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「良心」ある人々の平和な国

 あの頃、「良心」ある人々はこう言っていた。確かに日本軍「慰安婦」制度が戦争犯罪であることを認め法的責任をとるのが最善だ、だけど日本は右派が強すぎる、村山政権の限界は国民基金なんだ、と。「良心」ある人々にはまだ、いまの日本が右翼と歴史修正主義者の楽園であるということを感じることができる程度の「心」は残っていた。

 もちろん、「心」ある人だということを元「慰安婦」の人々や支援者たちが知らないわけではなかったが、泣き落としは受け容れられなかった。無理な相談である。加害側の事情に合わせて原則を曲げよなどという提案を認められるはずなどなかった。

 すると「良心」ある人々は機嫌を損ねた。泣き落としをやめ、日本で国民基金にこぎつけるのがどれだけ大変だかわかっているのか、と恫喝しはじめた。「法的責任」なんて考えは古い「道義的責任」の方が崇高だ、受け容れない奴らはわかってない、と居直りもした。そもそも「償い金」はあなたがたの求める「補償」だった、という珍説を唱える「仲間」もあらわれた。

 そしてついに「良心」ある人々は怒り始めた。「和解」を拒否したから日本で「嫌韓派」が増えてしまったではないか、日本の右傾化の責任は「和解」を拒否した人々にある、と。順序は変わってしまった。日本は右派が強すぎるからこれで我慢してくれ、と言っていたことは忘れてしまったようだ。こうしてあの頃の日本は、右翼と歴史修正主義者の跋扈する変わりえない国から、「良心」ある人々のリベラルで平和な国になった。


by kscykscy | 2015-04-19 00:00

朴裕河『和解のために』をめぐる「論争」をふりかえる(2・終)

3.徐京植の批判と反批判

 続けて徐京植による『和解』批判を検討しよう。徐京植の論考「和解という名の暴力――朴裕河『和解のために』批判」(以下引用は『植民地主義の暴力』高文研、2010年より)は、世界的な植民地支配責任をめぐる論争をふまえ、朴裕河『和解のために』の誤りと問題点を仔細に明らかにしたものである。著作としての『和解』の問題点のみならず、この本が「リベラル」を自称する日本の知識人たちの間で流通・消費される理由にまで分析が及んでいる。

 徐京植は、90年代はじめ日本軍「慰安婦」をはじめ植民地支配の責任を問う被害者証人があらわれ加害国の責任を問うたが(「証言の時代」)、日本では90年代半ば以降「反動の時代」に突入し、「日本植民地支配の被害者たちは右派や歴史修正主義からの暴力だけでなく、中間派マジョリティからの「和解という名の暴力」にまでさらされている、という(75頁)。そして、その代表的事例が朴裕河『和解のために』が日本で「異常なほど歓迎される現象」であると指摘する。

 徐京植の『和解』批判の論点は多岐にわたるが、第一に問題とされるのは、日韓の「不和」の原因は韓国側のナショナリズムに基づいた対日「不信」にあるという朴裕河の主張である。朴裕河は日本がどんな謝罪をしようが「不信が消えない限り、どういう形であれ謝罪は受け入れられない」から、「和解成立の鍵は、結局のところ被害者側にあるのではないか」と主張する(『和解』238頁)。朴裕河は、徐京植の『ハンギョレ』に掲載されたコラムについて「問題は、このような認識自体もさることながら、「日本のマジョリティ」批判が、韓国のリベラル新聞に大きく載り、韓国のリベラル市民が日本に対するさらなる不信に陥ることを促すということである」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」147頁)と批判しており、とにかく対日「不信」を解消することが朴にとって最も重要な「解決」への道なのだ。だが徐はこれを「原因と結果とが意図的に転倒されている」と批判する。「不信があるために謝罪を受け入れないのではなく、まともな謝罪が行われないために不信が増幅されてきたのだ」、と(87頁)。

 朴裕河の論理の「転倒」については、金富子も同様の批判をしている。金富子は、『和解』のもう一つの問題として、「日本政府や国民基金へは高い評価を与える一方、それに否定的姿勢をとった韓国、とりわけ韓国挺対協の運動姿勢を厳しく指弾」することをあげる(金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義」107頁)。そして、国民基金の拒否を「日本に対する本質主義的な不信」のゆえである、と主張する。だが、国民基金が被害者たちの反発を買ったのは「国民基金が文字どおり謝罪として「不十分」だったから」であり、むしろ問われるべきは「被害者や被害国に必要のない分裂や葛藤をもたらした」国民基金の「曖昧な金銭による決着という方法」である。朴裕河のように「その責任を被害者や支援運動に転嫁するのは本末転倒である」(108頁)、と金富子は指摘する。

 さらに徐京植は『和解』が歓迎された背景に、朴裕河のような主張を渇望する「日本のリベラル派」の「秘めた欲求」をみる。朴裕河の議論の前提には「大枠においては、日本は韓国が謝罪を受け入れるに値する努力をした」(『和解』238頁)との認識がある。だからこそ、日本は相応の努力をしている。にもかかわらず韓国が受け入れないのはナショナリズムにとらわれた「不信」のせいである、国民基金への反発も被害者の誤解のゆえであり、かかる誤解を生ぜしめた「支援者/支援団体」のせいである、という論理が成り立つのである。かような「論理」を歓迎する人々の「欲求」について、徐京植は次のように指摘する。

「彼ら[日本のリベラル派:引用者注]は右派の露骨な国家主義には反対であり、自らを非合理的で狂信的な右派からは区別される理性的な民主主義者であると自任している。しかし、それと同時に、北海道、沖縄、台湾、朝鮮、そして満州国と植民地支配を拡大することによって近代史の全過程を通じて獲得された日本国民の国民的特権を脅かされることに不安を感じているのである。[中略]右派と一線を画す日本リベラル派の多数は理性的な民主主義者を自任する名誉勘定と旧宗主国国民としての国民的特権のどちらも手放したくないのだ。その両方を確保する道、それは被害者側がすすんで和解を申し出てくれることである。」(93頁)

 つまり、朴裕河の議論は、欧米も含めた「先進国マジョリティ」共通の、植民地支配責任を問う声を封じたいという心性に親和的な「和解」論であり、「それはつまり、植民地主義という世界史的潮流に対する反動の一現象」(97頁)なのだ。徐京植の『和解』批判の核心はここにあるといってよいだろう。他にも、朴裕河のいう「和解」の主体には朝鮮民主主義人民共和国と在日朝鮮人が入っていないことや、日韓条約を批判することは「無責任」だとする主張の問題点の指摘(*1)など、徐京植の批判は多岐にわたる。web上でも読むことができるので一読を勧めたい。

 なお、徐京植の『和解』批判は、徐が90年代後半に精力的に展開した「反動的局面」を支える「リベラル」への批判の延長線上に位置づけられるものだ。「つくる会」や小林よしのりに代表される歴史修正主義的免責論への批判にとどまらず、構成主義的国民観に立って「日本人としての責任」から逃れようとする人々の問題点を先駆的かつ直截に指摘し続けた徐からすれば、朴裕河の言説のもつ問題点はあまりに明瞭だったのであろう。「反動的局面」における徐の一連の主張については、このブログでも以前にとりあげたのであわせて一読いただきたい。

*参考
「徐京植を読み直す――「反動的局面」と現在(1)」
「徐京植を読み直す――「反動的局面」と現在(2)」

 徐京植のこうした『和解』批判に応えたのが、朴裕河「「右傾化」の原因、まず考えねば 徐京植教授の「日本リベラル」批判、異議あり」(『教授新聞』2011年4月18日付[朝鮮語])である。

 朴裕河は次のように反論する。

「[略]『和解のために』は徐教授のいう「植民地支配責任を問う世界的潮流」と無関係な本ではない。それは国民基金もまた同様である。慰安婦問題とは、徐教授がいうように、仮に「強制的に」連行されなかったからといっても、慰安婦問題は植民地支配の構造のなかの出来事だ。ところでこうした指摘はすでに六年前に「和解のために」で私が書いたことでもあった。「法的に」1965年に植民地支配に対する補償が終わったといっても、1990年代に政府が予算の半分を出資し、再び補償をしたのであるから、「国家補償」の形態を取っていれば良かっただろうと私も明確に書いた。だが徐教授は私の本にそのような指摘がないという事実については語らない。問題はこうした書き方が私の本や「日本リベラル」に植民地支配責任意識が無いことを読者たちに考えるように仕向けている点だ。私の本の内容の半分が日本右派批判であるということをただの一行で処理することも、こうした書き方の結果である。」

 文意を読み取りづらい箇所があるが、あえて要約すれば、朴裕河は①国民基金は「植民地支配責任を問う世界的潮流」に応じたものだ、②国民基金は「国家補償」の形態をとればよかったと主張したが徐はそれを無視している、③徐の書き方は韓国の読者に「日本リベラル」への「不信」を植え付ける、という三点にまとめられるだろう。①と②の要約が妥当ならば、本来両立しえない主張のはずだが、朴裕河の書き方が曖昧で主旨が判然としないため、これだけでは判断できない。少なくとも、朴裕河が『和解』に引き続き、「国民基金」が「補償」であったと認識し、それを根拠に「植民地支配責任を問う世界的潮流」に応じた(無関係ではない?)ものと反論していることは間違いないだろう。

 だがこれでは堂々巡りである。すでに西野瑠美子が指摘したように「国民基金」の「償い金」が「補償」ではないことは当の日本政府が繰り返し主張していることである。国民基金の副理事長であった石原信雄が「これは賠償というものじゃなくて、ODAと同じように、人道的見地からの一定の支援協力ということです」といっているのである(西野瑠美子「被害者不在の『和解論』を批判する」、西野瑠美子・金富子・小野沢あかね責任編集『「慰安婦」バッシングを越えて 「河野談話」と日本の責任』大月書店、2013年、138頁)。朴裕河はそれを強引に「補償」といいかえ、被害者が「誤解」したかのように言い募る。「そもそもの誤解は『和解』が全てを「水に流して」あらたな「謝罪と補償」なしにことを終わらせようとする議論に受け止められたことから始まったようだ」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」144頁)というが、朴裕河が「補償」について奇天烈な解釈を採る以上、議論など成り立つはずがないのだ。

 さて、朴裕河がこの反論で最も強調したのは③である。上に続けて次のように説く。

「「在日」に対する差別やその他の日本社会の矛盾をすべて日本リベラルまで「植民地支配に対する責任意識」が無かったためと断定することは、だから「暴力」的であり「危険」でもある。自身と少しでも違う考えに対し、たやすく「反動」のレッテルを貼る「暴力」は彼がいう「世界平和」の基盤になるべき「信頼」ではなく「不信」を助長するだけだからだ。「日本リベラル」の「右傾化」を批判するならば、何が彼らを「右傾化」へと追い立てるのかをまず考えねばならない。明らかなことは「日本リベラル」を敵に回すことは補償を一層難しくするだけだということだ。」

 ここで不思議なのは、なぜ「日本リベラルまで「植民地支配に対する責任意識」が無かったためと断定することは、だから「暴力」的であり「危険」」なのかが、全く説明されていないことだ。「日本リベラル」(誰?)を批判することは「不信」を助長するだけだ、という主張が繰り返されているだけだ。「何が彼らを「右傾化」へと追い立てるのか」――朴裕河によれば、徐京植のような(そして挺対協のような)批判こそが、「日本リベラル」を「右傾化」に追い立てるのであろう。

 この論法は、当の「日本リベラル」を朴裕河が実際には馬鹿にしきっており、その限りでは「日本リベラル」の性格を正しく理解していることを表していて興味深い。徐京植への反論に際し、朴裕河は「日本リベラル」の思想と行動に即した反批判を試みていない。仮に「「在日」に対する差別やその他の日本社会の矛盾をすべて日本リベラルまで「植民地支配に対する責任意識」が無かったためと断定することは、だから「暴力」的であり「危険」でもある」というのならば、具体的に「植民地支配に対する責任意識」があった事実を提示する必要があろう(おそらく困難な作業となるだろう)。だが朴は事実かいなかを脇に置き、「「右傾化」へと追い立てる」から批判を控えよ、という。あまり批判すると逆ギレするから、ほどほどにして「和解」したほうがいい、というわけだ。朴裕河によれば、「日本リベラル」とはかくも幼稚な集団なのだ。確かにそれは事実だろう。

 だとすれば、そのようは集団との「信頼」に何の意味があるのか。むしろ徐京植の「リベラル」批判こそが正しいのではないか。やはり「和解」の主体に在日朝鮮人が含まれていないではないか。朴裕河は徐京植の指摘の正しさを自ら証明しているといわざるをえない(*2)。

4.結び

 『和解』をめぐる「論争」はかくして朴裕河が批判に充分に応えないまま終わり、舞台は『帝国の慰安婦』へと移ることになる。先の徐京植への朴裕河の反論は次の一文で締めくくられる。

「私は2010年、日本の新聞に書いたコラムで慰安婦問題の補償が必要だと書いた。また、補償を拒否する右派の思考を批判的に検討する本を準備中だ。ただ徐教授とは異なる方式の語り口になるだろう。レッテル貼りと先入観では彼らを変化させることはできないから。」

 果たして『帝国の慰安婦』は「レッテル貼りと先入観」を克服した著作になったであろうか。「償い金」が「補償」であるという充分な理由を提示したのであろうか。日本軍「慰安婦」制度への独特な理解について、説得的な説明が与えられたであろうか。答えは否である。それどころか『帝国の慰安婦』は日韓協定による「経済協力」は「補償」であったという驚くべき主張を加え、さらなる混迷の淵へと人々を導いていくことになるのは、すでにみた通りである。最後に『帝国の慰安婦』がこれらの前著への批判についてどのように扱っているのかに触れておきたい。

 まず指摘しておかねばならないことは、『帝国の慰安婦』は先にみた金富子の批判をはじめ、ほとんどの内容に関する批判に全く触れておらず、それどころか参考文献にすら入れていないことだ。事実上無視を決め込んだといってよい。『和解』への批判は『帝国の慰安婦』朝鮮語版のみにある「後記」で、次のように触れられるだけだ。

「『和解のために』は半分は慰安婦問題や植民地支配に対するいわゆる「右翼」の思考と行動に対し批判的に書いた本だった。だがこの本を批判する者たちは、誰も私の本のなかの右翼批判については語らなかった。そしてただ進歩陣営の慰安婦問題解決運動方式への批判だけを激しく非難した。/批判者たちは日本で私の本が高く評価されたこと(朝日新聞社が主催する「大佛次郎論壇賞」受賞)をあげて日本が右傾化したためだと語り、私があたかも日本の右翼と同じ主張をしたかのように扱う。」(317頁)
「こうした話をあえてするのはいまこの人々を恨みがましく非難するためではない。進歩側のこうした対応は、「正義」の側に立っているとの自己確信が生み出したことは明確である。問題はこうした方式の自己確信が時には硬直した姿勢と無責任な暴力を生み出すということだ。そして重要なことは、本文でも記したように、そうした方式の思考に基づく非難が、日本政府と国民全体を対象に行われもしたということだ。そして、そうした20年の歳月が日本内の嫌韓派を増やしてきた。」(318頁)

 他に、ある進歩メディアの記者の無断録音や「支援団体のある者」のMLへの無断投稿、あるいはある新聞記者が「日本の右翼の賛辞を受けた」と誤って紹介したことなどをあげて、自らがいかに批判派からハラスメントを受けたかが縷々記されるが、『和解』の内容への批判は全くとりあげられない。徐京植の批判も「韓国で名望高いある在日僑胞作家」が「ある日突然「和解という暴力」というコラムを代表的な進歩新聞に書きもした」とぼかされたうえ(318頁)、批判への反論がされるわけでもなく、繰り返し日本批判が「嫌韓派」を増やしたという主張が述べられるだけである。日本語版では「後記」すらも削除され、批判の存在自体が消去されてしまった。

 こうした対応は公正さを欠くものといわざるをえない。『和解』への批判が単なる右傾化批判ではないことは朴裕河も充分理解しているはずだ。徐京植は「『スカートの風』(角川文庫)の著者である呉善花が「サンケイ新聞」の読者層である右派の需要を満たしてきたとすれば、朴裕河は「朝日新聞」の読者であるようなリベラル派の需要を満たしてくれる存在であるといえよう。」(96頁)と明確に指摘しているのである。内容に即した批判にまともに答えず、「先入観」にもとづき批判者への「レッテル貼り」をして済ませているの朴裕河自身といわざるをえない。

 『帝国の慰安婦』にはかように不毛な前史があった。『和解』をめぐる「論争」の時点で、すでに問題はあらかた出揃っていたのである。再び「舞台」が与えられたことの異様さをこそ問題にすべきだろう。

*1 韓国からの日韓協定批判は「無責任」だとする朴裕河の主張に対し、徐京植は次のように適確に批判する。

「朴正煕軍事政権が国内での反対運動を弾圧しながら結んだこの条約は、冷戦体制下で強要された不平等条約であるともいえよう。それの見直しを求めることは、朴裕河によれば、無責任なことだというのである。それでは日米安保条約に反対する日本人は無責任だということになるのか?/朴裕河にとって責任ある知識人とは、たとえそれがどんなに反人権的かつ非人道的なものであろうと、国家がいったん締結した条約には最後まで黙々と従う人のことらしい。これほど国家権力を喜ばせ、植民地支配者やその後継者たちに歓迎されるレトリックもないであろう。」(83頁)

 朴裕河の理屈に従えば、仲井真知事が辺野古埋め立てを「承認」したのだから、基地建設に反対している人々は「無責任」だということになる。

*2 ところで、日本の「右傾化」について朴裕河は2009年には次のように主張していた。

「あれから一年も経たないうちに、日本は戦後六〇余年続いた自民党政権が終わり、民主党政権となった。そうであれば改めてこのような否定的な「現状認識」自体が問われるべきであろう。むろん植民地時代や戦後への「歴史認識」も改めて問われていかねばなるまい。確かなのは韓国のナショナリズムが高まると、今度は日本の右翼のナショナリズムが発動されるだろうことである。そして「責任の主体」との対話はますます難しくなるだろう。」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」147頁)

 この文章が発表されたのは2009年10月、つまり鳩山内閣発足直後である。「日本リベラル」を批判するが、実際に日本は「政権交代」したではないか、徐京植のような「否定的な「現状認識」」と「戦後への「歴史認識」」も改められるべきだ。こう朴裕河は主張しているのである。さて、その「政権交代」の結果はどうであったろうか。米軍基地問題、朝鮮高校無償化問題など、「日本リベラル」なる集団の問題を全面的に露呈した後、無残な結末を迎え、極右寡占体制へと帰結したのではなかったか。それも朴裕河によれば、それは韓国が「慰安婦」問題を持ち出しすぎて「日本リベラル」を右傾化させたから、ということになるのだろう。だが、朴裕河の指示どおり韓国の人々が行動するとなれば、日本は「右傾化」すればするだけ韓国に自らの要求を呑ませることができるようになるから、むしろ「右傾化」は合理的選択となるのではあるまいか。

(鄭栄桓)

by kscykscy | 2015-04-12 00:00 | 歴史と人民の屑箱

朴裕河『和解のために』をめぐる「論争」をふりかえる(1)

1.朴裕河『和解のために』と『帝国の慰安婦』

 朴裕河の日本軍「慰安婦」をめぐる主張については、前著の朴裕河(佐藤久訳)『和解のために 教科書・慰安婦・靖国・独島』(平凡社、2006年、後に平凡社ライブラリー、2011年、以下、『和解』)が刊行された際にいくつかの決定的な批判がなされた。もちろん、朴は批判を一切無視したわけではなく何度かにわたり『和解』批判への「反論」を試みたが、それらはいずれも説得力を欠く弁明に終始した。このため『帝国の慰安婦』はこの際に指摘された問題をほぼすべて継承することになる。おそらく今後なされるであろう『帝国の慰安婦』批判に対しても、朴は同様の弁明を反復するものと思われる。不毛なやりとりの反復を極力回避するためにも、この機会に『和解』をめぐる「論争」について整理し、コメントを付しておきたい。

 検討に先立ち、『和解のために』刊行の当時に発表された批判を紹介しておこう(煩瑣なため初出は省略した)。幸いいくつかはweb上で読むことができる。これらについてはあわせてリンクを貼っておく。

金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義――歴史修正主義的な「和解」への抵抗」、金富子・中野敏男編『歴史と責任 「慰安婦」問題と一九九〇年代』青弓社、2008年
中野敏男「日本軍「慰安婦」問題と歴史への責任」、同「戦後責任と日本人の「主体性」」、前掲『歴史と責任』所収
尹健次『思想体験の交錯――日本・韓国・在日一九四五年以後』岩波書店、2008年
高和政・鄭栄桓・中西新太郎「座談会 いまなぜ、「和解」が求められるのか?」、『前夜 NEWS LETTER』第4号、2008年5月
早尾貴紀「『和解』論批判――イラン・パペ『橋渡しのナラティヴ』から学ぶ」、『季刊戦争責任研究』第61号、2008年秋号
宋連玉『脱帝国のフェミニズムを求めて』有志舎、2009年
徐京植「和解という名の暴力──朴裕河『和解のために』批判」、『植民地主義の暴力』高文研、2010年
西野瑠美子「被害者不在の『和解論』を批判する」、西野瑠美子・金富子・小野沢あかね責任編集『「慰安婦」バッシングを越えて 「河野談話」と日本の責任』大月書店、2013年
鈴木裕子「日本軍「慰安婦」問題と「国民基金」 解説編」、鈴木裕子編・解説『資料集 日本軍「慰安婦」問題と「国民基金」』梨の木舎、2013年

 これらの批判に対する朴裕河の反論としては、私の知る限り以下の二つの論考がある。

朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか 「慰安婦」問題をめぐる九〇年代の思想と運動を問いなおす」、『インパクション』171号、2009年


2.金富子の批判と反批判

 まず、金富子による『和解』批判を取り上げよう(金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義――歴史修正主義的な「和解」への抵抗」、金富子・中野敏男編『歴史と責任 「慰安婦」問題と一九九〇年代』青弓社、2008年。初出は『インパクション』158号[2007年]、引用は『歴史と責任』より)。金富子の批判は、当時発表された『和解』批判のなかでは最も体系的なものであった。朴裕河の日本軍「慰安婦」や補償問題理解への全面的な反論といってよいだろう。金は『和解』は先行研究をご都合主義的に引用して朝鮮人元「慰安婦」被害者への強制性や証言の信頼性に否定的な右派の議論を踏襲しており、1990年代の「慰安婦」制度の研究成果を無化・誤読・誤用していると指摘する(102-106頁)。『帝国の慰安婦』に通じる問題といえよう。

 一方、朴裕河は金の批判について次のように反論した。

「私はこれらの批判にたいして、批判自体よりも批判のほとんどを覆う憶測や警戒や不信を憂慮せざるをえない。本の半分を満たす「右翼批判」には一言も触れずに「歴史修正主義に親和的」とすることもさることながら、「日本の責任」を回避する「意図」を読もうとして繰り返される「戦略的」「政治的意図」などの断定に見られる疑心暗鬼的な態度こそ、すべての混乱の根本にあるものと思うのである。もっとも長い枚数を割いての金富子の批判が、いちいち指摘できないほどの誤読と曲解に満ちた論になってしまっているのもそのような態度によるものと私は考える。」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」、141頁)

 「いちいち指摘できないほどの誤読と曲解に満ちた論」というのだから、ほぼ全面的な否定といってよい。金の批判は本当に「誤読と曲解に満ちた論」なのだろうか。以下に検証してみよう。

①連行の強制性について

 第一の論点は連行の強制性に関する吉見義明の研究の歪曲である。金は「日本の右派は公文書中心主義の立場に立って被害者証言の信頼性を否定し、日本の責任を否定する詐術を使っているが、問題は朴裕河もこの同じ土俵上で議論を展開している」(金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義」、103頁)と指摘したうえで、朴裕河が吉見義明の研究を主張の核心とは「真逆の引用をおこなっている」と批判する。『和解』が「慰安婦」問題を否認」するつくる会の主張(=「慰安婦」は世間一般の「売春婦」と変わらない)を紹介したことに続けて、李栄薫の主張を紹介し、さらに吉見義明が「「官憲による奴隷狩りのような連行」が朝鮮・台湾であったことは、確認されていない」(吉見義明・川田文子、一九九七、二四頁)と述べている。」(『和解』、62-63頁)と記したことについて、金は次のように批判する。

「しかし、吉見は引用された同じ著書の同じ個所で「違法な指示を命令書に書くはずがないではないか」「「官憲による奴隷狩りのような連行」が占領地である中国や東南アジア・太平洋地域の占領地であったことは、はっきりしている」(吉見『ウソと真実』二四ページ)と述べ、また「官憲による奴隷狩りのような連行」は「問題を矮小化するものだ。さらに、強制連行だけを問題とするのはおかしい」(吉見『ウソと真実』二二ページ)とはっきり批判している。つまり、朴は吉見の主張の核心部分に対し、真逆の引用をおこなっているのである。これは研究者としてあってはならない引用の仕方である。」(金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義」、103-104頁。強調は原文では傍点。)

 これに対し、朴裕河は次のように反論する(強調は引用者。以下特に断りの無い限り同じ。)。

「たとえば金氏は「強制性」問題に関して私が吉見義明氏の著書が「強制性を示す資料はない」としたことをとりあげて私が著者の意図に反しての「恣意的な」引用を「意図的に」やったかのように批判し「研究者としてあってはならない」としてあたかも道徳的に問題があるかのような非難をしている。しかし、私は吉見氏の著書がどのような立場から書かれたものであるかは当然ながら承知で、わたし[ママ]の論で必要だったのは吉見氏の本の意図を説明することではなく、そのような意図を持っている研究者さえも「官憲による奴隷狩りのような連行が朝鮮・台湾であったことは確認されていない」と「ファクト」を述べていることだった。長い引用をしないのは単なる私の書き方のスタイルでしかなく、それをもって「恣意的」で「意図的」とすることは曲解でしかない。」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」、141頁)

 すなわち、自身は吉見の「意図」は理解しているが、他方で「「官憲による奴隷狩りのような連行」が朝鮮・台湾であったことは、確認されていない」と記したこと自体は間違いではないのだから、「ファクト」の引用としては不適切ではない、というのである。だがここには金の批判への無理解があるようだ。改めて問題となった『和解』の該当個所を引用しよう(強調は引用者)。

「ところで「強制性」についての異議は、韓国内部でも唱えられている。ソウル大学の李栄薫は、「強制的に引っ張られて行った」「慰安婦」はいなかったとしている。[中略]
 慰安所の設置には日本政府が関与したことをはじめて明らかにした、「慰安婦」研究者の吉見義明もまた、「「官憲による奴隷狩りのような連行」が朝鮮・台湾であったことは、確認されていない」(吉見義明・川田文子、一九九七、二四頁)と述べている。」(『和解』、62-63頁)

 この段落を素直に読めば、「吉見義明もまた」「「強制性」についての異議」を唱えている論者であると読者は考えるであろう。朴はあくまで吉見の指摘した「ファクト」を紹介したに留まると反論しているが、この弁解は成り立たない。明らかに「「強制性」についての異議」の例示として(「吉見義明もまた」)、吉見の指摘が紹介されているからだ。吉見の主張の核心が、「強制性」を「官憲による奴隷狩りのような連行」に矮小化する主張への反駁である以上、これを「「強制性」についての異議」の例示として用いることは金富子のいうとおり「真逆の引用」といわざるをえない。

 朴裕河はこうして強制をめぐる議論の表層をすくい取るに留まり、日本軍の問題を問うことをやめてしまう。そして、売春が女性本人の自由意志なのかどうか、慰安所が「合法」だったのかどうか、というそれまでの議論とは無関係な論点へと移る。「てっきり軍の部隊で掃除や洗濯でもするものと思って「みずから願い出た」少女であろうと、「売春」をするとわかっていながら赴いた女性であろうと、当時の日本が軍隊のための組織を発案したという点からみれば、その構造的な強制性は決して弱まりはしない。」(64頁)という文からもわかるように、慰安所への徴集は「自発的に」行った例だけが言及され、「構造的な強制性」という言葉でもって、総督府の女性徴集における関わりや、甘言・騙しによる連行といった問題を検討することは回避されるのである。

②慰安所設置の目的について

 第二の論点は、慰安所設置の目的に関する吉見の研究の誤読である。この箇所は、朴の立論の混乱が如実にあらわれている個所である。

 朴裕河は吉見の研究を援用して、「戦地における「慰安婦」とは、直接的には一般女性の「強姦」を抑止するために考案された存在だった(吉見、一九九八、二七頁)。そのような意味では、「容認された強姦」の性格を帯びた売春は、一般人女性を保護するためのものでもあった。いわば「慰安婦」とは、構造的には一般女性のための生贄の羊でもあったのである」(『和解』、87頁)と書いた。これに対し、金富子は、「「慰安婦」制度は一般女性を強かんから”保護”する目的で考案されたのではなく、吉見によれば、日本軍による強かんが地元の住民の怒りを買ったために治安維持上、作戦上支障をきたしのでそのための対策(吉見『従軍慰安婦』三〇ページ)として実行されたのであり、あくまで日本軍のためだった。」(金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義」、105-106頁)と批判した。

 これに対する朴裕河の反論は以下の通りである。

「また、慰安婦制度が「軍隊のため」の制度だったと本のなかで繰り返し書いているにもかかわらず、直接の設置目的が「一般女性の強姦からの保護」も意識されてのことだったこととしたことをとりあげて、その言葉が「日本軍のため」であることを回避したものであるかのような批判をしているのである。しかし慰安婦という存在が「構造的には一般女性のための生贄の羊」と書いたのは、慰安婦施設の目的を知らないからではなく、「女性」もまた「慰安婦」という存在の責任から自由でないことを強調したかったからにすぎない。さらに、慰安婦制度を国家が「黙認」したと書いたところを金氏は、国家をもって責任の主体ではないとするものと受け止める。」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」、141-142頁)

 『和解』において朴は「戦地における「慰安婦」とは、直接的には一般女性の「強姦」を抑止するために考案された存在だった」と書いた。ここでの「一般女性」が、占領地や戦場における日本の「敵国」の女性を指すことは明らかだ。朴裕河は中国人女性等への「強姦」を抑止するために「慰安婦」は考案された、と書き、金富子はそれはあまりに主・従を転倒した見方だと批判した。あくまで日本軍の作戦遂行上の必要が主であって、「敵国」女性の保護など眼中に無いからである。

 こうした理解を前提に改めて上の反論を読むとその異様さが際立つ。この反論では「「女性」もまた「慰安婦」という存在の責任から自由でない」という。明らかにここでいう「女性」「一般女性」は戦地の「敵国」女性を指すのであるから、例えば日本軍に「強姦」される可能性のあった中国人女性が、「「慰安婦」という存在の責任から自由でない」ということを朴裕河は主張していることになる。女性への「強姦」を抑止するために慰安所は作られたのだから、「強姦」されるかもしれなかった女性は「慰安所」という存在の責任から自由ではない、と。恐るべき「責任」論である。

 朴裕河は本気で、戦地の「敵国」女性たちは「「慰安所」という存在の責任から自由ではない」と考えているのだろうか。この箇所が朴の理解力・筆力不足から生じた誤記であることを願うが、少なくともテキストを素直に読む限り、この理解以外は成り立たない。

 あるいは朴裕河はこう反論するかもしれない。自分は日本軍を免罪したいわけではない。事実、「日本の責任」について論じているではないか、と。だが、上のような責任論は表面上の「日本の責任」への言及をその根底において否定しさるものだ。朴の立論が成り立つためには、日本軍の暴力は所与のものと想定する、すなわち「自然化」する詐術を用いざるをえない。兵士の強姦が許されざる暴力であるという認識に立つ以上、どうあっても「強姦」されるかもしれなかった女性たちの「責任」など問いえないからだ。逆に、兵士の強姦を「自然化」し所与・不可避の現象とみなせば、問題はその所与の暴力をどこに割り振るかへと矮小化される。

 こうした意味では、金富子による『和解』の慰安所設置目的理解への批判がいかに核心を突くものであったかがわかる。設置目的を「女性の保護」とみなしたがゆえに、「保護」される女性の側にも、慰安所設置の何らかの「責任」がある、という倒錯した主張が生み出されるに至ったのだ。

 朴裕河の倒錯した「責任」論は『和解』の他の箇所にも見て取れる。「生贄の羊」云々に続けて、次のように記す。

「それでも一般の女性は、「売春」を自分とは関わりのないことと考えている。そして「売春」が指弾されればされるほど、「純潔」な「貞操」を身につけた女性の価値は相対的に高まる。「挺対協」の代表が日本の国民基金を受け取った人々を「公娼」だと語ったのは、そのような構造と無関係ではない。当時「慰安婦」として送られる娘を目にしながら黙って見過ごした、あるいははなから積極的に送り出す側に立っていた者に、責任はないのだろうか。これまでの認識通りに、路上で強制的に引っ張られて行ったとすれば、そうしたまことに荒っぽい暴力的な場面だったとすれば、それでもいかなる反発や抵抗もなかったとするなら、そうした状況をただ眺めていた、傍観していた人々に責任はないのか。」(『和解』、87頁)

 これは「「容認された強姦」の性格を帯びた売春は、一般人女性を保護するためのものでもあった。いわば「慰安婦」とは、構造的には一般女性のための生贄の羊でもあったのである」という記述に続く個所である。「一般の女性」という言葉で一括りにされているが、そこで具体的に想定される対象は、戦地の「敵国」女性から「一般の女性」、そして挺対協の女性たちへとめまぐるしく移り変わる。そのうえ、「当時「慰安婦」として~」に続く個所では、もはや「女性」の話ですらなくなり、読者は煙に巻かれてしまう。

 そもそも、充分に抵抗できなかった/傍観した責任と、連行した責任が、全く次元の違う「責任」であることは自明であろう。しかも、『和解』において朴は植民地での強制連行を事実上否定しているにもかかわらず、「それでもいかなる反発や抵抗もなかったとするなら、そうした状況をただ眺めていた、傍観していた人々に責任はないのか」と問うわけである。もはや議論ですらなく、単なるあてこすりといわざるをえない。

 朴裕河は金富子への反論を次のように結んでいる。

「このような誤読は金氏が「歴史研究者」で「言葉」の読解になれていないからだろうか。『和解』を「朴は韓国の日本文学研究者であるため、同署は著書にとって専門外の歴史問題を扱った一般啓蒙書」としながら内容が「粗雑」とする批判から、私は「専門家」の傲慢と閉塞を見ざるをえない。」(朴裕河「「あいだに立つ」とは、どういうことか」、141-142)

 あまりに不当な決め付けといわざるをえない。朴裕河が反論した箇所に限定しても(反論していない箇所もある)、金富子による批判が「誤読」とはいえないことは明らかだろう。『帝国の慰安婦』の第一部などを読むと、筆者が「日本文学研究者」であることを疑いたくなるが、少なくとも金富子の批判は朴に何らかのオリジナルな史料操作や分析を求めたわけではない。むしろ、文献からの引用を適切にせよ、先行研究を理解せよ、と求めたにすぎない。これは当該テーマについて著作を刊行する者に求められる最低限の要求である。それをクリアしていないのだ。朴は「批判自体よりも批判のほとんどを覆う憶測や警戒や不信を憂慮せざるをえない」と述べているが、かような水準の著作が流通するのであるから、人々が本書の内容のみならずその政治的背景に関心を注がざるをえないのは当然であろう。

 上に見たような朴裕河の議論は、「責任」という語を定義せずにマジックワードとして用いることにより可能になる。これまで『帝国の慰安婦』批判において、繰り返しこうした概念定義の曖昧さを指摘してきたのは、何も学術書の作法を指南したいがためではない。「責任」「補償」「帝国」「動員」「和解」といった極めて重要かつ論争的な概念を定義しないことが、本書の極めて核心的な「方法」だからだ。人々は朴裕河の叙述に各自の幻想を投影し、「理解」した気になる。矛盾や疑問を指摘されても、朴裕河は無限に「真意」を語り続けることにより「知識人」としての命脈を保ち続ける。こうした知的詐術に惑わされないためにも、「方法」への批判は極めて重要な意味を持つのである。

(鄭栄桓)


by kscykscy | 2015-04-05 00:00 | 歴史と人民の屑箱

紹介:首都圏労働組合「岩波書店就業規則改定案の本質」

 以前に触れた岩波書店の就業規則改定問題について、首都圏労働組合に新しい記事が掲載されている。就業規則改定案の問題点が詳細に指摘されているのでご一読いただきたい。「強調しておかなければならないのは、「良心的出版社である岩波書店にとってこんな改定案はふさわしくない」ということではなく、この改定案こそが、岩波書店の経営陣の実像と、彼らが推進してきた<佐藤優現象>その他の現象の性格を体現している、ということである」という認識は広く共有されるべきだろう。

首都圏労働組合「岩波書店就業規則改定案の本質」
by kscykscy | 2015-04-04 00:00

朴裕河氏の「反論」について

 朴裕河氏(以下敬称略)が私の批判についてfacebookに「反論」を投稿していることを知った。タイトルは「私の”方法”」、原文は朝鮮語である。下記に翻訳して紹介する。

「鄭栄桓教授[韓国には職位に関係なく専任職の大学教員を「教授」と呼ぶ慣習がある:引用者注]は私の文章を書く方法が日本に迎合し彼らの責任を無化させる方向へと向かっていると書くに留まらず、「だれが私を支持するかをみよう」とまで書いた。もちろん、彼と彼の周辺人物たちが取る「方法」は、自らと異なる方式を採る進歩[的立場の人物:引用者注]を絶え間なく「右翼に親和的」であるとか、「右翼」という言葉で指差し、糾弾することである。

今日の朝もある人物が厳しい叱責とともに彼の文章--「帝国の慰安婦の方法」を送ってきた。鄭教授の誹謗は確実に効果をあげているが、私を誹謗する時間があるならば、日本政府や右翼を説得することに時間をさらに使ってくれればよいと思う。私はヘイトスピーチが激化したとき、彼らに向けて日本語ツイッターを始めた。そして本当は、嫌韓感情を抱く者たちと闘ってきた日本人と僑胞たちに異なる有効な論拠と論旨を提供しようとしたのが私の真の意図であった。それが私の「方法」である。

[中略]鄭栄桓教授の周辺人物たちは、私への批判を次々と韓国語に翻訳してアップしているが、私はいままでそうした組織的な対応をする考えをしなかった結果です。そしてその理由は彼らを敵に回したくなかったためです。ところが支援団体の告発を代表的な進歩言論と知識人たちが支持する現局に来ているため、考えを変えなければならないようです。」
 
 批判者たちは自分を「右翼」扱いしている、という「反論」は『和解のために』への批判に対しても朴裕河が繰り返してきたものだが、こうした論法の問題については別の機会に譲りたい。ひとまず基本的な事柄についてのみコメントしておく。まず、朴裕河は訳者について「周辺人物」などというおどろおどろしい書き方をしているが、朝鮮語への翻訳はあくまで訳者の方の善意により自発的に行われたものである(私は訳者とは面識もない)。翻訳者の名誉のために記しておく。翻訳者の方のおかげで韓国の多くの方に読んでいただく機会を得た。この場を借りて感謝の意を表したい。

 次に、私の批判は「誹謗」ではない。私は批判に際して本書の内容に即して行うことを心がけた。日本語版・朝鮮語版の双方を参照し、問題箇所を指摘するにあたっては該当部分を引用し、かつ可能な限り根拠を示して批判した。単なるそしりや悪口ではないことは私の批判を一読すれば明らかであろう。丁寧に読んだことを感謝されるどころか、「誹謗」などと誹謗されるのは心外である。

 また、私の本書の「方法」への批判は、本書が「日本に迎合し彼らの責任を無化させる方向へと向かっている」ことのみに向けたものではない(確かにこれは事実であるが)。それ以前の「方法」の問題がいくつかある。まず、論旨に関わる重要な概念についての最低限の定義すらなく、かつ互いに矛盾する叙述が散見されるため論旨を読み取ること自体が困難なこと、次に、証言や史料の恣意的な使用が目立ち、かつ主張の論拠とされた史料や先行研究の多くがそもそも論拠たりえないことである。だからこそ「方法」の批判と題したのである。

 もちろん、本書の最大の問題点は不適切な「方法」に限られるものではない。日本軍「慰安婦」問題における軍責任否定論、戦後補償問題についての歪んだ理解に基づいた国民基金への賛辞、元「慰安婦」女性や挺対協への度を越した「誹謗」などをもって、確かに本書は「日本に迎合し彼らの責任を無化させる方向」へと明確に読者を導こうとしているといえよう。そしてまさに本書の「方法」の杜撰さは、こうした問題のある主張の必然的帰結なのだ。本書の様々な仮説は先行研究や史料によって検証されないまま揺るぎない命題=前提とみなされ、この前提をもとに証言や史料が都合よく切り貼りされる。予想される批判については、弁明的な言辞を随所に織り交ぜることによりあらかじめ封じ込めようとし、この結果、叙述は一層の混乱に陥る。無理な結論にあわせようとするから、粗雑な方法に頼らざるをえなくなるのだ。巨大な暴力の被害者たちの生と尊厳にかかわる問題に介入しようとする者がとるべき「方法」ではない。

 上の「反論」で、朴は私が「「だれが私[朴裕河]を支持するかをみよう」とまで書いた」としているが不正確である。私は次のように書いた。

「本書については早速日本では好意的な紹介がなされている。今後もされるであろう。本書の内容も去ることながら、今後、誰が、どのような形で好意的に紹介するかにもあわせて注目すべきであろう。本書はある意味ではその対応を通じて評者たちの「見識」を露わにせずにはおかない、ある種の破壊力を持っているからである。」(「朴裕河『帝国の慰安婦』の「方法」について(2)」

 再説する必要はあるまい。本書の「方法」の問題については、私以外にもいくつかの批判があらわれた(*1)。いずれも本書の初歩的な誤りや不適切な出典の参照を指摘した説得的な批判である。もし日本の言論・学術界が最低限の健全性を保っていたならば、本書のような書物は市場に出回らなかっただろう。その主張に賛同しない者からの批判以前に、参考文献との単純な比較対照によって粉砕されてしまうような本(逆にいえば、読み手の信頼を裏切り、法外な負担を課す本)を刊行することは、著者のみならず出版社の信用にかかわるからだ。朝日新聞出版は製造物責任を厳しく問われるべきであろう。

*1 『帝国の慰安婦』の方法的な問題点については下記のブログをあわせて参照されたい。

「「和服・日本髪の朝鮮人慰安婦の写真」とは?/『帝国の慰安婦』私的コメント(1) 」(ブログ「歴史修正主義とレイシズムを考える」)

「『帝国の慰安婦』における「平均年齢25歳」の誤り/『帝国の慰安婦』私的コメント(2)」(同上)

「『帝国の慰安婦』の驚くべきアナクロニズムについて/『帝国の慰安婦』私的コメント(3)」(同上)

「『帝国の慰安婦』における証言者の“水増し”について」(「慰安婦」問題をめぐる報道を再検証する会ブログ)

「日本政府は『帝国の慰安婦』における明らかな間違いに訂正を申し入れたりはしないのかな?」(ブログ「思いつきのメモ帳」)

(鄭栄桓)

by kscykscy | 2015-04-01 00:00 | 歴史と人民の屑箱