カテゴリ:抗議( 3 )

抗議

金明秀氏の筆者に対する不当な非難への抗議
http://kscykscy.exblog.jp/18179254/

続々・金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判
http://kscykscy.exblog.jp/18206234/

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*参考
金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判
http://kscykscy.exblog.jp/17567948/

続・金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判http://kscykscy.exblog.jp/18065944/

ある「良心的」日本人の救いがたい鈍感さについて
http://kscykscy.exblog.jp/18236747/
by kscykscy | 2014-01-01 01:01 | 抗議

ある「良心的」日本人の救いがたい鈍感さについて

 「nos」@unspiritualized(以下、nos)という人物が私の金明秀論考への批判に関連して、金光翔氏による「続・金明秀の弁明について(1)」という記事を批判した。私としては、金光翔氏によるnosへの批判に付け加えるものはなく、また、金明秀の弁明への批判も的確なものであると考える。nosの、私が金明秀の記事を誤読している、という指摘も著しく説得力を欠くものであるため、付け加えて反論することはない。

 ただ、私は、このnosという人物の一見「良心的」でありながら、決して問題を自らのことと受け止めようとしない姿勢、そして平然と朝鮮人の主体性を横領しておきながらそれに気づかない鈍感さには、憤りを禁じえない。おそらくnosにとって、こうした断定は不本意であろう。何より、nos自身が「ほんらい僕らが考えねばならない」と繰り返しているのであるから。しかしその「僕らが考えねばならない」が問題なのだ。

 nosは、金明秀と私の主張は「どちらも正しい」という。しかし、私と金の主張は相互に排他的である。もし金の主張が正しいならば、私の主張は誤っている。例えば、金の「反日教育をしている朝鮮学校に日本国民の税金を支出するなど国益につながらない」との主張に対しては、「朝鮮学校は日本の国益につながっている」と反論するのが「有効な打撃を与える」リスク・コミュニケーションだ、という主張は誤っている、朝鮮学校側はこうした主張(戦略?)を採用すべきでない、と私は主張した。もし金が私の批判を正しいと考え受け容れるならば自説を修正せざるを得ないし、逆ならば私の批判が誤っていることになる。つまり、両者が「どちらも正しい」ということはありえない。そもそも私はそのような中途半端な形で問題を提出していない。

 また、nosは「原理的な正しさでそれをなくせるのか。短期的かつ即効的に苦しみを取り除く手段が是でないと言えるのか。悩んだ。」と書き、私と金の対立構図を「原理的な正しさ / 短期的・即効的に苦しみを取り除く手段を是とすること」として描く。そもそも「原理的な」とわざわざ限定をつけるところに違和感を抱くが、それは措こう。私の記事を読めばわかるように、私は金の主張は有効性すらない、と書いた。つまり金の主張は誤っているだけでなく、「短期的かつ即効的に苦しみを取り除く手段」、すなわち、朝鮮高校生への即時無償化を勝ち取るための有効な手段ですらない、と主張したのである。これは私にとって非常に重要なポイントである。つまり私は金の主張のすべてが間違っている、と主張したのである。

*金明秀の「戦略」の問題点についてはブログ「lmnopqrstuの日記」の記事「金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」について」がさらに精緻な批判を加えている。

 にもかかわらず、nosは私と金の対立を「原理的な正しさ/短期的・即効的に苦しみを取り除く手段を是とすること」として捉えた。これは、金の主張には有効性すらない、という私の批判が妥当しないことを前提にしなければ成り立たない構図である。この点を理解せず、nosは私と金の「どちらも正しい」という。しかし、以上見たとおり、私と金が「どちらも正しい」ことはありえない。よって、nosは金光翔氏のいうように、「公共的な議論に必要な最低限の論理性」を欠いていると思う。実際には、nosは金の主張が「正しい」ことを前提に議論しているにもかかわらず、それに気づいていないからだ。

 そもそもnosは、私も引用したように、当初金に「お気持ちはよく分かるのですが、在日が「国益」になる/ならないという判断の下に置かれるということは、いつでも恣意的に”ならない”に振り捨てられるということでもあり、「認識フレームを転換する」ことにはならないのでは」というまっとうな問いを投げかけた。これに対する金の返答は、著しく論理性を欠くものであり、端から見ていても私にはnosが何に納得しているのか全く理解できなかったが、nosによれば、納得した理由は「マジョリティー(日本人)として、かくあるべきという理念を優先させるべきだという考えは、いままさに被害を受けているマイノリティー(「現実に犠牲となっている人々」)からすればおかしいものではないか、という点に気付かされたからだ」という。しかし、もしこの言明どおりだとするならば、nosは主張の妥当性の問題を、マジョリティー/マイノリティーという立場性の問題にすりかえていると言わざるを得ない。

 ここで問題となっているのは、マイノリティ一般ではなく、金明秀個人の主張である。言うまでも無く、金の主張の責任を負うのはマイノリティ全体ではなく、金明秀個人である。nosによる疑問は、「マジョリティー(日本人)」の立場からは言うのをはばかられるような性質のものでもない。また、nosは勝手に金に「いままさに被害を受けているマイノリティー(「現実に犠牲となっている人々」)」を代理させているが、これもおかしい。こういった一見相手の立場性を尊重しているような態度をとり、また、自らがマジョリティであるという立場性を理解していることを装いながら、その実相手の主張そのものにまともに向き合おうとしない姿勢というのは、極めて問題である。本来なら、こうした「納得」の仕方は金明秀に対しても失礼なのであるが、金自身はむしろnosの失礼さ・鈍感さに救われているため、その問題点は決して暴かれることはない。nosは金光翔氏による「金明秀と日本人馬鹿左翼の馴れ合い」という批判にいたく立腹しているようだが、こうした関係性は「馴れ合い」以外の何者でもない。

 何より私は、nosのこうした一見立場性を尊重しているように見せかけながら、その実、朝鮮人の主体性を横領していることに全く気づかない鈍感さに、心底憤りを感じる。nosは私と金の「分断と衝突の責任は、日本人にある。ほんらい僕らが考えねばならない」「そして、これら二つの「正しさ」に分断を強いているのは、他ならぬマジョリティーの自分自身である。」と述べているが、冗談ではない。確かに朝鮮学校「無償化」排除問題の責任は日本政府とそれを許容する日本人にある。しかし、私の金への批判の責任を負うのは私である。そして、金は金の責任において反批判を避け、支離滅裂な弁明を繰り返し、私を不当にも罵倒しているのである。それともnosはこうした論争は、何らかの抑圧が存在すれば「マイノリティ」のなかで自然発生的に起こるものだとでも思っているのか?

 そもそもnosは「外からえらそうに、青い意見だとわれながら思うが、両者の交点が見いだされることを願わずにはおられない。」などと述べているが、この間一度もまともに「意見」を述べていない。私は、nosが「青い意見」を言っていることに憤っているのではない。「考えなければならない」ばかりを連呼して、「考えている私」アピールに終始し、その実まともな「意見」を一度も表明しておらず、責任を負おうとしていない。にもかかわらず、勝手に対立構図を作り上げて仲裁者ぶった振る舞いを繰り返していることに憤っているのである。

 なぜ「交点」など見出さなければいけないのか?上にも書いたが「交点」など存在しない。問題は明瞭に提出してこそ意味がある。私は金が自らの誤りを認め自説を取り下げたとしても、それをもって直ちに金の全人格が否定されるとも、全言論活動が誤っているとも、その研究内容が信用できないものとなるとも思わない。逆もまた然りである。当たり前のことではないか。ただでさえ今般のやり取りは、金の対応のために「論争」の体をなしていないというのに、nosの仲裁者気取りの振る舞いは迷惑以外の何者でもない。仲裁者などいらないので、やめていただきたい。
by kscykscy | 2012-05-04 00:00 | 抗議

金明秀氏の筆者に対する不当な非難への抗議

1.はじめに

 私が以前書いた記事「続・金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判」(以下、続編記事とする)に対し、金明秀氏(以下敬称略)がツイッター上で次のようにつぶやいた。

「あ、続編が投稿されてたのか…。前回は言い足りないところをうまく補足してくれているとも思ったが、今回のは単なる言いがかりだな。「正面から反論」しろというなら、あなたこそ名前を名乗って正面から来なさいよ。はぁ、うざっ。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/193904397560987649


 この後に金が連投したツイッター上のつぶやきは、筆者を不当に非難するものであり見過ごすことはできない。緊急であるが、以下に問題点を指摘し、抗議する。(なお、関連するつぶやきは文末に掲載したため、引用に際してアドレスは記載しない。)

*参考:「金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判」 http://kscykscy.exblog.jp/17567948/

 その前提として匿名批判の問題に触れておきたい。続編記事に対し、金は「「正面から反論」しろというなら、あなたこそ名前を名乗って正面から来なさいよ」と記した。しかし、私が「金は問いに対して正面から答えようとせず」と書いた際の「正面から」は、一読してわかるように、批判に対し、批判の内容に即して反論しないという意味である。当然ながら「実名で」という意味ではない。そもそも金は実名で文章を公表しているのであるから、私が「正面から」を実名で、という意味で用いていないことは明らかである。

 もちろん、名指しで批判するなら名を名乗れ、という主張は成り立ちうる。匿名による批判は卑怯でありそうした批判には答えない、と公言するweb上の書き手もおり、これは一つの見識であろう。だが金は次に述べるようにそうは書いていない。また、私は金のエッセイを批判した一度目の記事も匿名で執筆し、これに対して金は公開されたツイッター上で弁解した。なぜ二度目の批判だけ「名前を名乗」れと主張するのか理解に苦しむ。

 そもそも金は自らは匿名批判をしたわけではないと言っている。しかし「ひとに「正面から」云々するなら、自分も堂々と矢面に立つべきでしょう」 とも書いている。冒頭に引用したつぶやきは明らかに匿名批判だが、それを撤回した上での「自分も堂々と矢面に立つべきでしょう」という提案は、具体的に筆者にどのような行動を求めているのであろうか。理解に苦しむ。

2.「陰で人格攻撃」「卑劣な対応」「言いがかり」「主張の内容ではなく人格を攻撃する愚論」という非難について

 金の言明は、好意的に解釈するならば、今回の記事は人格攻撃で卑劣な愚論なので、それならば記名で行え、という主張でもあると考えられないこともない。しかし、そもそも続編記事についての金の非難――「陰で人格攻撃」「卑劣な対応」「言いがかり」「主張の内容ではなく人格を攻撃する愚論」――はいずれも根拠を欠くものであり、いずれもが極めて不当な非難である。以下にその理由を述べたい。

a. 私の批判は「言いがかり」であり、「主張の内容ではなく人格を攻撃する愚論」である、とする主張

 「言いがかり」とは、根拠の無い言明である。しかし、私は可能な限り、金の文章を引用し、またツイッターであっても可能な限り関連するものは探索し、かつ本文中に引用した。また、批判に際しては可能な限り根拠を示した。強いて言うならば、一度目の批判記事における「「リスク社会」云々は一種のハッタリと考えられるので無視して構わないだろう」の箇所が根拠を示していない断定といえる。しかし、これについても、本論とは関係のない箇所でありながら、念のため続編記事でその根拠を示した。よって、金の主張は不当な非難である。

 また、人格攻撃とは、相手の提示した主張や論理ではなく、相手個人の性格や動機、属性(とされるもの)への非難を行い、それによって主張そのものの信頼性に打撃を与えようとする行為である。しかし、私の批判は、全て金のエッセイとつぶやきにおいてなされた「主張の内容」に向けられている。決して長い記事ではないので再読すれば明らかであるが、念のため要点を摘記しよう。

1. 金の「反日教育をしている朝鮮学校に日本国民の税金を支出するなど国益につながらない」との主張に対しては、「朝鮮学校は日本の国益につながっている」と反論するのが「有効な打撃を与える」リスク・コミュニケーションだ、という主張は誤っている。

2 .金の「反日教育をしている朝鮮学校に日本国民の税金を支出するなど国益につながらない」との主張に対しては、「朝鮮学校は日本の国益につながっている」と反論するのが「有効な打撃を与える」リスク・コミュニケーションだ、という主張には有効性が無い。

3.金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」を転換させるものだ、と主張したが、金の主張はむしろその「認識フレーム」にとどまることを積極的に主張したものである。

4.金は「歴史的、現在的日本の加害を問わない、日本国民国家の枠組みの中での「多文化共生論」や「在日論」などは、抑圧者の論理と支配に加担する犯罪行為だとさえいえる」との徐勝の主張を好意的に引用し賞賛しているが、むしろ金の主張こそが「日本国民国家の枠組みの中での「多文化共生論」や「在日論」」である。

5.金は、宮台との論争についての私の記事が「誤解」であると主張するが、誤解ではない。


 このように、私の記事は金がエッセイやその後のつぶやきで提示した「主張の内容」を批判したものである。私は金の人格への非難によって、主張の信頼性に打撃を与えようとしておらず、金の「主張の内容」そのものを批判した。よって、金の主張は極めて不当な非難である。

b. 私が「陰で人格攻撃」している、という主張

 「陰で人格攻撃」とは、批判対象のあずかり知らぬところで人格攻撃をしている、という意味であると考えられる。しかし、私のブログは公開設定にしており、誰もが読むことができる。一度目の批判の記事に対し、金はツイッター上で反応しており、私は続編記事も金に読まれることを前提に掲載した。あるいは、ここでいう「陰で」は「匿名で」という意味かもしれないが、そうだとするならば、自らは匿名批判をしたわけではない、という主張と矛盾する。よって「批判対象のあずかり知らぬところで」という意味以外考えられず、金の主張は、極めて不当な非難である。

c. 私の記事が「その種の卑劣な対応を代表するかのような記事」である、という主張

 金は「いまの総連系知識人はあまりにも内向きすぎる。例えば朝鮮学校擁護の論陣を張っているのはいずれもメインストリームを外れた人ばかり。そういう人たちに反論を任せておきながら、いざ気に食わない主張があれば陰で人格攻撃をしたりする。」「そんな中、あのブログは数少ない正論のメディアだと期待していただけに、その種の卑劣な対応を代表するかのような記事には、心底がっかりしました。おそらく朝鮮大学校あたりの人でしょう。ひとに「正面から」云々するなら、自分も堂々と矢面に立つべきでしょう」 と書いた。

 普通に読めば、私の批判が「卑劣な対応」である根拠は、日常的には「メインストリームを外れた人」に「反論を任せておきながら、いざ気に食わない主張があれば陰で人格攻撃をしたりする」「総連系知識人」「おそらく朝鮮大学校あたりの人」による非難だからだ、ということになる。
 

 しかし、匿名にもかかわらず、金に私が「朝鮮大学校あたりの人」であるとわかるはずがない。しかも、数多くの「朝鮮大学校あたりの人」のなかでも、「メインストリームを外れた人」に「反論を任せておきながら、いざ気に食わない主張があれば陰で人格攻撃をしたりする」「総連系知識人」の「朝鮮大学校あたりの人」であることがわかるはずなどない。よってこれは根拠の無い推定である。

 あるいは、主張から推定した、と弁明するかもしれない。しかし、そもそも主張に問題があるならば、主張そのものを批判すればよい。金が行ったのは、無根拠に書き手の属性を推定し、それを批判への弁明として提示したことである。これは批判対象の属性を無根拠に推定し、かつ、その推定に基づき批判対象を不当に印象操作することによって、批判内容そのものの信頼性に打撃を加えようとする悪質な「人格攻撃」そのものである。

3.結

 これまでの記事とは異なり、以上は、金による「陰で人格攻撃」「卑劣な対応」「言いがかり」「主張の内容ではなく人格を攻撃する愚論」などの筆者への不当な非難への抗議である。金が抗議を受け入れ、自らの発言を訂正することを求める。

 また、これは金のつぶやきを読んだ第三者に向けた筆者の抗弁でもある。金による「陰で人格攻撃」「卑劣な対応」「言いがかり」「主張の内容ではなく人格を攻撃する愚論」という筆者への非難が無根拠であることを、公正な読者が認識することを期待する。


*参考

「あ、続編が投稿されてたのか…。前回は言い足りないところをうまく補足してくれているとも思ったが、今回のは単なる言いがかりだな。「正面から反論」しろというなら、あなたこそ名前を名乗って正面から来なさいよ。はぁ、うざっ。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/193904397560987649

「@unspiritualized ネットの匿名性に関する一般的な議論の中で解釈されると心外ですね。ぼくは匿名そのものを詰ったことなど一度もありません。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194008631413448704

「@unspiritualized ぼくは所属もメールアドレスもツイッターでも批判を受ける準備をして、実際にヘイトスピーチとも向き合っているのに対して、自分は捨てアドすら示さずにいながら「正面から正面から反論するわけでもなく」などというのは単純にナンセンスな話です。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194011879906099200

「@unspiritualized あの論点だと総連と朝鮮学校の運営を批判する形にならざるをえません。ブログで反論するとなれば、日本語で読める総連と朝鮮学校への批判が数万人の読者の目に触れることになります。ネトウヨ界隈は「金明秀ですら朝鮮学校を批判した」と大騒ぎになるでしょう。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194013298050609152

「@unspiritualized 朝鮮学校の支援者だって無条件に支援しているわけでなく、不満や言いたいことはあっても今はそれをあえて争点化せずにサポートする時期だと判断して黙って支援しているということもあるわけですが、それをつぶやいたら「恫喝」だとか呆れて二の句が継げない。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194014278305591296

「@unspiritualized 続編の記事に関していえば、主張の内容ではなく人格を攻撃する愚論という意味で、ヘイトスピーチの類と大差ありませんね。筋の通った論者だと思っていただけに、たいへん残念です。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194015821318729728

「@unspiritualized 迷いましたが、もう一つ書いておくと、ぼくに対する反論であればべつに名前を名乗る必要などありません。「名前を名乗って」と書いた理由は、矢面に立って主張を開示してみなさいという意味です。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194017791802736643

「@unspiritualized いまの総連系知識人はあまりにも内向きすぎる。例えば朝鮮学校擁護の論陣を張っているのはいずれもメインストリームを外れた人ばかり。そういう人たちに反論を任せておきながら、いざ気に食わない主張があれば陰で人格攻撃をしたりする。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194017791802736643

「@unspiritualized そんな中、あのブログは数少ない正論のメディアだと期待していただけに、その種の卑劣な対応を代表するかのような記事には、心底がっかりしました。おそらく朝鮮大学校あたりの人でしょう。ひとに「正面から」云々するなら、自分も堂々と矢面に立つべきでしょう。」
https://twitter.com/#!/han_org/status/194018701014601728

by kscykscy | 2012-04-23 00:00 | 抗議