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教科書干渉と「多文化共生社会」の始まり――朝鮮学校と高校「無償化」問題⑪

 イタリアのリビア植民地支配をめぐる問題を書く、といっておきながら果せず、それどころか放置している間にNATOの多国籍軍によるリビア空爆が始まった。前述のベンガジ条約はリビア-イタリアの相互不可侵を定めており、今般のイタリアの空爆参加は明白にベンガジ条約に違反するものである。日朝ピョンヤン宣言をめぐって、少なくない人々が「平和」の大義名分のもと植民地支配責任の棚上げに口をつぐんだ。安易な類推は禁物だが、リビア空爆へのイタリアの参加はこのような「平和」がいかにもろいものかを私たちに示唆しているとはいえないだろうか。

 朝鮮学校に対する日本政府・地方自治体の干渉は日を追って激しくなっている。相変わらず「無償化」からは排除されたままだ。それどころか地方自治体はこれを機に朝鮮学校への補助金の打ち切りをちらつかせ、教育「内容」への干渉を実行した。昨年大阪の橋下知事が朝鮮学校を恫喝したのに続き、神奈川でも黒岩知事が教科書の記述に口を出した。

 そもそも自治体からの補助金は、朝鮮学校への中央からの私学助成が全く行われないなか、学校や父母、支援者らの運動によりようやく勝ち取られたものだ。その額もわずかで私学助成には到底及ばない(私学助成と自治体による補助金の関係については、少し古いがこの記事を参照)。しかし、そのわずかな補助金を自治体は朝鮮学校の教育内容を改造するためのツールとして使い始めた。これが高校「無償化」政策と、その後のマスメディアのストーカー報道が生み出した「成果」である。

 そして、朝鮮学校側は圧力に屈し、教科書の記述を変更した。この屈服の意味するところは極めて大である。これまでも朝鮮学校の教育内容を日本政府が問題視したことはあった。しかしそれに屈し、具体的に記述変更を強いられたことは無かったのではなかろうか。

 在日朝鮮人の民族教育史において「教科書」の持つ意味は決して小さいものではない。「解放」直後、いちはやく在日朝鮮人は自前の教科書を作った。総督府の発行した教科書を墨塗りしたわけでもなく、朝鮮で発行されたものを利用したわけでも無かった。むしろ朝鮮よりも早く、在日朝鮮人は自前の教科書を編纂した。「解放」後の新たな民族教育史の第一歩を、誰よりも早く踏み出した。それはささやかな誇りであった。阪神教育闘争の前後、米軍が南朝鮮米軍政庁発行の教科書を使うよう圧力をかけたことがあった。しかし朝鮮学校はそれに応じることは無かった。ついには学校ごと閉鎖に追い込まれた。

 その後もたびたび朝鮮学校への政治介入の危機はあった。実際、警察や機動隊といった具体的な暴力装置の介入は繰返された。だが、教科書には一行たりとも日本の圧力で記された行は無かった。その歴史がいま終ろうとしている。「多文化共生社会」(黒岩神奈川県知事)の始まりである。

 「同胞」たる民団は、引き続き日本政府、そして韓国の世論へ朝鮮学校の「無償化」排除がいかに正当かを訴え続けた。

<民論団論>大韓仏教曹渓宗の朝鮮学校支援に思う 仇になる安易な《民族愛》
<布帳馬車>朝鮮学校への支援? その前に…

 民団は自らもまた民族教育の担い手であるという事実を忘れたのだろうか。「無償化」排除に喝采を送り、教科書干渉を礼賛しながら、この人々はあるいは自らの運営する教育機関の内容にも同種の干渉があるやもしれないとの思いに、至らなかったのであろうか。ここで朝鮮学校をきっちり叩いて日本に恩を売っておいたのだから、まさか自分に火の粉は飛んでくるまいと高をくくっているのであろうか。自分たちもまた、日本から見ればただの朝鮮人にすぎない(あえてこう書く)という単純な事実に、この人々はいつになったら気づくのだろうか。

 韓国の保守系メディアもまた、今般の教科書干渉に喝采を送った。

取材日記】朝鮮総連の歴史歪曲…お金が正した
조총련 학교, 8억원 때문에 납치,KAL폭파 인정
돈이 급해서… 진실을 말하게 된 조총련 교과서

 朝鮮学校の財政窮乏を揶揄し教科書への干渉にもろ手を挙げて賛成する『朝鮮日報』、日本人の「歴史教科書闘争」に好意を示しながら(横浜市の母親たちの「歴史教科書闘争」)、朝鮮学校の教科書への干渉にはコメント無しの『東亜日報』、嬉々として「朝鮮総連の歴史歪曲…お金が正した」と日本語版に記事を流す『中央日報』。大韓民国よ、あなたがたに助けを求めようなどとは思わないが、せめて邪魔するのだけはやめてくれないか。
by kscykscy | 2011-06-06 00:23 | 朝鮮学校「無償化」排除問題