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在外国民選挙と韓国籍在日朝鮮人の旅券問題③

 予告通り9月14日に「公職選挙法一部改正法律案」(以下、法律案)が国会に提出された。提案者はユン・サンヒョン議員以下12名で、いずれもハンナラ党所属である(公職選挙法一部改正法律案)。

 法律案の提案理由は以下の通り。

 これらの者〔引用者注:在外選挙権者〕のうち、朝鮮籍で日本に居住する在日同胞が国籍変更申請をして韓国国籍を取得し、投票に参与する場合、親北性向を持つ者が投票に参与することもできるようになるため、これに対する防止策が求められる。
 よって中央選挙管理委員会と区・市・郡の長が在外選挙人名簿及び国外不在者選挙人名簿作成時、大韓民国の利益と安全を害するためにこの法において規定された選挙に参与する虞があると認定しうる相当の理由がある者については、名簿に掲載しないようにするものである。


 ここで明確に述べられている通り、法律案は在外有権者のうち在日朝鮮人の投票権制限を狙いにしている。また、ここでは朝鮮籍から韓国国籍を取得した者を「親北性向を持つ者」とほぼ同一視しているが、他方で法律案の「朝鮮籍」の注では「朝鮮籍は1945年解放後に日本に住んでいる在日同胞のうち、大韓民国や北韓の国籍を持っておらず、日本に帰化もしていない者に付与された日本外国人登録制度上の便宜上の籍であり、事実上無国籍者扱いを受けている」と説明している。これを読むだけではなぜ旧朝鮮籍者がただちに「親北性向を持つ者」なのか理解に苦しむ。そもそも出生によって韓国籍を取得した者以外の韓国籍在日朝鮮人はいずれも旧朝鮮籍者なのだが、これも全て「親北性向を持つ者」なのだろうか。

 法律案は、現行公職選挙法第218条の8の第二項及び第218条の9第二項を以下のように改めることを提案する。

第218条の8(在外選挙人名簿の作成)

②中央選挙管理委員会は次の各号の一に該当する者は在外選挙人名簿に登載できない
1.大韓民国の利益と安全を害するためにこの法が規定する選挙に参与するおそれがあると認定しうる相当の理由のある者
2.虚偽により在外選挙人登録を申請した者や、自身の意思により申請したと認定できない者

第218条の9(国外不在者申告人名簿の作成)

②区・市・郡の張は次の各号の一に該当する者は国外不在者申告人名簿に登載できない
1.大韓民国の利益と安全を害するためにこの法が規定する選挙に参与するおそれがあると認定しうる相当の理由のある者
2.虚偽により在外選挙人登録を申請した者や、自身の意思により申請したと認定できない者


 現行法は「虚偽により在外選挙人登録を申請した者や自らの意思により申請したと認定できない者」は在外選挙人名簿・国外不在者申告人名簿に登載できないことになっているので、実質的には第二項の1号「大韓民国の利益と安全を害するためにこの法が規定する選挙に参与するおそれがあると認定しうる相当の理由のある者」の登載禁止が、今回の法律案の目玉といえる。以前に書いたように、私は旅券法に細工をすることによって実質的な投票権制限をするのではないかと思っていたので、真正面から公職選挙法の改正という手で来たのには驚いた(私の発想は「日本的」すぎたようだ)。

 さて、「大韓民国の利益と安全を害するためにこの法が規定する選挙に参与するおそれがあると認定しうる相当の理由」とは何だろうか。少し考えただけでも疑問だらけである。例えば、どういう手段を用いれば、その韓国籍在日朝鮮人が「大韓民国の利益と安全を害するために」投票しようとしているかどうかを判断できるのだろうか。過去の行為によって判断するのか、あるいは「意思」を何らかの手段で詮索するのだろうか。そもそも「大韓民国の利益と安全」とは何か。

 仮にこれらの問題を度外視したとして、なぜ在外国民だけが投票権に特別の制限を課されなければならないのだろうか。韓国憲法第41条第1項は「国会は国民の普通・平等・直接・秘密選挙により選出された国会議員により構成される」と規定しているが、果して、在外国民(実際には在日朝鮮人)だけが、事前に「大韓民国の利益と安全を害するために」投票しようとしているかどうかをチェックされ、実際に投票権を制限されたなかで選出された国会議員や大統領が、「国民の普通・平等・直接・秘密選挙により選出された」ものと言えるだろうか。

 法律案は本日9月15日に政治改革特別委員会に回付されたとのこと。同委員会の委員長は李敬在議員であるため、おそらく委員会は問題無く通るだろうが、本当にこの馬鹿げた法律案が実現するのかどうか。野党の反応も含めて注視する必要がある。
by kscykscy | 2011-09-15 18:10 | 外国人参政権

在外国民選挙と韓国籍在日朝鮮人の旅券問題②

 7月24日に書いた記事「韓国在外国民選挙と韓国籍在日朝鮮人の旅券問題」で、ハンナラ党の李敬在議員の「法的に対応できる方法がない」と憂慮したとの報道は、実際には法的措置を採るための一種の「予告」なのではないかと書いた。その後の推移を見守っていたところ、危惧したとおりとなった。

 7月から9月までの経緯を時系列に沿ってまとめると以下の通りとなる。

 7月某日 李敬在議員(政治改革特別委 委員長)、民団の行事に参加。「総連系韓国籍者」の選挙権問題についての憂慮の声に接する。
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=123&oid=156&aid=0000010488

 7月22日 李敬在議員、『聨合ニュース』に選挙権制限について懸念表明
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2011/07/22/0200000000AJP20110722001300882.HTML

 8月29日 政府・選挙管理委員会が「親北」在外国民の選挙権制限を推進中であることがメディアで報じられる。外交通商部『2011在外同胞現況』発刊
http://www.mofat.go.kr/consul/overseascitizen/policy/index.jsp

 8月31日 ハンナラ党最高重鎮連席会議にて、「朝総連の国籍洗濯(ロンダリング)」問題として李敬在議員が提起。同党ホン・ジュンピョ代表も9月中にこの問題について与野党合意を実現すべしと発言。
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=123&oid=156&aid=0000010488

 9月8日 外交通商部、法務部、選挙管理委員会「在外選挙関係機関協議会」開催(実際に開催されたかは未確認)
http://www.nocutnews.co.kr/show.asp?idx=1903441

 9月13日 ユン・サンヒョン議員(ハンナラ党)、反国家性向の在外同胞の投票権を制限できる「公職選挙法」改正案を国会に提出すると予告(9.14提出予定)
http://www.kyeongin.com/news/articleView.html?idxno=605224
http://www.kihoilbo.co.kr/news/articleView.html?idxno=436373

 明日9月14日、韓国国会に「公職選挙法一部改正法律案」が提出されるが、以上のように、7月の李敬在による「懸念」以降、一気にハンナラ党内で議論が進み、ついに9月14日の法律案提出に至ったことがわかる。なお、李敬在は在米国民について、米国では公館が投票所となっているため広大な米国では投票のために飛行機を利用せざるを得ないことを問題視している。在米についてはできるだけ多く投票してもらいたいのがハンナラ党の本音なのだろうか。ちなみに『2011在外同胞現況』によれば、「在外国民」数の順位は、第一位が米国(108万2708人)、第二位が日本(57万8135人)、第三位が中国(36万9026人)で、オーストラリア、カナダ、フィリピン、ベトナムがこれに続く。

 民団とハンナラ党が恐れる「総連系韓国籍50000人」という数字が全有権者に占める割合がどの程度のものなのかについて考えてみよう。まず在外国民有権者総数だが、『2011在外同胞現況』は「在外同胞人口726万8771名」「在外国民279万9624名」との数字を記載しており(「在外同胞」は居住地国籍取得者を含む)、これを基にハンナラ党議員らの間で在外国民有権者数が約280万人に達するとの発言がなされている。しかし、統計表を見る限りではこの「在外国民」数は未成年者も含んでおり、即有権者数とはならないため、これは誤りであろう。

 試みに前回2007年の第17代大統領選挙の際の有権者数を参考にするならば、2007年の有権者数は3765万3718名だったので、当時の総人口4727万8951名の79.64%となる。これを単純に『2011在外同胞現況』の数字に当てはめると、「在外国民」中の有権者数は2,229,621人となり、日本在住の「在外国民」有権者は578,135*0.7964=460,426ということで、約46万人内外と推計できる。民団やハンナラ党のいう50000人についても、同じ割合で計算すれば有権者数は39820人となる。2012年の総有権者数は韓国在住の有権者数に在外国民有権者数を足したものとなるから、37,653,718+2,229,621=39,883,339となり、「総連系韓国籍」有権者数39820人は、全有権者の0.099841%、ざっとみて0.1%である。

 もちろん、ハンナラ党が本当にこの0.1%を恐れているとは考えがたい。選挙を有利に導くための反共「北韓ネタ」の一つだろう。数の多寡にかかわらず、思想・信条を理由に参政権を剥奪することがあってはならないことは言うまでも無いことであるし、韓国憲法からみても明らかに違憲であるが、ハンナラ党はどういう理屈で投票権制限を図るのだろうか。明日提出の公職選挙法改悪案が見ものだ。
by kscykscy | 2011-09-14 00:28 | 外国人参政権

在外国民選挙と韓国籍在日朝鮮人の旅券問題①

 7月22日付で韓国の『聨合ニュース』が掲載した「朝鮮総連系韓国籍者5万人、投票参加への懸念浮上」なる記事は、見過ごせない内容を含んでいる。この記事は、与党・ハンナラ党の李敬在議員の弁として、「朝鮮総連系韓国籍者5万人」が来年の大統領選挙で選挙権を行使することになり、「朝鮮総連は北朝鮮の指示に左右されるため、投票にある程度影響を与える恐れがあ」る旨の「懸念」を紹介するものである(*1)。

 韓国は2009年に公職選挙法を改正し(法律第9466号、2009.2.12公布施行)、初めて在外国民の国政参政権を認めた。2012年12月の大統領選挙では約230万人とも推定される在外有権者が選挙権を行使することになる。記事は、こうした在外国民投票実施を前に、議員が「参政権制限に当たるため、法的に対応できる方法がない」と困惑しているかのように報じているが、果して本当に「法的に対応できる方法がない」と李敬在議員は考えているのだろうか。そう単純ではないように思える。

 私がそう考える理由は在外国民選挙の仕組みにある。現行の公職選挙法によれば、在外国民が投票する場合、選挙日前60日前までに「在外選挙人名簿」への登録申請をしなければならない。申請書には姓名・生年月日・性別、国内の最終住所地(or登録基準地)、居所を記載する他、ビザ・永住権・長期滞留の写しor居留国の外国人登録簿謄本に加えて旅券の写しを添付する。投票は在外公館で行われ、投票に際しては投票参観人の前で、投票用紙・発送用封筒・返送用封筒に加え、身分証明書を提示し本人確認を受けねばならない。そして、この際の身分証明書は旅券に限られている。

 このように、在外国民が投票する場合、①「在外選挙人名簿」への登録申請と②投票前の本人確認という二つの地点で旅券が必要となる。つまり、仮に韓国籍者であっても旅券が無ければ投票できないのである。逆に言えば、旅券を発給しなかったり旅券の更新を拒否すれば、「参政権制限」と直接言わずとも別件で実質的に参政権を停止することができることになる。つまり、「法的に対応できる方法」が存在しないわけではないのである。

 韓国政府にはこれまで恣意的な旅券発給業務を通して在日朝鮮人を統制してきた「前科」があるが、2011年に入ってからも、韓統連議長が何ら理由を明示されないまま旅券の更新を拒否される事件が起きており、仄聞する限りでも韓国籍であるにもかかわらず旅券の発給・更新を拒否される事例は少なくない。また、韓国政府は2010年9月の旅券法施行令改定により、旅券の有効期間に関する第6条第2項の第5号として以下の条項を新設した。
 国外に滞留する「国家保安法」第二条による反国家団体の構成員であり、大韓民国の安全保障、秩序維持及び統一・外交政策に重大な侵害を惹起する憂慮がある者:1年から5年までの範囲で侵害憂慮の程度に従い外交通商部長官が定める基準による期間
 上で書いたように、独裁政権時代の韓国政府は、意に沿わない人物の旅券発給・更新の拒否を当然のように行ってきた。「民主化」以後もその実態に大幅な改善が図られたとは言いがたい。この新設条項についても、これまでの運用を条文化したと見た方がよいだろう。ただ、この新設条項は有効期間の制限に留まるが、旅券発給の停止に関する何らかの法的措置を準備している可能性もある。朝鮮籍者にはほぼ全面的に旅行証明書発給を停止しているが、韓国籍者に対する旅券を介した統制も、大統領選挙を前に強まるのは必至であろう。『聨合ニュース』のこの記事をその予告と見るのは勘ぐりすぎだろうか。

 ちなみに韓国憲法第14条には「すべての国民は、居住及び移転の自由を有する」と、第21条第1項には「すべての国民は、言論及び出版の自由並びに集会及び結社の自由を有する」と記されている。この国でも憲法は守られていないのである。

*1  記事によれば「懸念」は民団から出されたようだ。だが、そもそも総連の専従団体職員が5万人もいるはずは無いのであるから、会費を払っているとか、朝鮮学校卒業者であるとか、親族が職員であるとか、相当に広い「総連系」の解釈を採らないと5万人という数字にはならないはずだ。そうなると民団の職員にも「朝鮮総連系韓国籍者」がかなりの数いることになるがそれでもよいのだろうか。
by kscykscy | 2011-07-24 01:07 | 外国人参政権

外国人参政権と「中国脅威」論

 永住外国人の地方参政権について原口総務大臣は「サンフランシスコ講和条約で日本国籍を離脱しなければならなかった特別永住外国人への付与と、それ以外の人とでは全く議論が違う」と語ったとのことだ(『日経』1月30日付web版)。また、仙谷行政刷新担当大臣は「戦前の(朝鮮半島への)植民地侵略の歴史があり、その残滓(ざんし)としての在日問題がかかわっているので、その方々の人権保障を十二分にしなければならない。地方参政権も認めていくべきだ」と強調し、参政権の範囲についても「小さな議論だ。もう少し大きく広い、深い議論をする必要がある」と言ったという(時事ドットコム1月15日付web版)。

 このように民主党政権の閣僚たちは、最近になって「旧臣民」たる朝鮮人が参政権問題をめぐる独特の地位を有していることに盛んに言及している。仙谷と原口には若干のニュアンスの違いがあるようだが(少なくとも仙谷の言っていることを言葉通り受け取れば反対する理由はない)、私としてはこれらの発言は、中国籍者外しのための前ふりなのではないかと疑っている。

 外国人参政権問題について最も強く反対の論陣を張っている『産経新聞』であるが、その主調をなしているのは「中国脅威」論である。例えば以下の櫻井よし子の主張を見てみよう。

 「いま参政権問題は特別永住外国人への参政権付与という数年前の議論とは様相を変えている。戦前日本国民として日本に移住し、戦後、自らの意思で帰国せず日本に残った人たちとその子孫である特別永住者の参政権問題だったはずが、民主党の提案は、特別永住者を超えて一般の永住外国人を対象にしているのだ。そしてこの中には急速に増えつつある中国人が含まれている。
 日本在住外国人の中でいま最大のグループは65万5000人余の中国人である。うち14万2000人が永住権を取得済みだ。年に約1万人ずつ帰化し、減少し続けている朝鮮半島出身の特別永住者とは対照的に、永住権を取得する中国人の増加は際立っている。
 民主党提案の外国人参政権法案の先に、中国共産党の党員が日本で投票権をもち、日本の政治を動かすという事態の発生も考えなければならない。
 これは共生や友愛の問題ではない。国家としての理念と国益の問題である。」


 冒頭の櫻井の理解は事実誤認である。外国人参政権の付与対象は、当初永住外国人全体だったのが、外国人登録の国籍欄が国名ではない者以外となり、ついで相互主義へと縮小されていったのである。少なくとも相互主義の規定が入るまで一貫して中国籍者は付与対象に含まれていた。それを今般の議論のさなかに『産経』が問題視し始めたのである。櫻井が無知からこうしたことを言っているならば最低限の事実を学んで発言するべきであるし、知った上での発言ならば悪質な世論の誤導である。

 加えて、より問題であるといえるのは「中国共産党の党員が日本で投票権をもち、日本の政治を動かすという事態の発生も考えなければならない」という箇所である。ここでは、個々の中国人の投票行動の背後に共産党による直接の操縦があるかのようにみなされている。こうした類の言説は、通常の「中国脅威」論の何倍も悪質である。

 なぜなら、この議論は中国という国家の持つ軍備をもって安全保障上の脅威とみなす「中国脅威」論ですらなく、個々の中国人への選挙権付与が中国共産党による日本政治の操縦につながると主張しているからだ。通例の「中国脅威」論自体にももちろん問題はあるが、ここでの櫻井の議論は、そもそも軍備等にすら根拠を置いておらず、その根柢にあるのは中国共産党員たる中国人への選挙権付与=中国共産党による日本政治の操縦という反証不可能な妄想でしかない。

 当然中国人には共産党員である者もいるだろう。仮に選挙権が与えられた場合に、地方自治体の選挙における投票行動が、中国政府の「利益」と一致するケースもあるかもしれない。だが、もし日本社会が櫻井のこうした認識を受け入れることにならば、仮にこれらが外観上一致した場合に、中国籍者たちはかかる投票行動が中国共産党の指示によりなされたのではないかとの疑念を日本社会から絶えず向けられることになる。そしてこうした疑念を晴らすことは、その疑念の性質上絶対に不可能なのである。

 櫻井の言説は以前に橋下府知事が在日朝鮮人に対して行った発言と同種の問題を抱えており、こうした言説は、参政権問題への賛成・反対といった問題を越えて、それ自体が中国籍者個々人に対する「脅威」視をうながすヘイト・スピーチであると言わざるを得ない。

 このように『産経』は反対の論陣を張る際に立論の根拠として悪質な「中国脅威」論を援用しているのであるが、民主党政権の閣僚たちがこうした反対論を全く知らないとは到底考えられない。むしろ現在の参政権をめぐる議論のなかで、「中国脅威」論的反対論が非常に根強いことを政権当事者たちは理解しているのではないか。だから、冒頭で述べたように原口や仙谷はしきりに「旧植民地」のことに言及しているのではないだろうか。技術的には相互主義の水準に戻るということである。すでに朝鮮籍者を外すことについてはある程度「合意」があると考えられるので、相互主義を採ればもれなく中国籍者も外すことができる。韓国籍者は対象になるので韓国政府との外交関係も安心である。

 あくまで以上の見立ては一つの推測に留まるが、少なくともこれを阻止する要因は日本社会のどこにも存在しない。民団はそもそも韓国籍者だけが通ればよいのであるし、日本人の「左翼」「リベラル」を自称する人々の多くは、とりあえず外国人参政権が実現すれば内容は何でもよいというスタンスなのだから、政界内でいかに反外国人的な認識をもとにした談合が行われようと、何ら問題は無いのだろう。例えば以下の「超左翼おじさん」こと松竹伸幸氏の文章などはそうした「左翼」の議論の典型である。

 「現在の日本社会の到達では、日本人と外国人の共存の仕方というのが、この程度なのだ。どんなに理論的には参政権を付与すべきだと言っても、現状の到達を飛び越えて、一挙に先をめざすというのは、問題が多い。
 だから私は、小さな一歩というものを提唱する。被選挙権などは問題にしないでいい。国交のある国に限って、相互主義でもいい。あるいは、もっと小さな一歩でもいい。実際に一歩を踏み出してみるのだ。」


 ある権利が制限される過程でいかなる認識が社会的にばら撒かれるのか、それが当事者たる外国人にいかなる影響をもたらすのかについて、これほどの無感覚を示す者を果して「左翼」と呼んでよいのだろうか(左翼を「超」えているのだから左翼ではないのかもしれないが)。この間の議論を見ていてわかったことは、少なくとも現在の日本には『産経』並みの熱量でもって外国人の政治的権利を擁護しようとする「左翼」が、存在しないという事実である。とても勉強になった。
by kscykscy | 2010-02-02 00:56 | 外国人参政権

「普通の宗主国」論

 ここ数回、永住外国人の地方参政権をめぐる問題について与党側の議論を批判的に検討してきた。誤解を避けるために記しておくが、私は外国人の政治的権利を否定しているわけではない。ただ、私としては、①現在の「永住」外国人の地方参政権法案をめぐる議論が在日朝鮮人という存在についての看過しがたい歴史認識を基になされていること、②それが単なる法案を通すための方便に留まらず在日朝鮮人に対する日本政府の施策全般に影響を与える可能性が高く、現に与えていること、③さらに、在日朝鮮人団体や在日朝鮮人をめぐる諸問題について課題に取り組む団体においても、こうした傾向について批判的に検討する視点がそう多く見られないこと、に危機感を抱き、警鐘を鳴らしているのである。

 もし、ここで言及した「旧臣民の論理」や「同化の論理」が、参政権反対派の口から出たものならば、そこまでの危機感は抱かなかったと思う。つまり、推進派が植民地支配責任への清算、とまではいかなくても、少なくとも普遍主義的な立場から外国人の政治的権利を要求するのに対し、反対派の側が「旧臣民の論理」「同化の論理」を持ち出してそれを制限しようとする、という構図ならばである。だが、実際には「旧臣民の論理」「同化の論理」を持ち出しているのは推進派の側であり、「外国人住民」という視点からの参政権論に立つ人々も、法案成立のための戦術的要請からこれに異論をさしはさむことを控えているように見える。

 また、報道を見る限りでは、「国交のない国(北朝鮮等)の出身の方は参政権付与の対象にしない」という自由党時代の小沢の認識は、民主党の法案に具現化されており、小沢の発言を軽視するべきではない。参政権取得はよりスムーズな帰化への道筋であるとの小沢の言明についても、単なる方便とは見ることができないだろう。私はおそらく近い将来、特別永住者への国籍取得緩和に関連する法案が、地方参政権に対抗するのではない形で提起される可能性が高いのではないと思っているが、現時点で私の推測に留まるのでこれについては再論したい。

 ところで、前回は言及しなかったが、私は小沢が自らの参政権についての見解のなかで、日韓関係を英国と「かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者」との関係になぞらえて自説を補強していることは、なかなか興味深いと思う。たしかに英国はコモンウェルス加盟国の市民及びアイルランド市民について、国政・地方の参政権を承認している。ただ、これは単純な外国人参政権というよりも、「大英帝国」が解体されていく過程で認められるようになったものである。これを日韓関係になぞらえるというのは、実はある重要な歴史的事実を一つ消去しないとできない。

 その事実とは何か。問題をわかりやすくするために英国と「英連邦出身の永住権取得者」の参政権という構図を、日本に置き換えてみよう。よく知られているように、1920年以来、日本「内地」に居住する朝鮮人成年男子のうち一定の要件を満たした者には、国政・地方の選挙権・被選挙権があった。衆議院議員選挙法が属地法だったからである。逆に朝鮮には衆議院議員選挙法は施行されなかったので、朝鮮にいる朝鮮人には選挙権・被選挙権は無く、同じく在朝日本人にも無かった。だが、朝鮮のなかでは植民地支配に協力的な層のなかでも、朝鮮に衆議院議員選挙法が施行されていないことへの批判は強かった。実際、実施こそされなかったが戦時期末期には朝鮮からの衆議院議員選出と貴族院議員の植民地枠の創出が日程に上ったこともあった。

 ここまで書けば明らかであるが、小沢が差当り消去している歴史的事実とは、日本が連合国に敗北し、朝鮮が独立したという事実である。小沢の参照する英国と「かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者」との関係、というのは、大日本帝国が存続し、何らかの朝鮮「統治」上の必要から衆議院議員選挙法を施行するか、あるいは朝鮮が大日本帝国の枠内で「自治」の方向へと向っていくなかで、日本「内地」在住の朝鮮人に引続き帝国議会の参政権を承認しているような状態だと考えればよい。小沢のアナロジーは、日本が連合国に敗北し、朝鮮が植民地から独立したという事実を現代の日本国家を規定する決定的な事実として捉えない、できるだけ過小評価するという姿勢が無ければ成り立たない。

 こうした小沢の認識を、彼の代名詞たる「普通の国」論になぞらえて、差当り「普通の宗主国」論と呼んでおこう。大日本帝国が敗北した衝撃、それが現在の「日本国」に与えているインパクトをできるだけ少なく見積もり、英国やフランス的な連合国側の「普通の宗主国」であるかのような姿勢で在日朝鮮人に対する参政権を扱う。もちろん、私は英国やフランスがよいと言っているわけではない。その逆である。せっかく大日本帝国は負けたのに、その負けたことの衝撃を逸らすことによって、「勝つ」ことで宗主国たる地位を1945年以後も維持した国々と並ぼうとするその姿勢を、私は批判しているのである。

 もちろん、ここで私が「せっかく大日本帝国は負けたのに」、というときの「負けた」は米国に負けたとか、「一時の国策の誤り」とかではなくて、少なくとも19世紀以来の「坂の上の雲」的な近代日本の歩みがまるごと敗れ去ったという意味での「負けた」である。せっかく負けたのにもかかわらず、戦後日本は結局「負けた」ことの重みをより深め、大日本帝国を否定する方向へ進むのではなく、大勢はゆるやかに大日本帝国と戦後日本を接続する方向へと(そこに天皇がいるのであるから容易に可能だ)、そしてそれを自認する「普通の宗主国」論へと行き着いてしまっているのではないか。植民地期に在日朝鮮人に参政権があったことを無批判に現在の外国人参政権論議につなげたり、英国と英連邦の関係になぞらえたりするのも、そうした日本の敗北を「せっかく負けたのに結局こんな国になってしまった」という痛恨の心情として受け止めないような感性だからこそ、可能なのではないか。私はそう思わざるを得ないのである。

 そうした痛恨の感覚の欠落は、私は別に小沢に限ったことではないと思う。もとより小沢にそれを期待してもいないが、以前に言及した進藤榮一しかり、「リベラル」といわれる人々においてあまりにもこの感覚は希薄だ(*1)。むしろこうした感覚を欠落していることが、現代の「リベラル」の条件なのかもしれない。


*1 例えばここで開陳されている伊藤真の外国人参政権論は「リベラル」の無感覚の典型であろう。この論説は、そのあからさまな事実誤認と併せて伊藤真という人物の論理的思考力の無さを如実に示していて興味深い。外国人参政権をつぶすための謀略なのではないとすら思わせる奇天烈ぶりである。
by kscykscy | 2009-12-10 22:34 | 外国人参政権

「旧臣民への施恵」ならばお断りだ――小沢一郎の参政権論について

 以前、2000年前後の永住外国人参政権論議の過程で推進派側から、「旧臣民の論理」と「同化の論理」が繰り返し提起されたことに触れた(「「多民族社会」日本の構想」参照)。この問題は非常に重要なので、この場を借りて再論したい。

 「旧臣民の論理」と「同化の論理」について以前の記事では公明党を取り上げたが、これについては民主党もそう変わらないようである。小沢一郎のHPには自由党時代の2003年に小沢が発表した「永住外国人の地方参政権について」という文章が掲載されている。特に訂正もされずに掲載されていることから、とりあえず現時点でも小沢はどうようの立場であると仮定しよう。ここで小沢は次のように記している。

「公の政治に参加する権利―参政権―が国家主権にかかわるものであり、また、国民の最も重要な基本的人権であることに間違いはなく、その論理は正当であり、異論をさしはさむ気はまったくありません。ただ、政治的側面から考えると、主として永住外国人の大半を占める在日韓国・北朝鮮の人々は、明治43年の日韓併合によって、その意に反して強制的に日本国民にされました。すなわち、日本が戦争によって敗れるまでは、大日本帝国の同じ臣民でありました。日本人としてオリンピックに参加し、日の丸を背負い金メダルを取っています。また、日本のために多くの朝鮮の方々が日本人として、兵役につき、戦い、死んでいきました。このような意味においては、英連邦における本国と植民地の関係よりもずっと強く深い関係だったと言えます。私達はこのような歴史的な経過の中で今日の問題があることを忘れてはなりません。」

 「在日韓国・北朝鮮の人々」は強制的に日本国民にされました、オリンピックにも出ました、日本のために多くの人々が戦争で戦い死にました、こういう「歴史的な経過」があります、という話である。特に注目すべきは日本のために朝鮮人も戦争に行って死んだ、という部分だろう。確かに朝鮮人も侵略戦争に駆り出された。自分が植民地支配されているにも関わらず、その手先にさせられて中国や東南アジアで「敵」と戦い侵略軍の一員として死んだ朝鮮人は決して少なくない。それを小沢は日本軍の侵略への評価は素通りしつつ、曖昧に「強く深い関係」と呼ぶ。この文章の趣旨からいえば、こういう「歴史的な経過」があるんだから、永住外国人の地方参政権は肯定されるべきだと主張していると言っていいだろう。同じ日本人だったのだから、一緒に「敵」を殺したのだから、地方参政権を与えようよ、と訴えているわけである。

 続けて小沢は反対論を念頭に次のように記している。

「法案に反対する人達の多くの方の主張は「そんなに参政権が欲しければ帰化をして日本国籍を取得すればいい」という考え方があります。私もそれが一番いい方法だと思っておりますし、また在日のほとんど多くの人々の本心であると思います。

 しかし、このことについては日本側・永住外国人側双方に大きな障害があります。日本側の問題点からいうと、国籍を取得する為の法律的要件が結構厳しいということと同時に、制度の運用が、(反対論の存在が念頭にあるせいなのかはわかりませんが)現実的に非常に帰化に消極的なやり方をしています。〔中略〕

 一方、永住外国人のほとんど多くの人は日本で生まれ育って、まったくの日本人そのものであり、その人達が日本人として生涯にわたって生きていきたいと願っていることは、紛れもない事実だと私は思います。ただ、過去の併合の歴史や、それに伴う差別や偏見に対して心にわだかまりがあるのも事実なのです。」


 小沢は帰化論を「一番いい方法」だといい、「在日のほとんど多くの人々の本心」と勝手に在日朝鮮人の「本心」を騙っている。だが「日本側・永住外国人側双方に大きな障害」がある。つまり日本側には厳格な帰化要件が、「永住外国人側」には「過去の併合の歴史や、それに伴う差別や偏見」への心の「わだかまり」がある、だから一気に帰化にはいかないのだ、と小沢はいうのである。帰化について小沢は率直に「以上のような政治的側面、制度的側面双方から考え合わせ、一定の要件のもとに地方参政権を与えるべきだと考えます。そして、そのことにより日本に対するわだかまりも解け、また、結果として帰化も促進され、永住外国人が本当によき日本国民として、共生への道が開かれることになるのではないでしょうか」とあけすけに語っている。

 つまり小沢がいっているのは、参政権反対論者がいうように帰化するのが最善の策だし、在日朝鮮人も実はそう思っている、だけど今は「障害」があるから地方参政権を与え、ひいては「よき日本国民」への帰化が促進されるようにしましょう、という話である。しかも、この文章に付された「補足」というのが奮っている。

「※補足
 この問題につきましては、意見が多数寄せられ、少数の方からの反対意見が寄せられたので、さらに補足として申し上げます。
反対意見に、「北朝鮮に支配されている北鮮系の総連の方に、地方参政権を与えるのはとんでもない」という意見がありましたが、我々自由党では国交のない国(北朝鮮等)の出身の方は参政権付与の対象にしないという考えです。

 国政を預かる政治家として、ホームページ上で自分の考える全てのことを申し上げることはできませんが、この問題は主として、在日の朝鮮半島の方々の問題であることからあえて申し上げます。もし仮に朝鮮半島で動乱等何か起きた場合、日本の国内がどういう事態になるか、皆さんも良く考えてみてください。地方参政権付与につきましては、あらゆる状況を想定し考えた末での結論です。」


 まったく堂々としたものである。「併合の歴史」や「差別や偏見」に対する心の「わだかまり」を帰化を妨げる「永住外国人側」の障害として列挙する歴史認識といい、あからさまな帰化論といい、「北鮮系」と平然と引用する感覚といい、少し前であればこんな議論は「妄言」と呼ばれていたはずだ。今般の参政権論議の過程で小沢のこの文章は比較的取り上げられているようであり、参政権反対派は小沢のさらに右からこれを叩いているが、賛成派がこれを批判した文章を読んだことがない。

 この小沢の議論は、噛み砕いていえば、在日朝鮮人・台湾人は大日本帝国の「臣民」だったんだし(「旧臣民の論理」)、もうほとんど日本人なんだから(「同化の論理」)地方参政権くらいあげようよ、どうせすぐ帰化するから安心してくださいよ反対派のみなさん、という話である。外国人の政治的権利など全く眼中に無いし、そもそも外国人参政権論と読んでいいのかどうかすら怪しい。小沢は白昼堂々・公然とこの文章を陳列しているわけで、参政権推進論者は完全になめられていると思ったほうがいい。

 繰り返しになるが、小沢の言っている「永住外国人の地方参政権」なるものは、「旧臣民への施恵」に過ぎない。そんなものはお断りだ。
by kscykscy | 2009-12-01 21:59 | 外国人参政権

『朝日』社説「外国人選挙権―まちづくりを共に担う」の問題

 11月23日付の『朝日新聞』の社説は「外国人選挙権―まちづくりを共に担う」と題して、永住外国人の地方参政権問題を取り上げている。

 この社説は永住外国人に対する地方参政権付与を擁護しつつ、「外国人が大挙して選挙権を使い、日本の安全を脅かすような事態にならないか」という議論については、「人々の不安をあおり、排外的な空気を助長する主張には首をかしげる。外国籍住民を「害を与えうる存在」とみなして孤立させ、疎外する方が危うい。むしろ、地域に迎え入れることで社会の安定を図るべきだ」と批判している。

 ここでの「外国人が大挙して選挙権を使い、日本の安全を脅かすような事態にならないか」という議論は『産経』的な極右的参政権反対論を指しており、その限りでは対立軸は明確なように見える。ネット上でも「『朝日』=売国奴」的な枠組みでこの社説を叩いている記事が多い。だが、この社説はそんなにいいものなのだろうか。社説は朝鮮籍排除の問題に言及しつつ、次のように記している。

  「民主党は選挙権を日本と国交のある国籍の人に限る法案を検討しているという。反北朝鮮感情に配慮し、外国人登録上の「朝鮮」籍者排除のためだ。
 しかし、朝鮮籍の人が必ずしも北朝鮮を支持しているわけではない。良き隣人として共に地域社会に参画する制度を作るときに、別の政治的理由で一部の人を除外していいか。議論が必要だろう。」


 一見、朝鮮籍排除を批判しているように思ってしまうのだが、結局のところこの社説の結論は「議論が必要だろう」というもので、すこぶる歯切れが悪い。『朝日』は朝鮮籍を排除することに賛成なのかはたまた反対なのか、とりあえず「議論が必要だろう」といっているだけなので皆目見当がつかない。

 加えて問題なのは「朝鮮籍の人が必ずしも北朝鮮を支持しているわけではない」という箇所である。社説は、民主党の「反北朝鮮感情に配慮し」た「外国人登録上の「朝鮮」籍者排除」に対し、「朝鮮籍の人が必ずしも北朝鮮を支持しているわけではない」というかたちで留保しているのだが、そもそもこうした留保自体に問題がありはしまいか。単純な話ではあるが、それでは朝鮮籍者が「北朝鮮を支持している」場合、参政権から排除することは肯定されるのか。参政権の有無は、当該外国人の思想・心情によって左右されるものなのか。それは果して参政「権」といえるのか。

 こうした問題を踏まえれば、この社説は結局のところ、民主党が「反北朝鮮感情に配慮し」て外国人の参政権をいじくることを批判しているのではなく、「朝鮮籍者=北朝鮮支持者」ではないから、それを排除することは「反北朝鮮感情に配慮し」たことにはなりませんよ、と言っているに過ぎないことがわかる。もちろん、前述のようにこの社説はそもそも朝鮮籍排除に反対なのかどうかについてさえ態度を留保しているので、そこにすら踏み込んでいるか怪しい。

 そもそも朝鮮籍者が「北朝鮮支持者」かどうかを問題にする必要などあるのだろうか。百歩譲って朝鮮籍者は「北朝鮮国籍者」を当然には意味しない、というのならば話はわかる。もちろんそうであってもじゃあ「北朝鮮国籍者」だけ選択的に参政権を与えないことは肯定されるのか、という問題は残るが、ここで社説が言っているのは国籍の帰属ですらなく、「北朝鮮」に対する「支持」の問題、つまり思想・心情の問題である。繰り返しになるが、この論法ならばは朝鮮籍者の大多数が「北朝鮮を支持している」なら「反北朝鮮感情に配慮し」た民主党の政策は肯定されることになろう。

 屁理屈をこねているように思われるかもしれないが、ここは非常に重要なポイントである。問題は『朝日』がよいか『産経』がよいかなどではなく、こうした議論の枠組みが作られるなかで、当事者たる在日朝鮮人にいかなる負荷が加わっていくのかである。『朝日』がこうした社説を出せば、すぐにでも『産経』『読売』ら反対派は朝鮮籍者が「北朝鮮支持者」であることを論証しようとするだろう。そうすれば、自ずから参政権からの朝鮮籍排除をめぐる論点は「北朝鮮支持者」かどうかへと絞られていくことになる。だが、それこそが、最も戦慄すべき事態なのではないか。あらかじめ「北朝鮮」への「支持」云々を表明しなければ表明しなければ与えられない地方参政権など、権利の名に値するのだろうか。
by kscykscy | 2009-11-24 20:33 | 外国人参政権

「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者」について

 「永住」外国人の地方参政権法案の提出は次期国会以降に見送られることになった。右派との調整がつかなかったとか、他の重要法案を優先したとか色々言われているが、そんなことはどうでもよい。この数日の動きのなかで唯一記憶に留めるに値することは、今国会で提出される予定だった法案(以下、民主党案)が「永住」外国人のうち「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者やこれに準ずる地域を出身地とするもの」に限って地方参政権を付与する、という留保を付けていたということである。『朝日新聞』はこれについて「特別永住者については当面、国交のある韓国籍を持つ人か、「準ずる地域」として国交はないが交流の活発な台湾の関係者に限る立場をとる」(『朝日新聞』11月9日web)と解説している。すなわち、民主党は「外交関係のある国の国籍を有する者」という論法で朝鮮籍者を排除しつつ、「これに準ずる地域を出身地とするもの」との規定を入れて「台湾の関係者」を包含しようとした、というのが民主党案についての『朝日』の解釈である。

 『産経』はこれについて「当面は国交のない北朝鮮の出身者には与えない」とあからさまに誤った解説をしているが(『産経新聞』11月10日web)、私はこれは確信犯だと思う。朝鮮籍者が「北朝鮮の出身者」ではないことくらい、『産経』の記者でもわかっているはずだ。わかっていて印象操作のためにデマを流しているとしか思えない。こうした悪質極まりない『産経』の姿勢に比べれば、『朝日』は比較的丁寧に説明しているように見える。だが『朝日』の解釈は果たして妥当なのだろうか。実は『産経』の確信犯的事実誤認の記事により、こっちのほうが重要なポイントなのであるが、その検討に入る前に、さしあたり『朝日』の解釈に従い、今回の民主党案をこれまでの参政権法案のなかに位置づけるかたちで整理しておこう。

 以前書いたように、これまで公明党が提出してきた地方参政権法案は、対象となる範囲について①「永住」外国人一般→②「外国人登録原票の国籍の記載が国名によりされている者」→③地方「選挙権を日本国民に付与している国」の国民へと、自民党に配慮して順次その幅を狭めてきた(「多民族社会」日本の構想)。今回の民主党案をこのなかに位置づけるならば、ほぼ②に近いものといえよう。

  「ほぼ」という留保をつけたのは以下の理由からである。②の「外国人登録原票の国籍の記載が国名によりされている者」という規定であれば、同記載が「中国」となっている「台湾の関係者」は参政権付与対象に包含される。一方、「朝鮮」というのは政府見解によれば「国名」ではないから対象には含まれない。ここまでは②と全く同じである。ただ、「台湾の関係者」の中には少数ながら外国人登録原票の国籍表示が「無国籍」となっている者がおり、この人々は②では対象とならないが民主党案では対象に含まれることになる。よって「ほぼ」②と同じである。(ただし、要綱あるいは法案が公表されたわけではないので、あくまで報道が正しければの話である)。

 新聞はおおむね③と比較して民主党案が対象を拡大したというニュアンスでこれを伝えている。『朝日』と『産経』がいずれも「『相互主義』はとらず」というタイトルをつけたのは象徴的である。だが、前述した経過を見れば少なくとも90年代の法案と比較しても、民主党案には大いに問題があることは言うまでも無い。そもそも、各案の違いはどこで外国人を分割するか、つまり「どう差別するか」の違いに過ぎず、「朝鮮籍=北朝鮮籍」という規定を前提にこれを排除し、かつ台湾を包含するのはあくまで外国人を「国益」を実現するためにいじくれる外交の道具だと思っているからである。そこには人権という視点は皆無である。

 むしろ今回の民主党案から確認できるのは、この線引きにあたって民主党が採用した論法が、2002年9月17日以降の自公政権のそれと強い連続性を有していることである。「国交のある国+台湾」という枠組みで「朝鮮」を排除するというやり方は、2003年に「9.17」以降の反朝鮮の排外主義の高まりを受けて文科省が作り出した論法であり、民主党はこうした排除の枠組みをまるごと自公政権から継承しているといってよいだろう。

 だが、より重要な問題は先にも述べたように、そもそも「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者やこれに準ずる地域を出身地とするもの」にのみ地方参政権を与える、という規定を挟み込むことが、当然に朝鮮籍者を排除することにつながるのか、という問題である。『朝日』は当たり前のように「特別永住者については当面、国交のある韓国籍を持つ人か、「準ずる地域」として国交はないが交流の活発な台湾の関係者に限る立場をとる」と解説し、おそらく民主党がそういったのを鵜呑みにしたのだろうが、実は問題はそう単純ではない。

 なぜかというと、そもそも外国人登録原票上の国籍が「朝鮮」である者の帰属を決める権利は、日本政府には無い。外国人登録法は日本法なのであるから、そこに「朝鮮」と書いていようがみな潜在的には韓国国民なのである、と韓国側が言うことは可能である。今回の参政権法案からの朝鮮籍排除についても、「あなたの作った法律上の表記がどうであろうが、みな韓国国民なのであるから外国人登録上の表記が「韓国」の者と同様に、地方参政権を与えなさい。韓国国民を差別するのはやめなさい」と日本政府に注文をつけることは可能なのである。これは別に荒唐無稽な話ではない。少なくとも実体法のレベルでは韓国政府は朝鮮籍者について潜在的な韓国国籍者とみなしており、だからこそ朝鮮籍者の韓国国籍取得手続は外国人の帰化手続よりもはるかに容易なのである。

 以前私は橋下大阪府知事の発言に寄せて、日本政府の見解によれば外国人登録原票の「国籍」表記上の「朝鮮」は地域名であった国名ではないにもかかわらず、橋下が日本にいる「北朝鮮籍の人」に「北朝鮮の今の体制について厳しく批判しないといけない」と述べたことを批判した(橋下発言と世界「提言」、そして在日朝鮮人の「責任」)。だがそれはあくまで日本政府の見解の整合性を問題にしたものである。韓国政府やメディアが日本政府見解を採用する必要は無い。

 つまり、「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者やこれに準ずる地域を出身地とするもの」という規定は、もし韓国政府が「朝鮮籍者は韓国国民である」といってしまうと朝鮮籍排除の規定として機能しなくなるのである。だが、韓国政府はそうは言わない。韓国政府の見解は表には出ていないので、現政権に近い韓国の保守系メディアの報道を見てみよう。民主党案を受けて韓国の保守系メディアは「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)など日本国内の北朝鮮出身者は外国人地方参政権が得られない見込み」(『中央日報』11月11日web)、「日本と国交を結んでいない朝鮮籍の総連系の在日同胞には、地方参政権が与えられない」)『東亜日報』11月11日web)と、一様に「朝鮮籍=朝鮮総連=北朝鮮(出身者)」が地方参政権の付与対象から排除された、と報じた。これはあるいは無知から来るものかもしれないが、もし日本政府の解釈を知っていたとしても、現政権と近い保守系メディアは同様に報道しただろう。そう報道せざるを得ないのである。『産経』がわかっていて「朝鮮籍者=北朝鮮の出身者」というデマを流しているのとは若干事情が異なる。

 なぜならば、「朝鮮籍=北朝鮮籍」という規定を捨てると困るのは他ならぬ韓国政府自身だからである。日本国内メディアではあまり報道されていないが、李明博政権発足以降、韓国政府は朝鮮籍者に対する旅行証明書の発給をほぼ全面的に停止している。つまり、朝鮮籍者はいま韓国に入国することがほぼ不可能である。韓国政府がこうした措置をとっているのは、いうまでもなく「朝鮮籍=北朝鮮籍」と判断し、これへの旅行証明書発給停止が「北朝鮮制裁」になると考えているからである。

 よって韓国政府が参政権問題について「朝鮮籍=北朝鮮籍」という規定を放棄して、日本に注文を付けることになれば、こうした旅行証明書発給停止の根拠自体が揺らいでしまうことになる。このため、韓国政府が地方参政権付与対象から朝鮮籍を排除することを、「朝鮮籍=韓国国民」という立場から批判することは絶対に無い。現政権に近い保守系メディアはそれを知っているからこそ、参政権付与対象から「朝鮮籍=朝鮮総連=北朝鮮籍(出身者)」の在日朝鮮人が排除された、と報じるのである。そして韓国側がそれを言わないという前提があってこそ、「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者やこれに準ずる地域を出身地とするもの」に対象を限定するという民主党案ははじめて朝鮮籍排除として機能することになる。ここには「北朝鮮制裁」を軸にした日韓の陰湿な共犯関係がある。

 日本政府としては、韓国が「朝鮮籍=北朝鮮籍」という判断を維持してくれることによって、朝鮮籍者の参政権排除に「北朝鮮制裁」としての意味を持たせることができる。ここからは、民主党案に対する『朝日』の解釈は、実は韓国側が『産経』的な解釈を捨てないことによってはじめて成立することがわかる。今般の地方参政権法案騒動に見て取るべきものは、この陰湿な共犯関係以外には無いのである。
by kscykscy | 2009-11-13 22:38 | 外国人参政権

「多民族社会」日本の構想

 特別永住者証明書の常時携帯義務の撤廃に自民・民主が合意したとのことだが、朝鮮民主主義人民共和国の核実験を口実に撤廃合意が撤回、あるいは修正(韓国籍だけとか)される可能性もあり予断を許さない状況である。もちろん、共和国の政策と特別永住者証明書の常時携帯撤廃問題とは本来何の関係も無いが、対共和国制裁として在日朝鮮人の処遇をいじくるという発想は日本では取り立てて珍しいものではないため、そうした現状を踏まえれば当然ながら上記のような推測はそう馬鹿げたものではないと思う。

 ただ、私としては基本的にあらゆる外国人に対し刑事罰でもって証明書の常時携帯を義務づける権利は日本国家には無いと考えているため、特別永住許可者に限定して施恵的に常時携帯義務を緩和するという今回の合意には納得のいかない点が多い。もちろん、永住許可者から常時携帯を撤廃してゆき、ゆくゆくは外国人全体の常時携帯義務撤廃の方向へともっていくという考え方は成り立たないわけではない。その場合には、外国人に身分証常時携帯を課す権利が日本国家に存在しないことを理論的な前提としつつ、特別永住者証明書の常時携帯義務撤廃という主張がなされなければならないだろう。

 しかしながら、現実的には現在の入管法改定をめぐる議論は逆の方向へと向かっていると思う。本来ならば外国人一般の身分証常時携帯義務の合法性が論点となるべきところであり、いわば外国人に刑事罰でもって身分証を常時携帯させることについて弁明を求められているのは日本政府の側なのであるが、実際には特別永住許可者、あるいは永住許可者の側が「常時携帯しないでいい理由」を証明する責任を負わされている。「特別永住許可者(あるいは永住許可者)は***なので常時携帯を撤廃して欲しい」と言わされるかたちになり、外国人の側が様々な理由を挙げて言うなれば自らの「善良さ」を立証しなければならないという状況が確かにある。これは極めて倒錯的な状況であると思う。

 しかも、こうした倒錯的な状況にはまりこめばこむほど、排外主義者やレイシストの「自分たちだけ特権を享受しようとしている!」というおきまりの「在日特権」論に包囲され、ますます袋小路に追い込まれることになる。もちろん、ここでいうところの「特権」とは、他の在留資格に比して「特別永住」が再入国規制や退去強制などの制裁の枠が緩く設定されていることを指すものであって、はなから人間一般の平等は前提とされていない。日本国民の「特権」は当然視されているのであり、もっと言えば日本国民の「特権」を防衛するための言説と言ってもいいだろう。破廉恥極まりない。

 いずれにしても在日朝鮮人はこうした何重にも包囲された状況を生きているのであるが、これは逆にいえば朝鮮人側もまた、これとは異なる論理を採り難くなってしまっているということでもある。入管法・入管特例法に限らず、外国人参政権や「権利としての日本国籍」論などにも言えることだが、本来ならば説明責任を負っているのは日本政府なのにもかかわらず、逆に「特別永住許可者(あるいは永住許可者)は***なので***権を付与して欲しい」というレトリックだけが許容されることにより、権利主張が外国人の階層化を促進する傾向すら示している。

 外国人参政権を例に挙げてみよう。現在国会には「永住外国人に対する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権の付与に関する法律案」(以下、新法案)が上程されている。これがいわゆる永住外国人の地方選挙権について定めているのだが、この法案の前身たる「永住外国人に対する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権等の付与に関する法律案」(以下、旧法案。こちらには「等」が入っている。両者の違いについては後述する)について、公明党の冬柴鉄三は次のように説明している。

「定住外国人の方々、これは我が国が、例えば朝鮮半島の方々につきましては、日韓併合以来、大変重い歴史を担っているという関係があります。日本で生まれ、日本で育ち、そして日本で骨を埋めていく人、いった人、そしてまた、現在実にそれが四世、四代、生まれそして亡くなりという関係がある人たちが、今御指摘のように六十二万人もこの国にはいられるわけでありまして、それは、外国人の中でも特に特別永住権というものを与える法制をとっております。/この方々は我々と同じ日本語で話を流暢にされ、そしてまた我々の住民として日本のコミュニティーを形成し、そして日本の経済発展にも大いに裨益をしてきた人々であります。/ただ違う一点は、いわゆる憲法十条による国籍法によって日本人とされていないという点が違うだけでありますが、この方々につきましても日韓併合以来は日本人として扱われ、また徴兵の義務を負われ、ただ敗戦後、日本がサンフランシスコ条約を締結したときにこの国籍が、その人たちの意思を問うことなく、朝鮮半島の方であれば、大韓民国の方あるいは朝鮮民主主義人民共和国の方々として国籍が変わった、しかしながら住居は日本にずっと居続けていらっしゃる、こういう関係の方々に対して特別永住権が与えられているわけであります。〔…〕もちろん国籍が違いますから、国籍というものによって区別される点については、別異の法的扱いを受けることは当然といたしましても、そうでない部分につきましては、限りなく日本人に近い扱いがされてしかるべきであろう、このような観点から我々はこの法案を提案しているわけであります」(1999年8月12日、衆議院)

 なぜ、外国人に選挙権が与えられるべきか、という問いについて冬柴は、在日朝鮮人は「日本で生まれ、日本で育ち、そして日本で骨を埋めていく人」たちであり、「我々と同じ日本語で話を流暢にされ、そしてまた我々の住民として日本のコミュニティーを形成し、そして日本の経済発展にも大いに裨益をしてきた人々」でありまた、「日韓併合以来は日本人として扱われ、また徴兵の義務を負」ったが、サンフランシスコ講和条約により(厳密にはそれを理由とした法務省民事局長通達だが)当人の意思とは無関係に「国籍が変わった」人たちであるから、「この方々に対しては日本人と限りなく近い扱いをすべき」であり、よって地方選挙権を与えてよいのではないか、と説明している。

 つまり、ここでは朝鮮人の外国人たることを前提に「外国人参政権」論が展開されているのではなく、むしろ朝鮮人がいかに日本人に近いかという「同化の論理」と、過去に日本人であったという「旧臣民の論理」を繰り返し述べられているのである。最近は陰を潜めている日本国籍取得要件緩和論は政治的にこれらの外国人選挙権論をつぶすために持ち出されたものと理解されており、それなりに当たってはいるのだが、論理的には特別永住者の日本国籍取得要件緩和論も同じく「同化の論理」と「旧臣民の論理」を下敷きにしている。実際、冬柴のサンフランシスコ講和条約云々のくだりからは、特別永住者の日本国籍取得要件緩和論も同様に導きだすことができる。よって、むしろその対立面よりも歴史認識の共通性にこそ注目すべきであろう。

 いずれにしても、これらの議論は国民/外国人といった法的地位の差異を超えて、人権としての参政権論を展開しているというよりも、むしろ「日本人との近似性」に根拠を置きつつ権利主張を行っている。「特別永住許可者(あるいは永住許可者)はほとんど日本人なので選挙権を付与して欲しい/国籍取得要件を緩和して欲しい」というレトリックに見事にはまり込んでいる。ここでは一般外国人と「旧臣民」「同化」外国人の序列構造が権利主張の前提になってしまっているのである。

 しかも、「どれだけ日本人に近いか」あるいは「旧臣民としてどれだけ貢献したか」についての判定権限は、そのレトリックの性質上日本人の手に握られているわけであるから、例えば朝鮮民主主義人民共和国が核実験をしたりして日本人の心証を害すことになれば、「ああ、やっぱりまだまだだな」ということになり、論理とは無関係に課題の実現は遠のくことになる。一方、こうしたレトリックを初めから前提としている側からすれば、糾弾すべきは核実験と地方参政権問題を結びつけた非論理的思考ではなく、日本人の心証を害す原因を作った朝鮮民主主義人民共和国だということになり、こっちを糾弾することになる

 さらにいえば、現在上程されている選挙権法案はすでにそうした「情緒」もおりこみ済みの法案になっている。例えば旧法案の附則第三条は以下のように選挙権付与対象を限定していた。

附則第三条 当分の間、第二条中「該当する者」とあるのは、「該当する者(外国人登録法(昭和二十七年法律第百二十五号)第四条第一項に規定する外国人登録原票の国籍の記載が国名によりされている者に限る。)」とする

 ここでの「国籍の記載が国名により」なされていない者とは、言うまでも無く「朝鮮」籍の者である。これについて同じく冬柴は「その国交のない本国がその付与に強く反対している場合にあっては、我が国の地方選挙権を取得した者に対しその者にとって不利益となる扱いを行うおそれが十分に予測されます。」(2000年5月23日 衆議院)と理由を説明している。地方選挙権の付与に反対する「国交のない本国」が朝鮮民主主義人民共和国を指すことは明らかであるが、繰り返し述べるように日本政府の見解では「朝鮮」籍と朝鮮民主主義人民共和国とは何の関連性も無い。にもかかわらず、権利をあげると「朝鮮」籍者が朝鮮民主主義人民共和国から「不利益となる扱い」を受けるから外しました、と強弁している。普段は朝鮮民主主義人民共和国の見解など意に介さないにも関わらず、国内の反「北朝鮮」世論をかいくぐるためふざけた理屈を作りだしたのである。

 だが旧法案のこのあからさまな「朝鮮」籍排除はさすがに多くの批判を浴びた。このため、現在上程中の新法案ではこの附則第三条の文言は次のように変えられている。

附則第三条 当分の間、第二条中「該当する者」とあるのは、「該当する者(この法律により付与される地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権と同等と認められる地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を日本国民に付与している国として政令で定める国の国籍を有する者に限る。)」とする。

 つまり、地方選挙権をすでに認めている国(例えば韓国)の国籍を持っている特別永住/永住許可者についてのみ、選挙権を認めるというように入れ替えたのである。少し考えればわかることだが、この新法案により附則第三条によって再び「朝鮮」籍者が除外されるのはもちろんのこと、永住許可者であっても地方選挙権を当該国籍国の政府が承認していなければ権利が与えられないのであるから、選挙権付与対象者は旧法案よりも狭くなった。単純に考えたら新法案は旧法案の改悪法案なのだが、驚くべきことに旧法案を批判していた人々からこの新法案を批判する声は聞こえてこない(おそらく彼らが相互主義の論理でもって地方参政権獲得運動をしていたからであろう)。新法案は明らかに旧法案の「朝鮮」籍排除の精神を継承しているのだが、特別永住/永住許可者内のかかる序列化についても、現在の地方選挙権取得論はほとんど異論を提起していない。

 以上見てもわかるように、90年代以降国会で審議されてきた地方選挙権法案は、第一に「定住外国人」は「旧臣民」であり「同化」しているということを根拠に権利主張をしている点で外国人全体の階層化・序列化を前提にしており、一方で反「北朝鮮」感情を逆撫でしない法案であるという点で、特別永住/永住許可者内における「朝鮮」籍者の排除をもたらすものになっている。ちゃんと「善良」な「定住外国人」だと思われている人にだけ選挙権が与えられるようになっているのだ。こうした地方選挙権法案の内実を見れば、核実験を口実に撤廃合意が撤回、あるいは修正(韓国籍だけとか)されるかもと危惧するのも当然であろう。それ以上に私は、こうした「同化の論理」と「旧臣民の論理」に基づく権利は、より社会全面にわたって積極的に外国人の階層化を推進するような「多民族社会」論を展開していくのではないかと恐れている。そして、こうした「多民族社会」日本の構想すら、日本社会は受容しないため、前者はますますその論理を親日化(あえてこの用語を使おう)させていくことになるのではないか。今般の特別永住者証明書の撤廃論議を見ていると、やはりそうした方向に向かっているとしか思えないのである。
by kscykscy | 2009-06-08 22:57 | 外国人参政権