物が布陣されている事実も注目される。

 『ハンギョレ』もまた、和田春樹と、そして村山社会党と同じ道を歩むのだろうか。もう歩んでいるのかもしれない。もう手遅れかもしれないが、声を大にして「そっちは行き止まりだ!!」と呼びかけたい。
by kscykscy | 2009-09-17 07:58 | 日朝関係

和田春樹の天皇訪韓提案と「東アジア共同体」

 前回書いたように、和田春樹は『世界』2009年4月号に寄稿した「韓国併合100年と日本 何をなすべきか」(以下、和田論文)と題した論文で、韓国併合100年に際して「当然実現されていい懸案」として、「天皇皇后のソウル訪問」(168頁)を挙げている。天皇が大統領主催の晩餐会で村山談話の表現を取り入れた挨拶をすれば「日本国民の心を伝えるものになるはず」で、しかも天皇皇后が高宗、純宗の廟を訪れ、「花輪を捧げ、頭を垂れれば、植民地支配への反省を象徴的に表わすという意味で、意義深いことであろう」(169頁)というのである。

 和田春樹が天皇のソウル訪問を主張したのはこの論文が初めてではない。むしろ90年代からの一貫した主張といっていいが、来年の「併合100年」にあわせて和田は改めて天皇訪韓の意義を強調しているといえる。韓国内のメディアでも同様の提案を行っている。

 結論から言おう。私はいかなる形、いかなる時期であっても、「天皇」が「天皇」として朝鮮半島を訪れることには反対である。和田は「天皇がソウルを訪れて、高宗の廟に花を捧げるだけでは意味がない、謝罪と償いの新たな行為を伴わなければ意味がないという考えがあるかもしれない」と、自らへの反論を予め天皇訪韓をめぐる条件論へと限定し、論点を意図的に「天皇がソウルで何をなすべきか」へと誘導しているが、問題はそんなことではない。

 日本政府は、併合条約は当時としては合法に締結された、と主張している。一方、村山談話は「遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と植民地期を規定する。つまり、併合そのものに問題は無いが、統治の過程で「多大の損害と苦痛を与えました」というのが、政府の立場である。

 併合条約によれば、「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ」天皇に「譲与」し(「韓国併合ニ関スル条約」第一条)、かつ天皇はそれを「承諾」している(第二条)。だがこれ自体は問題ではなく、あくまで「統治」の過程での「損害と苦痛」だけが問題になる。つまり「譲与」を「承認」した明治天皇の行為は全く問題にされず、あくまで問題は「君側の奸」にあるというわけだ。

 だが問題は天皇制そのものにある。日本敗戦直後に被侵略地域から天皇制廃止の声が起こったのは、45年以前のあらゆる侵略が天皇の名において行われたからであり、最低限天皇制が廃止されない限り、日本に対して講和は行わないという意思の現れだった。しかし天皇制はこうした要求をかいくぐり、封殺しながら巧みに生き延びた。その天皇が、天皇の地位にあるままで、ソウルを訪れることは、植民地支配を反省する意思表示なのではなく、むしろその逆、天皇制が植民地支配及び侵略責任を回避しきったということを意味するに過ぎない。

 しかも和田はこれを高宗の廟の前でやれといっている。高宗はハーグ密使事件によって退位に追い込まれ、1919年の死は三一運動の引き金にもなった。しかも毒殺説が有力な説として未だに主張されており、日本政府はその真相究明すら行おうとしない。そういった状態で、天皇が高宗の廟に頭を下げるということは、植民地支配を反省するどころか、いまだに天皇なるものが平穏無事に存在し続けていることを象徴的に示す行為であるといえよう。つまり、天皇のソウル訪問及び高宗の廟への献花は、単なる天皇の「勝利宣言」なのである。

(※ちなみに私は天皇が朝鮮の土を踏んでもよい場合は二つあると考えている。一つは天皇制が廃止され完全な私人になった場合、もう一つは日本の植民地支配・戦争責任を裁く国際法廷が朝鮮のどこかの都市で開かれ、そこに被告あるいは証人として出廷を要求された場合である。いずれも現時点では実現可能性は低いので、どちらにしても天皇の朝鮮訪問には反対である。)

 おそらくこうした意見はそう突飛なものではないと思う。少なくとも韓国内でもこうした世論は存在するはずだ。だが、おそらく和田は、だからこそ天皇の訪韓を主張しているのではないだろうか。
 
 和田論文では92年に明仁天皇が中国を訪問し、中国国民への「苦難を与えた不幸な一時期」について「悲しみ」を示し、「我が国民は、このような戦争を再び繰り返してはならないとの反省にたち、平和国家としての道を歩むことを固く決意して、国の再建に取り組みました」との発言したことが「中国政府に好意的に受け取られた」と肯定的に評価している。訪韓にしてもこれと同様の効果を狙っていることは歴然としており、つまり、和田が意図しているのは、韓国政府の、あるいは韓国政府による対日批判の押さえ込みであるといえる。

 言うまでも無く、中国政府に対する天皇発言は事実に反している。明らかに日米安保条約は中国を仮想敵国の一つに据えていたし、サンフランシスコ講和条約後の米軍駐留の根拠の一つとなった「国連軍地位協定」(1954年2月19日署名)は、朝鮮民主主義人民共和国及び中華人民共和国を侵略者と規定した国連安保理及び総会決議に準拠している。1972年の国交回復後もそれは変わらない。これら諸協定の修正あるいは撤廃のために日本政府が能動的に行動したことは無く、またその意思も無い。中国に対し、日本が「平和国家」どころか明確に敵対姿勢を示していたのは歴然たる事実である。これは和田が多大な影響を受けたと公言している竹内好『現代中国論』の認識とも全く背馳するものといえる(私自身は竹内の中国論に賛同しているわけではないが)。

 だが逆に考えてみると、これは「提言」でも強調されている「戦後日本礼賛」の主張と軌を一にするものであるともいえる。あくまで日本の侵略の問題については、1945年8月15日以前に限定させ、「戦後」日本については平和国家としてアジアとの協調を望んできたのだというラインで押し通す。しかも、45年以前についても法的責任は絶対に承認せず、天皇のあいさつで「手打ち」をする。天皇訪韓についても同様の意図があるといえるだろう。

 また一方で和田は天皇訪韓によって、日本の右翼勢力を黙らせる効果も期待しているのではないか。天皇訪韓主張については右翼から「陛下の政治利用」として猛烈な批判がある。だが、実際に天皇が行けば、ごく一部の右翼勢力以外は言うことを聞くだろう。そしてこの「手打ち」によって、日本・韓国・中国の協力関係――「東北アジア共同の家」を実現する。こうした構想を和田は持っていると思われる。

 政府は戦後一貫して責任を果たそうとしなかったし、その結果国民も別にアジアに対する侵略責任があるとは大して考えていない。被侵略地域の人々はこうした日本のあり方に不満を持っている。当然である。だがこうした不満に対し、日本の政府関係者や国民はこれまた不当だと感じる。戦後日本では侵略責任を果たすための苦痛に満ちた戦いが全く行われなかったのだから、こうした反応は当然起こるだろう。だがこれでは東アジア共同体なんてできようにもない。そこで天皇の登場、というわけだ。

 つまり、和田は今後東アジアにおける何らかの「共同体」的なものを作っていく際に、天皇にその調停役としての機能を担わせるつもりなのではないか。だとするならば、今回の天皇の訪韓要求は、明らかにその第一歩である。そして、朝鮮民主主義人民共和国との国交「正常化」の際には、和田は天皇の平壌訪問を語りだすだろう。東アジアの至るところで天皇の「勝利宣言」がこだますることになる。和田の提案する薄気味悪い東アジアの「未来」を、私は絶対に拒否する。
by kscykscy | 2009-03-17 05:13 | 日朝関係