カテゴリ:日朝平壌宣言批判( 7 )

「今日の朝鮮人民は半世紀前の朝鮮人民と同じではない」――ある韓日条約批判からの抜粋

 『売国的「韓日条約」は無効である』という冊子がある。1965年12月に朝鮮大学校の「朝鮮にかんする研究資料」第13集として出版されたもので、編集兼発行人は李珍珪である。韓日条約・諸協定の締結直後に出版されたこの冊子は、この条約のもつ問題点を網羅的に批判した解説と、朝鮮民主主義人民共和国の声明、韓国の知識人の宣言書や学生運動の闘争スローガンなどの資料をおさめた附録によって構成されている。

 この冊子の基本的立場は、韓日条約を批判し、この条約で扱われた諸問題は本来ならば統一朝鮮と交渉すべきことであり、それが現在困難であるならば日韓両政府に朝鮮政府も加えた三者で協議すべきであるというものだ。だが、こうした一般的な立場にとどまらず、この冊子は個別の論点に踏み込んだ批判を展開しており、その内容には「現代的」なものも少なくない。原則とする立場も極めて明瞭である。もちろん今日の立場からみて不十分な点はあるが、いま再読する意義はあると考える。

 「今日の朝鮮人民は半世紀前の朝鮮人民と同じではない」――半世紀前=1910年代の、つまり支配された朝鮮人と、今日=1965年の解放された朝鮮人は違うのだという立場から発せられたこの冊子の提起する論点は、2014年を生きる「今日の朝鮮人民」にとっても示唆を与えるところが大きい。果たしていまから「半世紀前の朝鮮人民」と、「今日の朝鮮人民」が同じでありえているのか。日朝交渉の再開や「第二の日韓協定」もささやかれるなか、再びこの問いについて考えなおす必要があるのではないだろうか。以下にテーマごとの抜粋を掲載する(下線はすべて引用者による)。

(鄭栄桓)

*参考
カテゴリ:「日朝平壌宣言」批判
http://kscykscy.exblog.jp/i4/
カテゴリ:世界「共同提言」批判
http://kscykscy.exblog.jp/i3/
「「不幸」と「不正義」――「日朝平壌宣言」批判」
http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-4.html



1.「請求権」「経済協力協定」と朝鮮人民の賠償請求の権利について

「朝鮮人民は、日本帝国主義者が朝鮮人民にあたえたすべての人的、物的被害にたいして賠償を要求すべき当然の権利をもっており、日本政府にはこれを履行すべき法的義務がある。したがって、「対日請求権の解決および経済協力の協定」を通じて、日本当局と朴正煕一味間にやりとりするのは私的な金銭の取引きにすぎず、決して賠償金の支払いではない朝鮮民主主義人民共和国政府は、対日賠償請求権を保有するということを日本政府に重ねて警告する。」(「「韓日条約」と諸「協定」は無効である――朝鮮民主主義人民共和国政府の声明」[1965.6.23]、p.110)

「ほんらい、請求権にかんする問題は、日本帝国主義の約半世紀にわたる植民地支配の結果、朝鮮民族にもたらされた被害にたいする賠償でなければならない。
 それにもかかわらず、この協定ではその性格をあいまいにし、「請求権」が「韓国」と日本国双方にあるかのように表現し、ついには賠償問題が「経済協力」の問題にすりかえられてしまったのである。[中略]このように、「請求権」が双方にあることを明記し、かっての侵略政策が合法化される結果となった。すなわち、問題の本質をいんぺいし、転倒させたのである。
 そればかりか、賠償問題は半世紀間に朝鮮人民が受けた莫大な物的、人的被害にたいする日本政府の公正な賠償問題であり、全朝鮮人民の利益にかかわる問題である。したがって、全朝鮮人民を代表する統一政府が対象でなければならないし、それが今日の情勢で困難であるならば、朝鮮民主主義人民共和国政府と「韓国政府」および日本国政府の三者が協議のうえで解決しなければならない性質のものである。それにもかかわらず、日本政府は朝鮮人民の意思と利益を代表しない朴正煕「政権」を相手にして問題を「解決した」と記している。[中略]これは朝鮮人民にたいする冒瀆であり、挑戦である。朝鮮人民はこのような「協定」が完全に無効であることを宣言するとともに、賠償にたいするいっさいの権利を保留するものである。」(「「韓日経済協力」と日本独占資本の南朝鮮への再進出」、p.35-36)

「「請求権」が両国双方にあるかのように描き出した前文にかわって、ここではもはや、すべてが「経済協力」の名のもとに統一されてしまったのである。しかも、その金額の算定が全く不明瞭なものである。日本帝国主義の三十六年にわたる朝鮮の支配によって、多数の朝鮮人民が虐殺され、太平洋戦争に数多くの朝鮮人が動員され犠牲になった。朝鮮人民の土地と財産は奪われ、貴重な地下資源と朝鮮民族がのこした誇るべき文化財が略奪された。これらの人的・物的損害は、初歩的な資料によるだけでも数兆円にたっするといわれている。それにもかかわらず、「韓日特別委員会」で明らかになったように具体的な資料にもとづかず、政治的目的のためにこの問題が利用されてしまったのである。
[中略]
 これは、かっての植民地政策による罪過を清算し「真の友好と善隣」関係を樹立するものではけっしてないことを証明している。すなわち、日本は罪の清算ではなしに、お恵みをほどこす主導的立場に立って、商品と技術の援助をヒモつきでおこなうというのである。」(同上、p.36-37)

「文化財問題をはじめ、朝・日両民族によこたわる未解決の諸問題は、朝鮮にたいする日本帝国主義の植民地支配の結果生じたものであり、問題解決の第一歩は、日本側がかって日本帝国主義の朝鮮人民にくわえた犯罪行為・略奪について深く反省し、それを正しく解決する姿勢をとることである。そして、朝・日両国人民の利益にともに合致するように解決しなければならない。そのためには、とうぜん統一された朝鮮の政府との間でこれらの問題を処理するのが原則である。[中略]
 したがって、アメリカ帝国主義によってでっちあげられ、朝鮮人民の誰をも代表しえない朴正煕売国徒一味との間でとりきめられたいかなる「条約」や「協定」も、朝鮮人民を拘束することはできない。それらは何らの法的根拠もなく、すべて無効である。
 朝鮮人民は不法、不当に略奪された文化財の返還をはじめ、各種の賠償を日本政府に要求する権利を放棄していないのである。
 今日の朝鮮人民は半世紀前の朝鮮人民と同じではない。」(「欺瞞的「文化財協定」について」、p.91-92)

2.法的地位協定批判

「もともと在日朝鮮人は、すき好んで日本にきたのではない。在日朝鮮人は、過去日本帝国主義が朝鮮を植民地として支配していた時、土地をうばわれ、職をうばわれ、とくに侵略戦争のための徴兵、徴用などで強制的につれてこられ、酷使と虐待のなかでどうにか生きのびてきた人びとであるか、その子孫たちである。
 したがって、在日朝鮮人は、八・一五解放と同時にその奴隷的状態がただちに改善され、国際法ならびに人道主義的な諸原則にもとづいて、何らの迫害と差別もなく公正にとりあつかわれなければならなかった。
 にもかかわらず日本当局は、在日朝鮮公民を法的保護の外におき、朝鮮国籍取得の権利、就業の権利、民族教育の権利、祖国往来の自由などをふくむ民主主義的民族権利をはなはだしく侵害してきた。」(「いわゆる「法的地位協定」と在日朝鮮人の基本的人権」、p.61)

「在日朝鮮人は、独立国家の公民として、外国人として日本にすんでいる。在日朝鮮人は、朝鮮民主主義人民共和国の国籍法によって、共和国公民としての法的地位が保障されており、共和国の政治的ならびに法的保護をしっかりうけている。[中略]
 今日、国際法に公認されている原則は、誰が自国民であり、誰が自国民でないかの決定権を、その国の国内法、すなわち国籍法に任せている。[中略]このように、国籍の決定権は各国の国内法に一任されているので、各国の国内法の内容に相違が生じ、たとえば、血統主義と出生地主義の相違から、一個人に二つ以上の国籍があったり、またいかなる国の国籍ももたない場合ば生ずることもありうる。この何れも、人権を保護する見地からみた場合不利益となるので、今日の国際条約はこのような事態が生じないように考慮している。[中略]一方、個人が国籍をもつことは、世界人権宣言にも公認されている基本的人権であり、個人の意志に反して国籍をうばうことはできない。また、個人は国籍を選択する自由をもっている。[中略]
 さらに、現代の国際法は、外国人の法的地位を規定するにあたって、民族的蔑視と迫害を加えたり、かれらの人権をふみにじるような国家のいかなる行為をも禁止しており、また一般的に外国人に自国民が享有している同等の権利をみとめるか、または最恵国待遇をあたえている。[中略]共和国の憲法第87条には、民族的不和をかもしだすような宣伝せん動すら厳重な犯罪行為として刑罰で制裁することを規定している。
 日本政府にはこのような国際法上の諸原則や国際慣例にもとづいて、在日朝鮮公民に外国人としてのすべての合法的権利と待遇を保障すべき法的な義務がある。在日朝鮮公民から朝鮮民主主義人民共和国の国籍をうばい「国籍のない朝鮮人」をでっちあげたり、朝鮮国籍への変更の権利をうばい「韓国国籍」を強要したり、在日朝鮮人を差別し迫害するようなことは、国際法上絶対にゆるされない。
 さらにそればかりでなく、日本政府は、過去日本帝国主義が朝鮮人民のまえにおかした罪過にてらし、在日朝鮮公民に民主主義的民族権利を保障すべき歴史的道義的責任がある。元来、在日朝鮮人にかんする問題は、日本帝国主義の朝鮮占領とその植民地支配がのこした産物であり、日本政府はその歴史的、道義的責任を回避することはできない。」(同上、p.61-63)

「もともと居住の自由は、国籍をとわず何人にも保障されるべき基本的人権の一つであり(世界人権宣言第13条、日本国憲法第22条)、それに在日朝鮮人はすき好んで日本にきたのでもない。にもかかわらず、「法的地位協定」は、在日朝鮮人から居住の既得権すら奪おうとしており、「韓国国籍」をもつ者にいわゆる「永住権」なるものを付与すると規定して「韓国国籍」を強要し、かれらをアメリカの手先朴正煕一味のファッショ的統制の下におく一方、在日朝鮮公民から朝鮮民主主義人民共和国の国籍をうばおうとしている。これが全く不当であることは、すでにのべたとおりである。
 しかも「永住権」の範囲は制限され、かえって日本政府に「治安対策」推進の武器を与えている。「ひきつづき」日本に居住しているという条件をつけ、たとえば戦時中に夫が徴用されて妻子が本籍地に疎開したとか、学童疎開で子どもたちを故郷にあずけたとか、徴兵、徴用で家族を故郷に残したまま強制連行されてきた人たちや、一度でも解放後朝鮮にかえったことのある人や八・一五解放後日本にわたった朝鮮人はその範囲から除外され、家族離散のうき目をみることになっており、「協定永住権者」の子孫についても何らの確定的な保障はない。それに、許可要件審査に「家族関係及び日本国における居住経歴にかんする陳述書」が要求されており、強固に把握され、また退去強制事由が拡大され、日本当局の「自由裁量」によって勝手に追放されるようになっている。このように結果的には、空虚な在留権にすぎなくなるのもならず、在日朝鮮人にたいする治安維持的な規制を強化しようとたくらんでいる。」(同上、p.67)

「在日朝鮮人は初歩的な基本的人権である祖国への往来の自由さえみとめられず、解放後20年もたった今日まで、日本国内にかんきんされた状態におかれている。[中略]のみならず、反朝鮮、反総聯宣伝と民族教育にたいするデマと中傷をくりかえし、民族離間と民族排外主義をしきりに鼓吹している。岡山、京都などでは、在日朝鮮人を大量的に追放し虐殺せよ、とせん動するビラが白昼公然とばらまかれ、朝鮮総聯中央の名前をいつわった悪質な文書を散布したり、名古屋でみられたように武装スパイを朝鮮総聯に侵入させるという卑劣な謀略までおこなわれている。一方、あらゆる宣伝手段を利用し、在日朝鮮人が「抗日パルチザンを結成しようとしている」とか、「反日教育をやっている」とか、朝鮮大学校で「軍事訓練をしている」とか、全く根も葉もない中傷をくりかえしている。こうして日本国民に在日朝鮮人と民族教育にたいする不信感をいだかせ、在日朝鮮人と朝鮮総聯および民族教育にたいする非友好的な迫害、弾圧政策をつよめるとともに、奴隷的な「同化」を強要しようとしている。」(同上、p.70-71)

3.民族教育の保障と「同化」教育批判

「在日朝鮮人は過去日本の植民地統治と侵略戦争の犠牲者として日本にきた人びとであり、その子孫である。[中略]日本政府は、以上のような民族教育の国際的慣例からしても自国の教育方針にてらしてみても在日朝鮮人の民族教育を当然認めるべきである。
 とくに、日本政府は不幸な過去の歴史的事実からみても、在日朝鮮人の民族教育の権利を保障すべき歴史的、法的、道義的責任がある
 それにもかかわらず、日本当局は、侵略と戦争につながる「韓日条約・協定」の批准発効をたくらみながら、在日朝鮮人の民主主義的民族教育をみとめないで、不当にも弾圧を加えるために、最近ふたたび民族教育にたいするいわれのない中傷、ひぼうをみだりにしている。[中略]
 もともと各種学校の設置認可は自治体の首長の権限に属することである。ところが、日本の文部省は1950年3月14日次官通達をだして事実上朝鮮人学校にたいする設置認可を不当にも拒否させている。[中略]ひとり教育に必要ないっさいの権限と条件をととのえた朝鮮人学校にたいしては、認可もあたえず、免税などの措置を講じないばかりではなく、初級学校の児童たちにまで普通定期券を買わせている。これは不当な民族差別であるというべきである。」(「民族教育の正当性と「同化」教育の不当性」、p.77-78)

「日本当局は、民族教育にたいする弾圧を企図する一方、独立国家の在外公民である在日朝鮮人の子弟に屈辱的な「同化」教育を強要しようとしている。
 文部省が出している「文部時報」(1965年8月号)は「韓国人」が「わが国社会に調和した存在となるかいなかの基礎は教育によって培かわれるので、彼らとしては進んでわが国の学校に入るように」しなければならないといっているし、上記「調査月報」も「これらの人達にたいする同化政策が強調されるゆえんである」とおくめんもなくのべている。
 「同化」政策なるものは、侵略を合理化するために、帝国主義国家が植民地人民の言語、歴史、文化、風習などを抹殺して自己のそれを強要する植民地政策である
 在日朝鮮人は、日本の植民地統治時代に朝鮮人民の民族性を抹殺するための奴隷的「同化」教育を強要されたことを忘れてはならない。[中略]われわれはここで、つねに侵略と戦争と結びついて、朝鮮人民の民族教育が弾圧され、「同化」教育が強要されて来た歴史的事実を指摘しないわけにはいかない。[中略]
日本当局は在日朝鮮人の子弟が、日本の「社会によく適応した調和的存在」になり、「彼我双方の安定と幸福」のために「同化」教育をする、というが果たしてどうであろうか。」(「民族教育の正当性と「同化」教育の不当性」、p.78-80)

4.「東北アジア軍事同盟」批判

「「韓日条約」の侵略的、売国的性格はまた、この「条約」がアメリカ帝国主義のあやつりのもとに日本軍国主義者と朴正煕一味を結託させて「東北アジア軍事同盟」をしあげるためのものであるということにある。軍事的、侵略的な性格こそは、この「条約」のもっとも大きな特質である。
 このことと関連して注目をひくのは、「国連協力」をうたった前文と第四条である。すなわち、前文では「国際連合憲章の原則に適合して緊密に協力すること」と「サンフランシスコ講和条約」を「想起」することがうたわれており、第四条ではa項とb項で「相互の関係において国際連合憲章を指針とする」こと、「国際連合憲章に適合して緊密に協力する」とと二度も「国連協力」が強調されている。
 これは、この「条約」の軍事的、侵略的性格をもっとも集中的に表現したものである。
 周知のように、国連は一貫してアメリカ帝国主義の侵略政策の道具として利用されてきた。とくに朝鮮についていえば、国連は完全にアメリカの侵略の道具としての役割をはたしてきたし、いまもはたしている。
[中略]
 したがって、「国連協力」というのは、つまるところ軍事作戦行動を含むアメリカの南朝鮮におけるこのような侵略行動に全面的に協力するということである。これはとりもなおさず、日本の自衛隊が「国連軍」に協力するという名目で南朝鮮に進出することを意味する
 このことは、この「条約」が「国連協力」と「サンフランシスコ講和条約の想起」という規定にみられるように、アメリカの極東侵略政策の重要なかなめである「日米安保条約」と緊密にむすびつけられているという事実によっていっそう明瞭である。周知のようにいままでアメリカ帝国主義が「東北アジア軍事同盟」を実現するうえで大きな障害となったのは、日本と南朝鮮かいらい「政権」とのあいだに正式の「国交」がなかったことである。だが「韓日条約」の締結によってこの障害はとりはらわれた。「韓日条約」が「日米安保条約」にむすびつけられたことによって、日本と南朝鮮かいらいはアメリカの指揮のもとに1つに統合され「東北アジア軍事同盟」は事実上完成したことになる。よくしられているように「日米安保条約」は「サンフランシスコ講和条約」の産物であり、その精髄である。「日米安保条約」も「国連原則の尊重」をかかげ「個別的、集団的自衛権」にもとづく「相互防衛」をうたっている。ところで、日本政府の公式見解によれば、「安保条約」にいう「自衛権」の範囲は朝鮮をふくむ東北アジア全部となっている。
 このことと関連して注目すべきことは、旧「安保条約」締結のさいにとりかわされ、現在もなお効力をもっている「アチソン-吉田交換公文」である。この文書で日本は、「国際連合がその憲章にしたがってとるいかなる行動についてもあらゆる援助をあたえること」、「国際連合の行動に従事する軍隊を日本国内およびその附近において支持すること」を約束しているのである。
 これは、「韓日条約」によって、日本の自衛隊が「国連軍協力」という名目で海外派兵を禁じた日本国憲法や自衛隊法をも排除し、南朝鮮に出動することが可能になるということを意味する。なぜなら、日本政府の見解によれば「日米安保条約」とその附属文書は、日本国憲法より優先するからである。すでに1961年に当時の池田首相は、「いまの国連憲章あるいは国連警察軍として出ることは憲法違反ではない場合もある」とのべているのである。
 以上であきらかなことは、「韓日条約」が「東北アジア軍事同盟」を完成させ、日本の自衛隊を南朝鮮にひきいれるための事実上の軍事条約であるということである。」(「売国的「韓日条約」の本質」、p.19-21)

by kscykscy | 2014-03-30 00:00 | 日朝平壌宣言批判

韓浩錫「朝・日頂上会談の推進背景と朝・日平壌宣言の歴史的意義」批判

 日朝平壌宣言発表直後の2002年9月23日、米国を拠点に活動を行っている韓浩錫(ハン・ホソク)統一学研究所所長が発表した「朝・日頂上会談の推進背景と朝・日平壌宣言の歴史的意義」(以下、韓浩錫論文)という論文がある。おそらくこの論文を知っている人はそう多くなく、すでに発表から9年が経過しているため、以前読んだことのある人もほとんど忘れているものと思う。

 ただ、本論で記すとおり、韓浩錫論文は独特の日朝平壌宣言解釈でその歴史的意義を高く評価した論文であるため、平壌宣言発表当時は、「経済協力」方式に落胆した人々に注目され若干ながら話題になった。当時は仔細に検討しなかったが、9年後のいま、改めて韓浩錫論文を読み直してみて、そのあまりに牽強付会な平壌宣言解釈に当惑した。統一学研究所のサイトを確認したところ9年前と同様の文章が未だに掲載されているため、ここに取り上げて批判したい。以下、平壌宣言第二項に関する解釈を中心に韓浩錫論文を検討する。

 韓浩錫論文の第二項解釈は以下の二点に要約できる。

 1.朝鮮民主主義人民共和国が従来の立場を変え、日本の主張する経済協力方式を受け容れたとする理解は誤りである。なぜなら、平壌宣言第二項の「財産及び請求権の相互放棄」はソ連や中国、東南アジア諸国家や韓国が行ったものと同様の国際慣例であり、また、「財産及び請求権の相互放棄」という概念を用いたことは、日本が朝鮮民主主義人民共和国を交戦当事国と認め、自らを「戦犯国」と認めたことを意味する。よって、朝鮮民主主義人民共和国は日朝交渉における原則的立場を貫徹したといえる。

 2.そもそも、平壌宣言第二項は財産権と請求権を完全に放棄したのではなく、今後「財産権と請求権問題について具体的に協議する」という意味に解釈しうる。また、経済協力は「財産権と請求権を放棄したことに対する日本の補償ではな」く、朝鮮が「『白頭山二号』発射保留措置を延長したことに対し日本が経済協力という名分で補償するもの」である。よって、朝鮮民主主義人民共和国は過去の清算問題に妥協し、経済協力方式を採用したわけではない。

 第二の点はいずれも韓浩錫氏の憶測・願望に過ぎず検討するに値しないため、ここでは第一の点に絞って検討したい。

 さて、ここで核心的論点となるのは「請求権の相互放棄」に関する理解である。平壌宣言第二項は「双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした」としているが、韓浩錫論文は「財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則」という文言が用いられたことは、従来の国際慣例を適用したものであり、朝鮮民主主義人民共和国を日本が交戦当事国と認めた証拠であるとする。該当箇所を引用しよう。

「朝・日平壌宣言に記録された財産権と請求権を相互放棄する基本原則というものは、国際慣例により成立した原則を意味する。日本と敵対関係にあった国々が日本との敵対関係を清算し、国交を樹立する際、財産権と請求権を放棄することは一種の国際慣例となった。
 過去に、日本と戦争を行ったソ連が1956年10月19日、モスクワでソ・日国交を樹立する際に発表したソ・日共同宣言で、両国は財産権と請求権を相互放棄することにより先例を作り出した。1972年9月に中国と日本が国交を樹立する際に発表した中・日共同宣言でも、ソ・日共同宣言の先例に従い両国が財産権と請求権を相互放棄した。
 日本が戦後処理過程で被害補償協定を締結した国は、フィリピン、インドネシア、南ベトナム(当時)、ビルマ(当時の国名)であった。これら東南アジアの国々はみな財産権と請求権を放棄し、日本は経済協力方式で補償問題を処理した。
 南(韓国)の場合も東南アジアの国々と同様、財産権と請求権を放棄した。
〔中略〕
 こうした歴史的脈絡から見れば、朝・日平壌宣言に現れる「財産及び請求権を相互放棄する基本原則に従い」という文言は、上に言及した国際慣例を適用するというものである」

「財産権〔ママ〕と請求権の相互放棄という政治的概念の中には、誠に驚くべきことに朝・日関係の本質を規定する重大な内容が含まれている。それは北(朝鮮)と日本が互いに戦争を行った交戦当事国の関係にあったという歴史的事実を認定するという内容である。北(朝鮮)と日本が互いに戦争を行ったため、北(朝鮮)にも戦争被害があり、日本にも戦争被害があったことを相互認定するということである。
 国際法上交戦当事国間の敵対関係を清算する際には相互放棄という政治的概念を使う。以前、ソ連、中国が日本と国交を樹立する際、これら両国は日本に対して各々交戦当事国であったため、当然に相互放棄という政治的概念により敵対関係を清算した。」


 結論からいえば、これらの韓浩錫論文の主張は全く成り立たない。

 まず第一に、韓浩錫論文は「賠償請求権」と「請求権」を混同している。サンフランシスコ講和条約に始まる日本と連合国との各種協定は、その多くが連合国の賠償請求権の放棄と、日本・連合国双方の請求権の相互放棄を定めている(*1)。そして、韓浩錫論文の核心ともいえる論点=日本が朝鮮民主主義人民共和国を交戦当事国と認めたのか、を判断するに際して注目すべき点は、「請求権の相互放棄」ではなく、前者の「賠償請求権」の有無である。

 なぜなら、「賠償請求権」の認定は、連合国が日本との交戦当事国かつ戦勝国であるという事実認定を前提としているからである。また、「請求権」についても例えばサンフランシスコ講和条約の場合、「戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権」と、明確に「請求権」の生じる原因たる「戦争状態」について明示している。日韓請求権協定には「請求権」に関する言及はあるが、「戦争状態」を原因とするものとは記されておらず、また、「賠償請求権」についての規定もない。連合国が(そして日本が)韓国を交戦当事国と認めなかったからである(*2)。もちろん、平壌宣言第二項にも「賠償請求権」についての規定はなく、「相互に放棄」することになった「請求権」が「戦争状態」を原因として生じたものであるとの規定もない。

 次に、韓浩錫論文の賠償問題についての明らかな事実誤認を指摘しておく必要がある。ざっと見ただけでも以下の三つの事実誤認がある。

 ① フィリピン、インドネシア、南ベトナム、ビルマと日本が「被害補償協定」に基づき、「みな財産権と請求権を放棄し、日本は経済協力方式で補償問題を処理した」と記しているが、誤りである。四カ国が日本と締結したのは「被害補償協定」ではなく賠償協定であり、実施されたのは「経済協力」ではなく賠償である。

 ② 「日本は戦後処理過程でフィリピン、インドネシア、インド、ビルマ〔略〕、中国(当時の台湾政府)と〔サンフランシスコ講和条約とは:筆者注〕別途、講和条約を締結した」としているが、フィリピンはサンフランシスコ講和条約に署名しており、別途締結したのは講和条約ではなく賠償協定であるため、これも誤りである。

 ③ 「中・日共同宣言でも、ソ・日共同宣言の先例に従い両国が財産権と請求権を相互放棄した」とするが、日中共同宣言では「戦争賠償」の放棄のみ規定があり、どこにも「財産権と請求権を相互放棄した」などという規定はなく、誤りである。

 おそらく韓浩錫氏は、そもそもなぜフィリピン等の東南アジア諸国が「連合国」として賠償交渉を行いえたのかについて理解していないものと思われる。サンフランシスコ講和条約は「連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう」(第25条)としたため、旧宗主国=アメリカ、オランダ、フランス、イギリスが連合国であったこれらの国々もまた「連合国」=交戦当事国と認められた。また、「現在の領域が日本国軍隊によつて占領され、且つ、日本国によつて損害を与えられた連合国が希望するとき」には役務賠償を行う旨しており(第14条a項1)、これによりフィリピン、南ベトナムはサ条約調印後、個別に日本との賠償交渉に入る。さらに同条約は連合国は「この条約の署名国でないものと、この条約に定めるところと同一の又は実質的に同一の条件で二国間の平和条約を締結する用意を有すべきものとする」(第26条)としたため、サ条約に参加しなかったビルマや、批准しなかったインドネシアも個別に平和条約・賠償協定を結ぶことになったのである。

 また、これらの事実誤認のうち、とりわけ③は立論の重要な根拠についての誤りであるため深刻である。論証の根幹の事実認識に初歩的な誤りがある以上、もはや韓浩錫論文は論文としての体をなしていないといわざるを得ない。

 つまり、「請求権の相互放棄」は、それだけでは交戦当事国の認定とは何の関係もないのである。ソ連、フィリピン、インドネシア等は「連合国」=交戦当事国=戦勝国たる地位を得たため「賠償請求権」が承認され、韓国は認められず「請求権」のみ規定された。結果、日韓協定では「請求権」のみが言及されたに留まったのである。なお、日中共同宣言が「賠償請求権」ではなく「戦争賠償」という用語を用いているのは、日華平和条約との整合性にこだわった日本側に配慮した妥協の結果である。

 よって、平壌宣言が「請求権を相互に放棄」するとしたことの意味は、韓浩錫論文のいうように朝鮮民主主義人民共和国が交戦当事国と認められたことを意味するのではなく、むしろその逆のことを意味する。もし、90年代の日朝交渉での朝鮮民主主義人民共和国の主張、つまり朝鮮人民革命軍の抗日武装闘争は対日戦争であり朝鮮を交戦当事国と認め賠償をするべき、との主張を日本政府が受け入れたならば、朝鮮民主主義人民共和国側だけが一方的に「賠償請求権」を求めうる規定が平壌宣言に入ったはずである。だが平壌宣言第二項はそうなってはいない。

 韓浩錫論文は連合国と日本の各種協定と平壌宣言の間にある「賠償請求権」の認定の有無という重大な事実を無視し、「請求権の相互放棄」の部分だけを取り出して、平壌宣言において日本が朝鮮民主主義人民共和国を交戦当事国と認めた、と強弁しているのである。

 以上の検討から、韓浩錫論文の、「財産及び請求権の相互放棄」という概念を用いたことは日本が朝鮮民主主義人民共和国を交戦当事国と認め、自らを「戦犯国」と認めたことを意味する、との主張が全く成り立たないことがわかる。

 なお、韓浩錫論文は「賠償請求権」の放棄に関する歴史的経緯についても誤って理解している。「賠償請求権」の放棄のプロセスは単なる「国際的慣例」によるものではない。日本を反共の砦とし、東南アジアを中国に代わる対日原料供給地/日本の工業製品の購買市場とするための米国の冷戦政策によるものであった。対日戦争により甚大な被害を蒙ったフィリピンが米国の無賠償方針に強く反発したことはよく知られており、結果としてサ条約は賠償請求権を認めながらもそれを放棄するという折衷案を採用し、別途フィリピンは賠償交渉を行えるようになったのである。しかも、ようやく可能になったフィリピン・日本の賠償交渉でさえも、米国の圧力により日本に有利な形で進められることになった。もし平壌宣言とフィリピンの賠償交渉に共通点を見出すとするならば、それは「国際的慣例」としての請求権の相互放棄などではなく、米国の恫喝により対日要求を緩和せざるを得なくなった点にこそ求めるべきではないだろうか。

 韓浩錫論文の提示する、一見後退にみえる平壌宣言が実は朝鮮民主主義人民共和国の原則的立場を貫徹したものであった、というイメージは、以上見たように全く根拠の無いものであり、虚像である。何より、ここで論じた韓浩錫論文の問題点は、日本と連合国の戦後処理についての基本的な事実を知っている者ならば誰もが指摘しうることばかりである。基本的な事実を歪曲して虚像を提示する韓浩錫氏に、私は知的な不誠実さのみならず嫌悪感すら抱く。

 そして、韓浩錫論文の提示した虚像の最大の問題は、全ては朝鮮民主主義人民共和国の意図通りになっているという誤った認識を拡散するところにある。それは結果として今後の日朝交渉を傍観する無行動しか生まない。確かに日韓条約を批判し、90年代の日朝交渉における朝鮮民主主義人民共和国の原則的立場を支持していたものにとって、平壌宣言の発表は誠に衝撃的であった。しかし、だからといって虚像にすがって現実から目をそらしてはならない。現状ははるかに危機的である。

*1 参考までに以下に日本と連合国の間の戦後処理に関する条約の一部を列挙する。

・サンフランシスコ講和条約
第14条
(a) 日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される。しかし、また、存立可能な経済を維持すべきものとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害又は苦痛に対して完全な賠償を行い且つ同時に他の債務を履行するためには現在充分でないことが承認される。
 よつて、
  1 日本国は、現在の領域が日本国軍隊によつて占領され、且つ、日本国によつて損害を与えられた連合国が希望するときは、生産、沈船引揚げその他の作業における日本人の役務を当該連合国の利用に供することによつて、与えた損害を修復する費用をこれらの国に補償することに資するために、当該連合国とすみやかに交渉を開始するものとする。その取極は、他の連合国に追加負担を課することを避けなければならない。また、原材料からの製造が必要とされる場合には、外国為替上の負担を日本国に課さないために、原材料は、当該連合国が供給しなければならない。
〔中略〕
(b)この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。
第19条
(a) 日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄し、且つ、この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する。

・日華平和条約
第11条
 この条約及びこれを補足する文書に別段の定がある場合を除く外、日本国と中華民国との間に戦争状態の存在の結果として生じた問題は、サン・フランシスコ条約の相当規定に従つて解決するものとする。

・日華平和条約議定書
1 この条約の第十一条の適用は、次の了解に従うものとする。
(a)サン・フランシスコ条約において、期間を定めて、日本国が義務を負い、又は約束をしているときは、いつでも、この期間は、中華民国の領域のいずれの部分に関しても、この条約がこれらの領域の部分に対して適用可能となつた時から直ちに開始する。
(b)中華民国は、日本国民に対する寛厚と善意の表徴として、サン・フランシスコ条約第十四条(a)1に基き日本国が提供すべき役務の利益を自発的に放棄する。

・日華平和条約に関する同意された議事録
四、
日本国代表 私は、中華民国は本条約の議定書第一項(b)において述べられているように、役務賠償を自発的に放棄したので、サン・フランシスコ条約第十四条(a)に基き同国に及ぼされるべき唯一の残りの利益は、同条約第十四条(a)2に規定された日本国の在外資産であると了解する。その通りであるか。
中華民国代表 然り、その通りである。

・日ソ共同宣言
6.ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、1945年8月9日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。

・日比賠償協定
第一条 日本国は、現在において千九百八十億円(一九八、○○○、○○○、○○○円)に換算される五億五千万合衆国ドル(五五○、○○○、○○○ドル)に等しい円の価値を有する日本人の役務及び資本財たる日本国の生産物を、以下に定める期間内に、及び以下に定める方法により、賠償としてフィリピン共和国に供与するものとする。

・日本国とインドネシア共和国との間の平和条約
第四条 1 日本国は、戦争中に日本国が与えた損害及び苦痛を償うためインドネシア共和国に賠償を支払う用意がある。しかし、日本国が存立可能な経済を維持すべきものとすれば、日本国の資源は、戦争中に日本国がインドネシア共和国その他の国に与えたすべての損害及び苦痛に対し完全な賠償を行い、かつ、同時に日本国の他の債務を履行するためには十分でないことが承認される。
〔中略〕
2 インドネシア共和国は、前項に別段の定がある場合を除くほか、インドネシア共和国のすべての賠償請求権並びに戦争の遂行中に日本国及びその国民が執つた行動から生じたインドネシア共和国及びその国民のすべての他の請求権を放棄する。

・日中共同声明
五 中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

*2 日韓請求権並びに経済協力協定の「請求権」に関する規定は以下の通りである。

・日韓請求権並びに経済協力協定
日本国及び大韓民国は、
 両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決することを希望し、
 両国間の経済協力を増進することを希望して、
 次のとおり協定した。
第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

by kscykscy | 2011-12-29 01:36 | 日朝平壌宣言批判

「韓日協定再協商国民行動」の公開質疑書

 2011年11月18日創立の「独島を守り六大未清算課題を解決しようとする韓日協定再協商国民行動」が先月末の韓日議員連盟合同総会に宛てた公開質疑書を翻訳・掲載する。
http://blog.daum.net/schumam

 日本のメディアは完全に黙殺したようであり、また「国民行動」のサイトをみても日本語版が掲載されていないようなので、ここに勝手に日本語訳をする次第である。日韓諸協定の再交渉の問題は、当然ながら韓国政府・韓国国民のみの問題ではない。直接問われているのは、日韓諸協定により植民地支配責任をみごと回避した日本政府・日本国民である。

 特に、質疑書の「今日の日本が民主主義と平和主義を志向する国なのであれば、自らの政府が犯した1910年併呑条約の強制性と不法性を認定し、宣言しなければならない」という問いを日本人は重く受け止めるべきである。専制と侵略主義の大日本帝国を愛でながら、他方で「民主主義と平和主義」の日本国を自認するなどという偽りは通用しない。

 もちろん、日韓諸協定の再交渉には大変な困難が予想される。だからこそ、いまだ未締結の日朝条約交渉においては、必ずや植民地支配責任を追求しなければならない。それにはピョンヤン宣言では全くお話にならないのである。

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韓日議員連盟総会に送る公開質疑書
韓日協定は「全面再協商」されねばならない

 来たる11月27~28日、ソウルで第35回韓日議員連盟合同総会が開かれる。韓日協定再協商国民行動は、韓日議員連盟合同総会に次の通り公開質疑書を提出する。

 我々は去る9月21日と10月19日に開かれた韓日首脳会談に続き開催される、この度の韓日議員連盟ソウル合同総会に注目する。二度開かれた首脳会談にて、両国首脳は700億ドルに達する通貨交換スワップ(SWAP)に合意し、韓日FTA論議の再開にも合意した。9月21日、ニューヨークで開かれた首脳会談にて「日本軍慰安婦問題に対する韓国側の問題提起があるだろう」との韓国外交部当局者の発言とは異なり、李明博大統領は何らの言及をせず、その代わりに日本側は韓国側に北朝鮮の日本人拉致問題について説明し、韓国の支持・協力を得たと発表した。日本防衛省は、去る8月2日、独島が「日本領土」であると表記した防衛白書を発刊した。

 去る8月30日、韓国憲法裁判所は日本軍慰安婦のお婆さんたちが提起した憲法訴願に対し、「人間としての尊厳と価値が無慈悲かつ持続的に侵害されてきた」高齢の慰安婦のお婆さんたちの叫びに、「政府が何らの措置を採っていないことは憲法違反」であると決定し、1965年の韓日協定に「重大な過ち」があったと指摘した。続けて、韓国外交部当局が韓日協定の関連条文に従い「協議要請」を行ったことに対し、日本外務省は「1965年韓日協定によりすべて終ったこと」であると拒否した。

 これまで数ヶ月の韓日関係を簡単に振り返ってみた。われわれはそこで1965年に締結された韓日協定の協商過程が繰返されていることを驚きをもって発見した。日本側の懐柔と圧力、韓国側の屈辱的な追従と国民無視が繰返されている。表面にあらわれない深刻な問題群が、幕を仕切られたまま議論されているのではないかが憂慮される。

 韓国国民の持続的な問題提起にもかかわらず、衛戍令・戒厳令を宣布し、強圧と弾圧のなか拙速に締結された1965年の韓日協定では、当時まだ議論されなかった多くの問題群がその後にあらわれた。日本軍慰安婦問題をはじめ、いまだ把握しえていない強制徴用・徴兵被害者、サハリン等の未帰還同胞、勤労女子挺身隊被害者、原爆被害者等の問題が引き続き膨れ上がった。略奪された文化財の返還も恩着せがましい面子立てに終始した。独島に対する日本の領有権主張と侵略美化・歴史歪曲も日々深刻になっている。これら全ての問題の原因が、1965年に誤って締結された韓日協定にあったということがはっきりした。

 しかし、1965年の韓日協定の致命的な問題点は1910年の韓日「併呑」条約の強制性と不法性を認識していないところにある。それは植民地暴圧機構である朝鮮総督府のわが土地への支配に対する合法性を認定することにより、わが民族の独立運動を不法な行動とみなそうというところに、その目的があった。今日の日本が民主主義と平和主義を志向する国なのであれば、自らの政府が犯した1910年併呑条約の強制性と不法性を認定し、宣言しなければならない。

 韓日協定は「全面再交渉」しなければならない段階に達した。植民地支配意識と屈辱的低姿勢により締結された韓日協定が存続する限り、韓日間の善隣関係も東北アジアの善隣の根拠となる平和も期待しえない。

 第35回韓日議員連盟合同総会はこれらの問題を抱えたまま開催される。我々は両国国民の民意を代表する議員たちが、いかなる議題を、いかなる姿勢で論議するのかを注視する。

 我々はこの度の合同総会が「韓日協定再協商」を論議する歴史的な最初の討論の場となることを主張する。

 去る11月18日に創立した「韓日協定再協商国民行動」は真正な韓日親善と東北アジアの平和のために、1965年の韓日協定が「全面再協商」されるよう、韓国の多くの民主市民らと共に努力していくだろう。

 我々は来たる12月14日、駐韓日本大使館正門前で開かれる日本軍慰安婦のお婆さんたちの第1000回水曜集会に参加し、この日に建てられる日本軍慰安婦のお婆さんたちを表わす「平和の少女像」に祝福があらんことを祈る。

2011年11月25日

韓日協商再協商国民行動

常任共同代表
 咸世雄(カトリック神父・安重根義士記念事業会会長)
 李海学(プロテスタント牧師・6月民主抗争継承事業会理事長)
 青和(仏教僧侶・前大韓仏教曺渓宗教育院長)
 尹美香(韓国挺身隊問題対策協議会常任共同代表)
 李富栄(夢陽呂運亨先生記念事業会会長・前国会議員)
by kscykscy | 2011-12-07 16:17 | 日朝平壌宣言批判

 『ロシアの声』報道と日朝平壌宣言

 衛藤征士郎の訪朝延期をめぐるインタビューを『産経』が報じた。衛藤は「日朝平壌宣言に基づき、拉致、ミサイル、核の諸問題を包括的に解決するということ。もう一点は、会長の私は永住外国人への参政権付与に反対だということ」に言及するのみで、日本の植民地支配責任については、平壌宣言の該当文言にすら言及していない。もはや日本の言論空間から植民地支配責任をめぐる論点そのものが消滅してしまった感がある。

 ただ、、『The Voice of Russia(ロシアの声)』が若干気になる記事を掲載した。11月25日付の同紙は、「北朝鮮 植民地支配の賠償 日本に求める」と題し、「労働新聞のなかでは、北朝鮮が繰り返し日本に対して謝罪と賠償を求めているものの、日本政府は過去の日本帝国主義の犯罪を認めることを拒否している、とされている」と報じている。

 平壌宣言後の朝鮮政府の日本に対する植民地支配責任追及の方針は、正直なところどう理解してよいか迷うところがある。平壌宣言は、「賠償」どころか一切の請求権の相互放棄を規定しており、仮に朝鮮政府が「賠償」を求めるとなると、平壌宣言の修正が必須である。この記事の通りなら、朝鮮政府は平壌宣言の路線から離れたことになる。しかし、実際にこの記事が根拠とする『労働新聞』2011年11月24日付の論説「必ずや決算されねばならない日帝の朝鮮民族抹殺策動」を見ると、そこには日本に「賠償」を求めるとの表現は無い。論説の該当箇所は以下の通りである。
 「実に、日帝が強行した朝鮮民族抹殺策動によりわが人民が被った人的、物的、精神的被害と苦痛は計りがたいほど大きい。しかし日本は、わが人民に対し犯した前代未聞の罪悪に対する謝罪と賠償どころか、あくまで歴史歪曲策動ごっこを展開しており、朝鮮再侵略野望の夢を実現しようと血眼になって暴れまわっている。/日本は罪多き過去を一日も早く清算しなければならない。/万一、日本がわが民族に与えたすすぎがたい罪悪を反省せず、時代錯誤的な反共和国敵対視政策に引き続きこだわるならば、わが人民は百年宿敵日帝の罪の代価を千百倍にして受け取るであろう」
 「謝罪と賠償どころか」との表現はあるが、日本に「賠償」せよと主張しているわけではない。あくまで「罪多き過去を一日も早く清算しなければならない」と述べるに留まる。『ロシアの声』の位置づけは不正確である。

 「9.17」後の『労働新聞』等の朝鮮のメディアは、たびたび日本に「過去の清算」を求めており、ときには「賠償」「補償」の語を用いる場合もある。しかし、繰り返しになるが、朝鮮政府が本当に「賠償」あるいは「補償」を引き出すためには、最低でも平壌宣言の修正が必要である。だが管見の限り、平壌宣言の修正や発展が必要と主張したことはない。このため、私は「9.17」後も朝鮮政府は平壌宣言のラインでの国交「正常化」という基本線を踏み外していないと見ている。日朝交渉が現実に進展すれば「平壌宣言の精神」=請求権相互放棄に立ち戻る可能性が高い。

 日本の植民地支配責任の明確化を求める立場からすれば、これは大変深刻な事態である。国交さえ結ばれればいいわけではない。
by kscykscy | 2011-11-29 01:02 | 日朝平壌宣言批判

なぜ「平壌宣言」を持ち出すのか

  朝日平壌宣言はこれまで書いたように、「日本無答責」をはっきりと明記した宣言なのだが、ほとんどの人々はここのところを無視したまま「平壌宣言に基づいた国交正常化を!」と叫んでいる。言い分はこうだろう。平壌宣言には「双方は、この宣言に示された精神及び基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注すること」と記されている。だからいろいろ問題はあるにしても、「国交正常化」の早期実現への努力を明記した(つまり日本政府が約束した)平壌宣言を利用して、正常化を成し遂げようじゃないか、と。
 
  だが、平壌宣言は日朝関係の包括的な事項について記している。単に「国交正常化を実現しよう!」と叫ぶのならわかる。私も賛成だ。だが、「平壌宣言の精神に則って国交正常化を実現しよう!」と言った瞬間、朝鮮植民地支配に関する認識も平壌宣言と共有することになる。そこのところを「平壌宣言の精神」云々という人々はわかっているのだろうか?ここは強く主張したいところだが、「平壌宣言」に賛同することと、国交正常化を求めることはイコールではない。「平壌宣言」に賛同することは、国交正常化実現よりもはるかに多くのことを言ったことになる。

  そこのところはもちろん平壌宣言にも書いてある。宣言はあくまで「この宣言に示された精神及び基本原則に従い」国交正常化への努力を明記しているに過ぎない。ここでいう「精神及び基本原則」には、今までに書いた植民地支配への「日本無答責」も含まれている。これを含みこんだ形で国交正常化への努力をしましょう、こう宣言は書いているのである。だから、宣言を称揚しつつ、「歴史認識の部分には若干問題はあるが…」云々とお茶を濁す立場はありえない。確かに国交正常化は必要だ。だが、だったらそれだけ主張すればいいのだ。
by kscykscy | 2008-10-03 23:11 | 日朝平壌宣言批判

日本政府は変わったのか? 「平壌宣言=実質的補償」論について

 前回、平壌宣言の第二項は植民地支配に関して日本を「無答責」とした、と書いた。だが、こうした平壌宣言認識は実はマジョリティではない。植民地支配問題をめぐって日本自らが過去の非を認めることを説いてきた(はずの)左派の側のほとんどが、「平壌宣言の実現を!」と叫びつつ小泉・安倍・福田政権下をやり過ごしてきたことからもそれはわかる。そもそも左派は植民地支配問題についてまともに考えていないのではないか、というおそらく当たっている疑問は今後検討するとして、そもそも平壌宣言が発表されたときに第二項問題についてはどのような議論がなされていたのかを振り返ってみよう。

 平壌宣言が発表された際、第二項が議論にならなかったわけではない。確かにほとんどの人間は拉致問題で熱狂しており、朝日などの主要新聞は日本の「外交的勝利」を謳い、極右は拉致問題の追及不徹底をここぞとばかりに叫んでいたが、実はひっそりと第二項に関する弁明がなされていた。その代表的なものが、平壌宣言第二項は「実質的な補償」であるとする主張である。便宜的にこれを「平壌宣言=実質的補償」論と呼んでおこう。

 今ではすっかりこの議論を目にすることは無くなったが(潜在的にはいるのかもしれない)、宣言の評価に関わるうえ、最近の議論を考える前提としても重要な論点を含んでいる。平壌宣言の問題を浮き彫りにする意味でも格好の素材なので、以下検討しよう。

  「平壌宣言=実質的補償」論は、平壌宣言は日本が朝鮮に「謝罪」しているが故に、第二項で記された「経済協力」は「実質的な補償」なのだと主張する。例えば、当時しきりにこの説を唱えていた全哲男氏は、平壌宣言は、①北東アジアの平和と安全に寄与するという原則を明記したことと、②「謝罪と経済協力という実質的な補償を明記したこと」の二点において評価できる、とする。日韓条約には「謝罪」も「補償」も記されていないが、平壌宣言には「日本側は」という主語と、「朝鮮人民に対して」という目的語が記されており、それゆえに第二項は「実質的な補償」なのだ、こう主張するのである(*1)。〈平壌宣言第二項=謝罪+経済協力=実質的補償≠日韓条約〉という図式なわけだ。

 さて、「謝罪」が入っているから「経済協力」には「実質的な補償」の意味合いが込められている、こんな立論は果たして成り立つのだろうか。そもそもここでいう「実質的な補償」とは何なのだろうか。それまで共和国が主張していた「補償」とは同じ概念なのか、違うのか。それまでの経過を少しでも知っているものならば、たちまちこうした疑問が沸くの当然だろう。

 ただ私が思うに、この「平壌宣言=実質的補償」論には、初歩的なレベルでの問題がある。そもそも「謝罪」がついていようがいまいが、「経済協力」は「経済協力」なのである。「実質的補償」論はこの単純な事実を煙にまこうとしているが、日本政府が全くそれを認めていないことが何よりそれを証明している。法の文言を見ず、やたらと「意図」だの「実質」だのを類推してみせるのは、判決を下す権限を持つ裁判官なら別だが、今後その法をもとに何がなされるかを判断すべき者のやることではない。

 こうした「意図」「実質」重視の思考は、実は日韓条約評価にも及んでいる。全哲男氏は「経済協力方式が日韓条約を彷彿させている面もあるようだが、経済協力方式についての間違った印象を植え付けたものこそ日韓条約である。日本は韓国に「独立祝賀金」として有償無償の五億ドルを供与したが、それは補償でもなければ経済協力でもないと語っている(*2)。

 確かに、当時の日本政府高官が日韓条約で締結された「経済協力」を「独立祝賀金」のようなものと語ったのは事実である。だが、それを理由に日韓条約を「経済協力でない」と言うことは不可能だ。平壌宣言の「経済協力」を肯定しようとする余り、日韓条約を「経済協力でない」としなければ整合性がとれなくなってしまっている。これは論理が破たんしていると言わざるを得ない。

  繰り返すが、法において重要なのは文言それ自体である。よって、「謝罪」があるから「経済協力」も「実質的な補償である」などという論法は成り立たない。この点を確認しておくことがひとまず必要だろう。すでに述べたように現時点で「平壌宣言=実質的補償」論を積極的に展開する者はいないが、それは植民地支配責任自体がほとんど問題になっていないからであって(過去の日韓条約批判との整合性を保とうという意思があるだけ、この説はまだマシである)、この説が詭弁であるとされて葬られたからではない。
 
  そもそもこの説を唱える論者は、共和国が韓国とは異なる方式で植民地支配責任問題に取り組んだことを強調したいために、平壌宣言が「実質的補償」であると強弁しようとする。だがここでは、日本と朝鮮の両政府が結んだ平壌宣言の評価は、共和国の評価だけでなく、日本政府の植民地支配責任問題への取組みの評価も含んでいることが全く忘れられている。つまり、平壌宣言が「実質的補償」だと主張している論者は、日本政府が(少なくとも署名の時点では)植民地支配に対する「実質的補償」の義務を認めたとも言っているわけである。

 「平壌宣言=実質的補償」論の最大の問題は、この日本評価の甘さにある。周知のとおり、90年代の日朝交渉において、日本政府は一貫して日韓条約レベルでの解決を望み、補償・賠償はいずれも認めてこなかった。だが平壌宣言が「実質的補償」なのだとするならば、2002年9月17日時点で日本政府はそれまでの立場を修正したことになる。そうでないならば、つまり、日本政府がそれ以前から「実質的補償」を認めていたとするならば、宣言発表以前の日朝交渉における対立は、何をめぐる対立だったのか説明がつかない。

 むしろ本当に大事なのは共和国外交の評価などではなく、日本政府の評価なのだ。植民地支配責任をめぐる問題の要諦は、旧宗主国にどの程度の責任を認めさせるかにある。旧植民地の側が、「あれは実質的な**なのだ」と言ったところで、何の意味もない。それは結局は植民地支配責任を認めさせられなかった自分を慰める言い訳でしかないのである。本当は勝っていないのに勝ったと喜ぶ姿は、あまりにも惨めだ。

 繰り返しになるが、平壌宣言評価の問題は日本政府の評価でもあるということ、これが忘れられてはならない。「平壌宣言=実質的補償」論の最大の問題は、第二項の手前勝手な深読み(浅読み?)によって、大甘な日本政府評価を下したことにあるのだ。

*1 『思想運動』2003年1月1・15日号(686号)に掲載された緊急座談会「日朝平壌宣言の意義を再照射し日朝・朝米関係の展望をさぐる」(実施日は2002年12月21日)

*2 同上
by kscykscy | 2008-08-21 01:57 | 日朝平壌宣言批判

「日本無答責」の日朝平壌宣言

 いつのまにか日朝国交交渉をめぐる対抗軸が、驚くほど右側にずれている。

 少なくとも日朝交渉の始まった90年代の頭の時点では植民地支配をめぐる問題が論点だったはずだが、目下論争の的になっているのは「核が先か、拉致が先か」である。核問題の解決を拉致問題よりも優先するのが「左派」で、その逆が「右派」ということになっているのだ。そしてその右側に国交回復時期尚早論者があり、そのまた右側に北朝鮮体制崩壊論者がいる、というのがおおまかな構図だろうか。

 ここで完全に忘れられているのが植民地支配の問題だ。そもそも植民地支配をめぐって何が論点だったのかすら、知る人は少ないのではないだろうか。だが、これはこの間朝鮮植民地支配に関する問題が、全く扱われなかったということではない。「核か拉致か」に目を奪われている間に、日本の朝鮮植民地支配をめぐる重大な「合意」が、既成事実化してしまっているのである。そのひとつが2002年9月17日に結ばれた「日朝平壌宣言」だ。

 第一次小泉訪朝の際には、朝鮮民主主義人民共和国による拉致加害の承認と謝罪があったためほとんど話題にならなかったが、平壌宣言には植民地支配をめぐる重要な記述がある。平壌宣言の第二項には次のようにある。

 日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
 双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。
 双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。
 双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。


 下線部が重要だ。90年代の日朝交渉が始まって以来、少なくとも小泉訪朝の直前まで、朝鮮民主主義人民共和国側の立場は、日本は朝鮮に対し「賠償」あるいは「補償」をするべきだ、というものであった。それに対して日本側は一貫して植民地化は「合法」であり、朝鮮人民軍とは交戦状態になかった、それゆえ「賠償」も「補償」も認められないと主張していたのだ。平壌宣言第二項に記されているのは、言うまでもなく「賠償」でも「補償」でもない「経済協力」である。つまり、ほぼこの問題に関しては日本側の主張が全面的に通り、植民地支配について「日本無答責」となったのである。朝鮮民主主義人民共和国は大幅な、しかも交渉の原則に関わる部分についての「大妥協」を呑んでしまったといえる。
 
 この認識は決定的に重要だ。なぜなら、平壌宣言で朝鮮民主主義人民共和国が深刻な妥協を強いられたこと、植民地支配責任について「日本無答責」とされたこと、この事実から目を背けることが、その後の左派の基本スタンスになったからだ。これは何度繰り返しても繰り返し過ぎということはない。ひとまずここを強調するところから始めよう。
by kscykscy | 2008-08-11 00:00 | 日朝平壌宣言批判