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「愚かな約束」を前提にすべきではない――日本軍「慰安婦」問題解決全国行動声明に寄せて

 日本軍「慰安婦」問題に関する日本の責任追及をいかになすべきか。現時点であえて分けるならば、昨年12月28日の日韓外相三項目「合意」をうけて大きく二つの路線があらわれているといえる。第一は「合意」を前提に、「責任」の具体化を日本政府に求める路線、第二は、「合意」を前提とせず、この破棄・無効化も視野に日本政府に法的責任の承認を求める路線である。第一の路線は主として日本の言論人や被害者支援団体にみられ、第二の路線は被害当事者たちや挺対協の示したものといえる。

 第一の路線の特徴は、繰り返しになるが、「合意」を前提にすることである。この路線を代表する和田春樹のコメントを引こう。

「日本政府が謝罪の意味を込めて10億円の公金を支出し、財団が作られることは前進と言える。問題は、日本の謝罪が元慰安婦たちの心に届き、納得して受け取ってもらえるかどうかだ。私は1990年代から問題解決に当たってきたが、元慰安婦の約3分の2が償い金の受け取りを拒んだ。元慰安婦たちは今回の岸田外相の記者会見では、日本側の謝罪のトーンをくみ取ることはできなかったのではないか。今後、安倍首相が謝罪の気持ちを分かりやすく示さないと、彼女たちにまで気持ちが届かない可能性がある。高齢で入院している人もおり、お金ではなく人生を狂わされたことへの謝罪を求めている。韓国で活動する支援団体がどう反応するのか、韓国の世論がどう動くのか見通しはつかず、問題が収束するかどうか現段階では分からない。」

 すなわち、「合意」を「前進」と評価し、今後の「解決」の大前提としながらも、日本側の「謝罪のトーン」が被害者たちに理解されていない、「気持ち」を届ける努力をすべき、というのが和田の主張である。この立場からみると、残された問題は日本側の「謝罪の気持ち」の示し方、そして、被害当事者たちの受け取り方だということになる。こうした和田の立場は日本政府を補完するものといえよう。

 だが、私はこうした第一の路線は「合意」についての過大評価に基いており、採用すべきではないと考える。二つの路線は一見似通っているが、三項目「合意」後の運動、とりわけ韓国における被害当事者たちとその支援者の闘いを考えるうえで、看過しがたい違いがあると考える。そして、この路線は和田春樹以外にも、とりわけ日本の支援団体にみられる立場である。以下に日韓外相会談に対する日本軍「慰安婦」問題解決全国行動の声明「被害者不在の「妥結」は「解決」ではない」(以下、全国行動声明)をとりあげ、その理由を示したい。

 第一の問題は、日本側声明にある「責任」の解釈である。全国行動声明は日本政府の責任について次のように指摘する。

「2, 日本政府は、ようやく国家の責任を認めた。安倍政権がこれを認めたことは、四半世紀もの間、屈することなくたたかって来た日本軍「慰安婦」被害者と市民運動が勝ち取った成果である。しかし、責任を認めるには、どのような事実を認定しているのかが重要である。それは即ち「提言」に示した①軍が『慰安所』制度を立案、設置、管理、統制した主体であること、②女性たちが意に反して「慰安婦」にされ、慰安所で強制的な状況におかれたこと、③当時の国際法・国内法に違反した重大な人権侵害であったことを認めなければならないということだ。「軍の関与」を認めるにとどまった今回の発表では、被害者を納得させることはできないであろう。」

 果たして今回の日本側声明は、「国家の責任を認めた」と評価できるものなのだろうか。全国行動声明が問題にしたのは、今回の「合意」のうち岸田外相発表の(ア)「慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している」である。だが、すでに多くの指摘がある通り、日本側声明の文言は河野談話を継承したものである。河野談話に「責任」の語はないが、今回の日本側声明の文言は日本軍「慰安婦」制度が日本による戦争犯罪であることを認めたうえでの法的責任を意味しない。

 この問題を考えるにあたり、今回の日本側声明の「責任」の意味を理解する助けになるのは、『世界』2016年1月号に掲載された和田春樹の論文「問われる慰安婦問題解決案 : 日韓首脳会談以後を展望する」である。和田は「法的責任」をめぐる対立をふまえ、次のように提案した。

「第一条件[朴槿恵大統領の提示した「被害者が受け入れ、韓国国民が納得できる」案という条件:引用者注]はまさに問題の核心である。これに対して日本政府が出している条件は三つであるように思われる。第一は、日韓条約時の協定で請求権問題は「解決済み」となっているので、法的責任という論理を使うことはできないということである。それなら「法的」な措置をとると言わなければいいのである。」(238頁)

 外務省が和田の提案を受け容れて「責任を痛感」の文言を採用したかどうかはわからない。ただ、すでに和田論文が紹介するように、2012年には日韓両政府の間で従来の「道義的責任を痛感」という文言を避け、「責任を痛感」とする謝罪文を作成することで「合意」していた。和田論文が2012年の「合意」を外務省に想起させる目的で書かれたことは明らかである。「法的責任」とも「道義的責任」とも明記しない「責任を痛感」という表現を採用することで、日韓双方が国内向けには自らに都合のいい説明をできるような文書を作成したのである。

 はっきりしていることは、「責任を痛感」という文言には、日本政府が法的責任を認めたという含意はない、ということである。むしろ法的責任の認定を回避するために挿入された文言と解釈するのが妥当である。この点で1995年の国民基金以来の日本政府の立場は本質的には変わっていないと考えるべきであろう。

 このようにみた時、全国行動声明の「日本政府は、ようやく国家の責任を認めた」という評価は、被害当事者や支援団体の運動の成果を謳う文脈で記されたものであることを差し引いても、日本側声明における「責任」の語の、それこそ責任回避的な文脈を看過させるものといわざるを得ない。確かに日本政府の事実認定は全く曖昧であることは間違いない。そしてそれは「責任」という曖昧な語の使用の必然的な帰結なのである。日本政府が10億円を「賠償」ではないと明言するのは当然といえば当然のことである。

 同様の問題は「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の「日韓外相の政治的妥結に対するwamからの提言」にもいえる。「提言」は、「最終的かつ不可逆的に合意」を「愚かな約束」と評するにも拘らず、「政治的「妥結」を、被害者が受け入れ可能な「解決」につなげる道を、時間がかかっても丁寧に探っていきたい」として、「合意」を前提とした「解決」という路線に立ってしまっている。その上で、「日本政府は、責任に「道義的」といった限定をつける報道に反駁し、それ以上でもそれ以下でもない「責任」を痛感していることを繰り返し表明しなければならない」と提言をする。

 だが問題は「道義的」をつけるかどうかではない。「責任」という語は、上の和田論文で明確に指摘されているように、手垢のついた「道義的責任」を用いることにより生じる反発を回避するために作られた用語なのである。「責任」の語の不明瞭さを衝き、「合意」の前提そのものを問い直す作業こそが必要なのではないか。

 「責任」に関するこうした過大評価と密接に関連する全国行動声明の第二の問題が、以下の第六項である。

「6, 日本政府は、被害者不在の政府間の妥結では問題が解決しないことを認識し、以下のような措置をとらなければならない。
① 総理大臣のお詫びと反省は、外相が代読、あるいは大統領に電話でお詫びするといった形ではなく、被害者が謝罪と受け止めることができる形で、改めて首相自身が公式に表明すること。
② 日本国の責任や河野談話で認めた事実に反する発言を公人がした場合に、これに断固として反駁し、ヘイトスピーチに対しても断固とした態度をとること。
③ 名誉と尊厳の回復、心の傷を癒やすための事業には、被害者が何よりも求めている日本政府保有資料の全面公開、国内外でのさらなる資料調査、国内外の被害者および関係者へのヒヤリングを含む真相究明、および義務教育課程の教科書への記述を含む学校及び一般での教育を含めること。
④ アジア・太平洋各地の被害者に対しても、国家の責任を認めて同様の措置をとること。」

 私が全国行動声明を第一の路線、すなわち「合意」を前提に、「責任」の具体化を日本政府に求める路線であると考えるのは、この第六項ゆえである。果たして問題は首相がお詫びをする形式の問題であろうか。外相に代読させたことは確かに破廉恥である。だがそれは今回の「合意」の本質をむしろ日本政府が率先して示してくれた行為なのではあるまいか。安倍が来てひざまずこうが、今回の「合意」の欺瞞性は変わらない。むしろ「合意」を前提にするならば、安倍の破廉恥な行為ゆえに明確になった本質を糊塗することになりかねない。かかる行動の要求は、「合意」の撤回とセットでなければ意味がない。

 「合意」を前提にすることは、少女像を撤去し、財団を作り10億円を受け取ることを意味する。「今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」ことが発表されているのである。「wamからの提案」のいうとおり、これは「愚かな約束」である。そして「愚かな約束」であるならば、これを前提にすべきではない。「合意」を前提にして、いかなる義務を日本政府に課すことができるだろうか。残念ながら、日本の市民運動にそのような力はないし、そもそも「合意」の論理的帰結として、そのようなことは不可能である。さらに、④に至っては今回のような法的責任回避の「責任」論を、他のアジア諸国の被害者にも適用することにつながることになろう。「wamからの提言」も全く同様の問題を含んでいる。

 最大の問題はこれらの日本側の支援団体の「合意」を前提にした声明が、現在「合意」を前提とせず、その破棄をふまえて少女像の前で闘おうとしている被害当事者や挺対協をはじめとする韓国の人びとの運動、すなわち第二の路線にとって、大きな制約になる可能性が高いことにある。声明の「合意」を前提にする立場は、極めて困難な韓国の政治状況のなかでより普遍的な視野に立ち原則的な抵抗を試みている人びとを、韓国内の運動に孤立させることになりかねない。これらの声明はこうした意味で、単に不十分なのではなく、被害当事者や挺対協の運動の障害になりかねないのである。

 「政府の間違った拙速な合意を受け入れないならば、政府として被害者が生きているうちにこれ以上どうにかする余地がないという言葉は、説得ではなく脅迫に近いものだ」という、挺対協の論評の一節は、直接には朴槿恵大統領を対象としたものだが、日本人たちにも向けられていることを忘れてはならない。日本のマスメディアがくり返す「対話」は、ここでいうところの「脅迫」である。「合意」を前提とすることは、こうした「脅迫」の列に加わることになりかねない。仮に挺対協が第一の路線をとるようになれば、いかに日韓の両政府に対して批判的であったとしても、被害当事者に納得してもらう役割を引き受けること、つまり「合意」の路線を補完する役割を担うこととなる。当事者たちの運動に支援運動が制約をかけるということは、絶対にあってはならないのではないか。

 何ら支援運動に貢献したことのない私がこうしたことを書くことの僭越さは承知している。ただそれを承知で、以下に二つのことを求めたい。

 第一は、「全国行動」及びwamはこれらの声明・提言を再検討し、「合意」を前提とした箇所を撤回すべきである。見直した上で仮に新たな提言を出すならば、挺対協等の韓国の支援団体と協議のうえで、明確に「合意」を拒絶したうえでの、日本政府の戦争犯罪の責任追及のための提言を出すべきである。これは、現になされている被害当事者や支援団体の要求を阻害しないために、最低限必要な行動であると考える。

 第二は、「被害当事者が受け入れられる解決」という言葉に代わる目標を掲げることである。もちろん被害当事者を無視せよ、と言いたいわけではない。むしろ「被害当事者」を押し出すことが、現状においては逆に当事者たちを苦境に追い込みかねない構図が生まれていることを危惧してのことだ。日韓両政府の政治的「合意」がなされた今日、「被害当事者が受け入れられる解決」という言葉の下で、日韓両政府の攻略(日本のマスメディアが「対話」と呼ぶもの)の矛先が、個々の被害当事者に向かうことは必至である。朴裕河がやろうとして失敗したこと――当事者と支援団体の分断――を、今度は韓国政府がやろうとするだろう。日本と韓国という二つの国家に対し、このレトリックは被害当事者たちを矢面に立たせる逆効果を生み出してしまうのである。

 必要なのはどのような言葉なのであろうか。この局面において、問われているのは被害当事者のみならず、「私たち」、とりわけ日本にいる者たちが日本軍「慰安婦」制度を、普遍的な規範に基づき自らの問題として考え、いかなる責任を日本に追及するのかではあるまいか。「被害当事者が受け入れられる解決」という言葉は、被害当事者や挺対協の極めて原則的な姿勢に支えられていたがゆえに、日本の戦争犯罪の責任を追及することと同義でありえた。だがもう一歩進んで、日本人たちが自らの言葉で、日本軍「慰安婦」制度は戦争犯罪であり、日本は「不可逆的」にその責任を認めよ、と主張することが、他ならぬいま求められているように私には思う。これは極めて喫緊の課題である。

 今回の「合意」は、国民基金失敗の「教訓」を表面的にのみ学び、「被害当事者が受け入れられる解決」という言葉を逆手に取って、新たなマジックワード(「責任」)で本質的な対立を覆い隠そうとしたものであり、いわば〈安倍晋三=和田春樹路線〉の帰結と考える。〈安倍晋三=和田春樹路線〉の「愚かな約束」を前提にせず、原点に立ち返ることが求められているのではないだろうか。

(鄭栄桓)

by kscykscy | 2016-01-02 00:00 | 日朝関係

声明「日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する」を支持する

 明日12月28日、日韓外相会談が開かれる。詳述する余裕はないが、会談をめぐる報道は改めて日本社会の「慰安婦」問題認識の歪みを曝け出している。当事者たちを無視した水面下の交渉が是とされ、さらには「蒸し返し」を禁じることが獲得すべき外交的目標であるかのように語られる。恥ずかしげもなく「口封じ」を「解決」とみなす主張が横行している。結局のところ、1965年以来、この社会は何ら本質的には変化していないのである。

 ただ1965年よりも悪いといえるかもしれない。歪んだ「和解」観は日本政府が独力でつくりあげたわけではない。日本政府はこれまで度々日本軍「慰安婦」問題についての日本の責任を否定する発言を繰り返してきた。明らかに、問題を「蒸し返し」続けてきたのは日本政府である。にもかかわらず、日本式の問題解決案(国民基金)を受け容れなかったこと、少女像を設置し抗議したことがあたかも問題「解決」の障害であるかのような報道が、日本においては繰り返されている。

 そして、このような問題の捉え方は、大沼保昭、和田春樹をはじめとした国民基金推進派の諸氏が繰り返し日本の言論界に宣伝し続けてきたものである。言うまでもなく、朴裕河『和解のために』『帝国の慰安婦』は、そうした「和解」観の伝播に、極めて重要な役割を担った。「口封じ」を最終的な解決であると考える歪んだ「和解」観は、いわばこの間の日本の政界・言論界が挙国一致で作り上げてきたものといえよう。

 この問題に関連して、本日12月27日、韓国の「日本軍「慰安婦」研究会設立準備会」(*)が、下記の声明「日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する」を発表した。私は同準備会の声明を支持する。ぜひ多くの方々、とりわけ日本の人びとに下記の声明の熟読を願う。

 *同準備会は、朴裕河の起訴に抗議する声明への批判として声明「『帝国の慰安婦』事態に対する立場 」を発表した人びとを中心とした集まりである。

(鄭栄桓)

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日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する

 日韓国交正常化50周年である2015年の暮れに、日本軍「慰安婦」問題をめぐる日韓両国政府の慌ただしい動きがメディアの報道を埋め尽くしています。

 日本の安倍晋三総理が岸田文雄外相に訪韓を指示し、日韓両国は12月28日に外相会談を開催し協議することにしたと伝えられています。また、この背後には李丙琪青瓦台秘書室長と谷内正太郎国家安全保障局長による水面下の交渉があったといいます。

 すでに高齢である被害者たちが存命中に問題を解決することが最善であるという点については異議を差し挟む余地はありません。しかし時間を理由として早まった「談合」をするのならば、それは「最悪」になるでしょう。

 1990年代初めに日本軍「慰安婦」問題が本格的に提起されてからすでに四半世紀が過ぎました。この長い月日に渡って、被害者たちと、彼女たちの切なる訴えに共感する全世界の市民たちが問題解決のための方法を共に悩み、それによって明確な方向が定まってきました。「事実の認定、謝罪、賠償、真相究明、歴史教育、追慕事業、責任者処罰」がそれです。このことこそが、これまで四半世紀をかけて国際社会が議論を重ねてきた末に確立された「法的常識」です。

 日本軍「慰安婦」問題の「正義の解決」のために、日本政府は「日本の犯罪」であったという事実を認めなければなりません。この犯罪に対し国家的次元で謝罪し賠償しなければなりません。関連資料を余すところなく公開し、現在と未来の世代に歴史の教育をし、被害者たちのための追慕事業をしなければなりません。そして責任者を探し出し処罰しなければなりません。

 そうすることではじめて、日本の「法的責任」が終わることになるのです。

 私たちは日本軍「慰安婦」問題に対する韓国政府の公式的な立場が「日本政府に法的責任が残っている」というものであることを再び確認します。韓国政府は2005年8月26日「韓日会談文書公開後続対策関連民官共同委員会」の決定を通じ「日本軍慰安婦問題など、日本政府・軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為については請求権協定によって解決されたものと考えることはできず、日本政府の法的責任が残っている」という立場をはっきりと表明しました。

 また、これは2011年8月30日の憲法裁判所の決定と、2012年5月24日の大法院判決でも韓国政府の公式的な立場として重ねて確認されました。

 私たちは1995年に始まった日本の「女性のためのアジア平和国民基金」が失敗したことは「日本の責任」を曖昧な形でごまかそうとしたためであることをもう一度確認します。国民基金は日本国民から集めた募金で「償い金」を支給し、日本政府の資金で医療・福祉支援を行い、内閣総理大臣名義の「お詫びの手紙」を渡す事業でした。しかし日本政府が「道義的責任は負うが、法的責任は決して負えない」と何度も強調し、まさにその曖昧さのせいで多くの被害者たちから拒否されたのです。

 今、日韓両国政府がどのような議論をしているのかは明らかではありませんが、メディアによって報道されている内容は上述のような国際社会の法的常識と日本軍「慰安婦」問題の歴史はもちろん、韓国政府の公式的な立場とも明らかに相容れないものです。1995年の国民基金の水準さえも2015年の解決策とはなりえません。それ以下であるのならば、さらに言うまでもありません。何よりもそれはこれまでの四半世紀の間、「正義の解決」を訴えてきた被害者たちの願いをないがしろにするものです。

 今から50年前、日韓両国政府は「経済」と「安保」という現実の論理を打ち立て、過去清算問題に蓋をすることを「談合」しました。まさにそのために今も被害者たちは冷たい街頭で「正義の解決」を訴えざるをえなくなりました。50年前と同じ「談合」をまたしても繰り返すのであれば、これは日韓関係の歴史に大きな誤りをまたひとつ追加する不幸な事態になってしまうでしょう。

2015.12.27.
日本軍「慰安婦」研究会設立準備会


by kscykscy | 2015-12-27 00:00 | 日朝関係

天皇と「国民主義的ナショナリズム」

 いま読むと隔世の感があるが、1999年の論文で渡辺治は「国民主義的ナショナリズム」による対抗運動について、次のようにその問題を指摘していた(強調は引用者。以下同)。

「ここで一つだけ強調しておきたいのは、支配層のこうしたイデオロギーに対し私たちは、かつて丸山真男らが考えたような国民主義的ナショナリズムで対抗することはできないのではないか、という点である。
  日の丸・君が代の法制化が浮上したとき、それに反対する論拠の一つとして、日の丸も君が代も、決してあのフランス三色旗やアメリカの星条旗のように革命や民主主義的討論の中から生まれたものではないという点が、少なくない論者によってあげられた。日の丸・君が代制定の経緯については、その通りではある。しかし、私は、この反論は決定的弱点を有していると思う。それは、この議論は、国民主義的ナショナリズムも帝国主義を生んだという問題に答えられないからである。端的にいえば、この議論は、日の丸・君が代の問題性を近代の不足[原文二字傍点]に求める。しかし、日の丸・君が代が持つ問題の本質は、そうではない。近代の帰結[原文二字傍点]としての帝国主義の問題なのである。[中略]
 言いたいことは、もちろん自由主義史観のように日本帝国主義の侵略戦争を相対化するためではない。そうではなくて、私たちが、現代において日の丸・君が代の法制化を問題にするのは、あの日の丸・君が代に込められた日本帝国主義の侵略行動が、現代の大国化の中で、よりソフィスティケイトされた形でであれ再現されようとしているからであり、その点では、日の丸・君が代が民主的に承認されてこなかったという問題は、現代の日の丸・君が代問題の焦点ではないのである。
 すでにくり返し強調したように、二一世紀の日本が戦争行動に参加する場合でも、それは決して日の丸と星条旗が戦う戦争ではなく、日の丸と星条旗が並んで[原文三字傍点]、「市場民主主義」や「人道を守る」ために行われる戦争がほとんどであろう。」(初出は渡辺治「日本の現代帝国主義化の新段階――第一四五国会の意味するもの」『飛礫』25号、1999年10月、引用は同『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成 天皇制ナショナリズムの模索と隘路』桜井書店、2001年、189-190頁)。

 つまり、現状の問題点を近代の不足(=「国民主義」的革命の未達成)によるものと捉える「国民主義的ナショナリズム」の対抗運動では、日の丸が現代帝国主義のもとで果たす役割を充分に批判できない、という主張である。日の丸・君が代が国民に押し付けられる、という側面ではなく、むしろ日本の侵略行動のなかで日の丸・君が代がどのような役割を果たしてきたのか、そして、いま新たな侵略行動においていかなる役割を果たそうとしているのかをつかまえ、撃つのでなければ、支配層のイデオロギーに対抗できない。これが99年の渡辺の主張であった。

 中西新太郎は、渡辺の指摘をうけて、現代の支配的イデオロギーに対抗するには「コロニアリズムにたいする徹底した思想的・実践的批判を本質的に備えた国家像、国家構想の彫琢が必要であろう。[中略]冷戦体制崩壊後の世界秩序に照らせば軍事力増強など不要といった類の現実認識やロジックに頼っていては、グローバル資本主義時代のいわば「勝ち組ナショナリズム」にはとうてい太刀打ちできない」と指摘している(中西新太郎「書評:渡辺治『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成 天皇制ナショナリズムの模索と隘路』」『歴史学研究』770号、2002年12月、22-23頁)。

 いずれも極めて重要な指摘であり、10年以上を経てさらなる右傾化が進んだ今日こそ、こうした視点は広く共有されるべきだと思う。むしろ、この10年間の右傾化は中西のいう「コロニアリズムにたいする徹底した思想的・実践的批判を本質的に備えた国家像、国家構想の彫琢」を回避し、この点を曖昧にしたかたちで対抗勢力が保守派や右派の取り込み(実際には取り込まれたのだが)に走った結果であった。和田や大沼、朴裕河らの「国民基金」派が、過度な日本批判こそが日本を右傾化させたとの責任転嫁の言説を繰り返すのは、再び「和解」のプロジェクトを推進するための宣伝であると同時に、こうした自らの「失敗」を顧みないための方便ではないかとも思う。

 ただ、今の渡辺がこうした日本帝国主義批判を語ることはほとんどない。むしろ「改憲に立ち向かうための保守との共同、地域に根差した運動、対案を示した国民的共同の構築で必死に頑張り抜くことを訴え」ている(『赤旗』2014年3月30日付 )。こうした戦略は、私には渡辺自身が批判した「国民主義的ナショナリズム」による対抗運動そのもの(あるいはさらに保守的なもの)としか思えない。右傾化の進展により、「国民主義的ナショナリズム」でも支配層のイデオロギーに対抗できる、あるいは、右傾化が進展したいまは「国民」を敵に回す過度な日本帝国主義批判は禁物である、と考えるようになったのかもしれないが、この点では前述の「国民基金」派の人びとと同様の現状認識にまで後退しており、日本帝国主義批判を欠いた「国民主義的ナショナリズム」の批判者から、推進者へと転換したといわざるをえない。

 ところで、こうした日本帝国主義批判を欠いた「国民主義的ナショナリズム」と関わって注目すべき問題として、天皇の位置づけがある。前述の論文で、渡辺は現代日本の支配層のイデオロギーについて次のように指摘していた。

「支配層が現代の大国化を正当化するには、インターナショナリズムと、伝統的ナショナリズムを国民主義的に再編成したネオ・ナショナリズムを併用する以外にないことは間違いないということを、あらためて強調しておきたい。それを天皇の取り扱いという点でいうならば、支配層の押し出す天皇像は、明治憲法的・権威的天皇から、「象徴」的天皇像への転換ということになる。そして、国民統合の理念としては、民主主義的理念が押し出され、天皇はこうした民主的な日本国家の象徴として喧伝されるに違いない。憲法改正による自衛隊の海外出動態勢の正当化も、イデオロギーとしては、「国際貢献」と、「世界の平和秩序形成への責任」、という議論で行われるに違いない。
 総じて、新たな軍事大国化は、決してカーキ色の軍服と民主主義の破壊、天皇制による国民の統制というおどろおどろしい格好では登場しないことだけは肝に銘ずべきであるというのが、ここで最も強調したい点である。」(前掲『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成』189頁)

 第二次安倍政権を知る立場からみると、「新たな軍事大国化は、決してカーキ色の軍服と民主主義の破壊、天皇制による国民の統制というおどろおどろしい格好では登場しない」という指摘はいささか楽観的にすぎるようにも思えるが、ひとまずそれは措こう。重要なのは、前述したように、ここで支配層のイデオロギーとして想定されている「伝統的ナショナリズムを国民主義的に再編成したネオ・ナショナリズム」が、いまでは帝国主義批判を欠いた対抗運動によって掲げられ、支配層のイデオロギーを補完していることである。

 とりわけ天皇が重要な要素として登場していることに注目したい。ここで渡辺が支配層のイデオロギーの重要な要素とみなす「民主的な日本国家の象徴」としての天皇像は、支配層にとどまらず、対抗運動においても相当な影響力を有するといえる。むしろ、天皇こそが平和主義者である、といった言説は、安倍政権批判の論法として「護憲派」のなかではかなりの影響力を持っている。昨年の「主権回復の日」の政府式典における「天皇陛下万歳」の唱和について、実は天皇自身が一番嫌がっている、という論法での「批判」をよく見かけた(直接聞いたこともある)が、これも同種のものであろう。もちろん、天皇が現行憲法を遵守するのは当たり前のことであるし(もちろん改正後の憲法も守るだろう)、むしろ天皇の何らかの「意思」が憲法改正論議に何らかの影響を与えることの方がよっぽど恐ろしいと考えてしかるべきであるにもかかわらず、君主の人格に依拠する「国民主義的ナショナリズム」の運動など倒錯以外の何者でもない。

 他方、こうした天皇と「国民主義的ナショナリズム」の蜜月に関連して気になるのが、「戦争責任を自覚する日本国家の象徴=天皇」像の流布である。渡辺治は前述の『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成』のなかで、日本の軍事大国化には「戦後民主主義」と「アジア諸国民の警戒」という二つの障害物があり、前者は90年代に相当弱体化したが、後者は日本帝国主義の過去(「第一の侵略」)への批判に加え、現在の日本企業のアジア進出(「第二の侵略」)への反発もあってむしろ強まったので、これを緩和して軍事大国化と国連安保理常任理事国入りを認めさせるために河野談話が出た、と指摘していた(208-210頁)。2000年代を通して「アジア諸国民の警戒」への警戒も、「支配層」のみならず対抗運動にまで拡がったと考えられるが、近年の動向をみると、むしろこちらの方がより深刻な問題を含んでいるのではないかと思える。

 とりわけ象徴的だったのは2012年の李明博元大統領の天皇謝罪発言への反応である。李明博が2012年8月、天皇の訪韓の条件として独立運動家への謝罪を求める発言をしたことに対し、『朝日』や『読売』は「日韓関係をひどく傷つける」、「礼を失している」と批判、衆議院は「極めて非礼な発言」とする非難決議を採択したが、いずれも天皇の植民地支配責任という肝心な論点については全く言及せず、「不敬である」とでもいわんばかりの問答無用の反発に終始した。

 わずかに共産党が「非礼」論とは異なる批判を展開したが、それも「(いまの)天皇というのは憲法上、政治的権能をもっていない。その天皇に植民地支配の謝罪を求めるということ自体がそもそもおかしい。日本の政治制度を理解していないということになる。日本政府に対して、植民地支配の清算を求めるならわかるけど、天皇にそれを求めるのはそもそもスジが違う」という憲法解釈からの説明で(『赤旗』2012年9月11日付 )、結論としては同じく李明博発言批判であった。

 もちろん、直後に曖昧にされたことからもわかるように、李明博の発言がどこまで本気だったかは怪しいものであるが、少なくともそこで問題とされていたのは、朝鮮独立運動の弾圧への天皇の責任、という植民地支配に関わる重要な問題であった。日本国憲法における天皇の地位や権能などは、あくまで日本側の事情であって、少なくとも朝鮮や中国からみれば、そんなことは些細な問題にすぎず、現に「天皇」としてその地位が存続している以上、かつての「天皇」の責任を継承していると考えるのが当然だろう。しかし、当時この論点に踏み込んだ言及はほとんどなされなかった。

 ただ、例外的な言及として、国際政治学者の坂本義和による次のような李明博発言批判があった。

「李大統領が、天皇の具体的な謝罪行為まで求める発言をしたのは、明らかに失言である。日本の戦争責任を日本の一般の政治家や国民以上に痛感している点で、私も敬愛を惜しまない現天皇について、あまりに無知であり、恥ずべきである。」(坂本義和「歴史的責任への意識が問われている 自省にもとづく紛争解決」『世界』836号、2012年11月、39頁)

 普通に考えれば、戦争責任を誰よりも痛感しているならば謝ればよいはずだが、坂本の論法だと、責任を痛感している天皇に謝罪を求めるのは「無知であり、恥ずべきである」ということになる。『朝日』らが植民地支配責任の問題を避けるかたちで「非礼」と反発したのとは異なり、坂本は、こんなに戦争責任を自覚している天皇に独立運動家への謝罪を求めるなど恥知らずだ、と憤ったのである。驚くべき「リベラリスト」である。

 何より問題なのは、「戦争責任を自覚する日本国家の象徴」像が、アジアからの戦争責任追及を抑圧するために呼び出されていることである。こうした天皇像は、「護憲派」の多くが共有する戦後国家像(=自画像)に適合するものであろう。上にみたように、ほとんどは天皇の植民地支配責任を論じること自体を避けたが、実際にはこうした天皇に関する坂本のような「感覚」は、「リベラリスト」のなかでは相当程度共有されているのではないだろうか。こうした天皇像が、前述の「民主的な日本国家の象徴」としての天皇像と切り結び、批判のイデオロギーとして機能するとき、渡辺のいうところの「ネオ・ナショナリズム」は内には諸勢力を統合し、外には「アジア諸国民の警戒」に備える支配的なイデオロギーとして「完成」する。やはり日本ナショナリズムは天皇抜きにはありえない。

 「3.11」以後、日本国内においてはこのイデオロギーの「完成」に近づきつつあるように思うが、他方でこうした天皇像の押し付けを、そうやすやすとアジアの人びとが受け容れるわけはない。だが、もしそれがなされるとすれば、おそらく最も切り崩し易い在日朝鮮人や韓国がねらわれるはずである。そうした意味では、在日朝鮮人を含む朝鮮民族の近現代史に関わる諸種の歴史修正主義への批判(=日本帝国主義批判)は、引き続き緊急性を有していると同時に、現在の「ネオ・ナショナリズム」批判にとっても極めて重要な位置を占めているといえるだろう。

(鄭栄桓)

by kscykscy | 2014-05-04 00:00 | 日朝関係

「国民基金」の再来

 『聯合ニュース』の和田春樹へのインタビューに、次のようなやりとりがあった(強調は引用者)

――日本軍慰安婦に関する一般の日本人の認識はどんな状態だとみるか。
「ここにきてそれ(教育不足)が問題だ。(右翼性向の雑誌を指して)このようにいち早く週刊誌がこの問題を扱ったことは無かった。全体的に、韓国を嫌い朴大統領を憎むよう毎回朴槿恵大統領の写真を載せ、ああだこうだと攻撃している。こうした異常な状態になった。[中略]
――一般人の意識すら危険な状態になったということか。
「(右翼勢力が)そのようなキャンペーンをした一つ(の根拠)は、日本政府がアジア女性基金で謝罪し、贖罪しようと申請したのに韓国が拒絶したのが日本人としては痛いということだ。日本人はそうしたことをみな知っている。それで日本が謝罪をし、何かをしようとするとき、その成功は韓国人と日本人が互いに助け合わなければ可能ではない。日本がしようとすることがすべていいことではないから批判も必要だが、頭を下げてすまないと言おうとするときには、韓国人も日本を助けてくれねばならない。ベトナムと韓国の間にも問題があるではないか。同じことだ。これはやはり(日本が)謝罪をしなければ始まらない。

 せっかくアジア女性基金(以下、「国民基金」)をつくったのに韓国が拒否したから右翼が大量に跋扈することになった、今度日本が「何かをしようとするとき」、「韓国人も日本を助けてくれねばならない」と、和田は韓国に向かって呼びかけているのである。日本の右傾化をタテに韓国に「和解」の受け入れを迫るもので、脅しにも似た驚くべき発言といえる。ただこうした「物語」の流布は、日本軍「慰安婦」問題をめぐる「国民基金」型の「和解」モデルの再来に備えて、あらかじめ批判を無力化しておくための発言とも考えられる。

 こうした「和解」のねらいについて、最もあけすけに発言してきたのは、同じく「国民基金」を推進した大沼保昭であろう。最近、『朝日新聞』に掲載された「日本の愛国心」と題されたインタビュー(2014年4月16日付朝刊)でも、次のように語っている。

「集団的自衛権の行使について、朝日は反対、読売は賛成という論調に終始していますが、10年、50年後の日本の安全保障という共通の課題を両氏で議論してほしい。中国の軍事的暴走を抑止するため、短期的に見て日米安保体制の充実は確かに必要でしょう。しかしそれは日本が過去の戦争を反省していることを、中韓を含む世界の国々に分かってもらったうえでの話ではないか。靖国神社に参拝し、修正的な歴史観をぎらつかせながら集団的自衛権の行使を容認するのが、日本国民の安全保障に本当に資するのか。そういうことを論じ合うことが、批判合戦よりもずっと建設的ではないでしょうか」

 中韓との「和解」と「日米安保体制の充実」はセットというわけだ。大沼は「戦後日本は過去を反省し、世界の国々から高く評価される豊かで平和で安全な社会をつくり上げた。それを私たちの誇りとして描き出さず、戦前・戦中の日本に焦点を当てて、愛国か反省かの二者択一の極論を見せ続けた。その結果、いびつな愛国心が市民に広がった」とも述べており、日本のメディアが反省ばかり求めたから戦後日本への「誇り」を持てずに右傾化が進んだのだ、という認識を示している。いずれにしても、日本をなだめるためには戦後日本を認めてやることが必要だ、ということである。

 他方、中国の日本批判については「百年国恥の屈辱感の裏返しである現在の中国の攻撃的な路線が永久に続くわけではない。対立するより、諸国と共に中国の過剰な被害者意識をなだめ、卒業してもらう工夫を日本はするべき」とし、具体的には日本の「ソフトパワー」、すなわち「製造業やサービス業、医療のシステム、アニメやファッション、さらには秩序だった市民生活のルール」を使って「中国の懐に入り込み、ウインウインの関係をつくり出すべき」と説いている。ここまであからさまにパターナリスティックな姿勢を示されて受け容れる者がいるとは思えないが、大沼自身の中国認識は非常によく伝わってくる。

 和田と大沼はそれぞれ別の対象に向かって似たようなことを言っているのだが、こうした右傾化の原因を日本批判に求める言説は、昨年韓国で出版された朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘争』(根と葉っぱ、ソウル、2013年)にもみられる。

「90年代以降、日本と韓国の進歩が日本政府を信頼しなかったことも、自身と異なる思考を無条件「右傾化」の証拠とみようとした冷戦的思考によるものである。この間、日本も韓国も一貫して「日本の右傾化」を叫んできたが、以後の日本ではむしろ敗戦後最初の進歩政権がはじまり、こうした批判が必ずしも正しい批判ではなかったことが証明されもした。そしてそれから三年後に再び保守政権がはじまったことには、2011年8月の大統領の独島訪問をはじめ韓国との葛藤が影響を与えた面も無くはない。いわば韓日間の連帯は政治においても効果的ではなかった。むしろこの過程で進歩左派の連帯運動は結果的には20年前よりもより多くの慰安婦問題に反発する人びとを作り出した。慰安婦問題解決運動を通して「日本社会を改革」しようとする左派運動方式が決して効果的ではなかったことが証明されたわけである。」(305頁)

 日本と韓国の「進歩」が「国民基金」を提案した日本政府を信頼せずに「右傾化」とばかり批判し続けた結果、「慰安婦」問題に反発する人びとを大量に生み出したというわけだ。この『帝国の慰安婦』は前著の『和解のために』よりもさらに踏み込んだ叙述のオンパレードで、読んでいて驚かされることしきりである。例えば、ある元「慰安婦」が一人の日本兵のことを忘れられないと語った証言を引用した後に、次のような解釈を提示する。

「もちろんこうした記憶たちはどこまでも付随的な記憶であるほかない。仮に世話をされ、愛し、心を許した存在がいたとしても、慰安婦たちにとって慰安所とは抜け出したい場所であるほかないから。だとしても、そこでこういった愛と平和が可能であったことは事実であり、それは朝鮮人慰安婦と日本軍の関係が基本的には同志的な関係だったからである。問題は彼女たちにとっては大事だった記憶の痕跡を、彼女たち自身が「すべて捨て去」ったことである。「それを置いておけば問題になるかもしれない」という言葉は、そうした事実を隠蔽しようとしたのが、彼女たち自身であったことを示す言葉でもある。そしてわれわれは解放以後ずっと、そのように「記憶」を消去させて生きてきた」(67頁)

 これは決して例外的な記述ではなく、むしろ「同志的な関係」という言葉はこの本のキーワードの一つである。『帝国の慰安婦』の「後記」には「批判者たちは日本で私の本が高く評価されたこと(朝日新聞社が主催する「大佛次郎論壇賞」受賞)を指して日本が右傾化したためだと語り、私があたかも日本の右翼と似た主張をしたかのように扱った」(317頁)と自らが不当にも右翼扱いされたと、暗に徐京植や尹健次による批判を示唆しながら反発しているが、こうした記述を読むと「日本の右翼と似た主張」といわれても仕方がないだろう。この本は日本語に翻訳されるそうだ。「国民基金」の再来とあわせて、出版後にどういった「評価」がなされるのか、注視する必要がある。
  
(鄭栄桓)

by kscykscy | 2014-04-19 00:00 | 日朝関係

閣議決定すらない4月――制裁翼賛国会を支える「護憲派」政党

 今年の4月は例年ならば行われる朝鮮民主主義人民共和国に対する経済制裁延長の閣議決定がなされない。もちろん、安倍政権が制裁を止めるからではなく、昨年4月に制裁の期間が1年から2年に延長されたからだ。日本社会でこのことに気付く人はほとんどいないのではないか。そのくらい制裁は自然なものになってしまっている。

 後述するように、いま発動されている制裁は事実上の有事立法にもとづくものだ。それが8年にわたって継続している。しかしこの状況をほとんどの人びとは有事法が発動した状態であるとは認識していない。朝鮮学校の無償化排除や補助金停止などの教育に関する弾圧も、これらの有事法の発動によって形づくられた大状況に規定されていることが明らかにもかかわらず、である。これは朝鮮やそれに関わる在日朝鮮人の立場からすれば、極めて非対称的で異様な「戦時」が続いていることを意味する。

 2002年以降の「狂乱」 のなかで、「護憲派」も含むほとんどすべての人びとは、制裁が対朝鮮外交の「カード」であるという発想に完全に思考を侵されきった。「護憲派」の論理に立つならば、これらの有事法の制定と発動はかれらのいうところの「平和主義」と矛盾すると考えてしかるべきであるにもかかわらず、である。

 日本国憲法前文には「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という文言があるが、いま日本によって「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」をもっとも脅かされている「全世界の国民」は、明らかに朝鮮の国民である。この前文は近年の判例では裁判規範性を認められているようだから、例えば、日本政府の制裁によって「再入国許可」の発給を停止されている最高人民会議代議員や、朝鮮に物資を輸出した「罪」(外為法違反)を着せられた在日朝鮮人が、上述の制裁措置自体を、憲法前文の定める「全世界の国民」の平和的生存権に反するとして訴訟を起こす、という可能性もありうるはずだ。

 しかし、実際には「護憲派」を含め制裁への反対はほとんど聞こえてこない。それどころか議会内の「護憲派」政党は朝鮮への経済制裁を黙認するに留まらず、積極的に支持している。そもそも社民党は外為法の改悪に賛成しており(参議院のみ棄権)、外為法改悪と入港禁止法制定に反対した日本共産党も、驚くべきことにそれらの法律に基づいた制裁の発動には賛成しているのである。この間の経緯を検証してみよう。

 現在日本政府は朝鮮にさまざまな「制裁」を加えているが、その柱となる法律は「外国為替及び外国貿易法 」(04.2.26改定、施行。以下、外為法)と「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法 」(04.6.18施行。以下、入港禁止法)である。ほかにも、鳩山内閣が成立させた臨検特措法の問題などがあるが、さしあたり今回はこの二つの法律にしぼって検討したい。政府は下記の条文を「日本独自の制裁」の道具として使い、日本政府は朝鮮へ/からのあらゆる輸出入と、すべての船舶の入港を禁止している(下線は引用者)。

・外為法  
第十条  我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があるときは、閣議において、対応措置[中略]を講ずべきことを決定することができる。
2  政府は、前項の閣議決定に基づき同項の対応措置を講じた場合には、当該対応措置を講じた日から二十日以内に国会に付議して、当該対応措置を講じたことについて国会の承認を求めなければならない。[後略]

・入港禁止法
第三条  我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があると認めるときは、閣議において、期間を定めて、特定船舶について、本邦の港への入港を禁止することを決定することができる。
第五条  政府は、前条の規定による告示があったときは、当該告示の日から二十日以内に国会に付議して、第三条第一項又は第三項の閣議決定に基づく入港禁止の実施につき国会の承認を求めなければならない。[後略]

 自由法曹団が当時批判したように、これらの法律は有事立法(戦時法)としての性格を有している。「「我が国の平和および安全の維持のために特に必要があるとき」には経済制裁を発動できるとするものであり、外為法を、我が国の安全保障の手段として活用とするものである。これは外為法本来の性格を根本から変え、いわば通商経済法を有事法(戦時法)に変容させるもの」だからである(「声明 対北朝鮮「経済制裁法案」-外為法「改正」に抗議し、特定船舶入港禁止法の制定に反対する」 )。入港禁止法も同様である。なお、当時は民主党も入港禁止法案を提出しており、そこでも「わが国の平和及び安全の維持のため特に必要があると認めるとき」に、閣議決定で特定国の船や特定国に寄港した船の入港を禁止することができる、とされている(『朝日新聞』2004.4.1)。

 日本共産党は当初、外為法改悪と入港禁止法制定に反対した。当時の『赤旗』は以下のように報じている。

「参院本会議で[2月:引用者、以下同]九日、北朝鮮に対する日本単独での経済制裁を可能にする外国為替及び外国貿易法(外為法)「改正」が賛成多数で可決され、成立しました。日本共産党は反対しました。/同案は自民、民主、公明三党が提案したもの。衆院では、三党に加え社民党も賛成しました。/参院の採決では、島袋宗康(無所属の会)、高橋紀世子、中村敦夫(みどりの会議)の三氏が反対。社民党は五人全員が棄権しました。/日本共産党は「この法案は『六者会合の参加者は、平和的解決のプロセスの中で、状況を悪化させる行動をとらないこと』という(六カ国協議での合意の)第四項に反するものであり、成立させてはならない」(五日の参院財政金融委、池田幹幸議員)として反対しました。」(「6カ国合意に反する/「改正」外為法が成立/共産党と3氏反対/社民は棄権」『しんぶん赤旗』2004.2.10

「[6月]一日の衆院国土交通委員会で、北朝鮮に対する制裁・圧力を目的にした特定船舶入港禁止法案を「委員会提出法案」とすることが自民、公明、民主の賛成多数で可決されました。日本共産党は反対しました。[…]また、法律の発動が「わが国の平和・安全の維持のために特に必要があると認めるとき」としているが、これは政府の恣意(しい)的判断で発動を可能とするものだと厳しく批判しました。」(「入港禁止法案を可決/衆院国交委共産党反対 6カ国協議に反する」『しんぶん赤旗』2004.6.2

 一読してわかるように、有事立法としての側面を批判したわけではなく、あくまで六者協議の合意に反するというに留まる。しかし共産党はすぐにこの立場すらも放棄する。

 同年12月14日、共産党を含む参議院の全会派は「改正外為法や特定船舶入港禁止法等現行の国内法制上とり得る効果的制裁措置の積極的発動を検討すること」を含む「北朝鮮による日本人拉致問題の解決促進に関する決議 」を全会一致で可決した(『しんぶん赤旗』2004.12.14 )「反対」から1年も経たないうちに、共産党は制裁発動賛成に転じたのである。

 これは横田めぐみさんの「遺骨」が別人であるとの鑑定をうけて、制裁の発動を求めたたものだ。緒方靖夫議員は「北朝鮮の出した『資料』が意図的な虚偽を疑わせるものであり、そこに拉致の実行にか かわった『特殊機関』が介在しているという重大問題があることが判明した新しい局面のもとでは、交渉による解決を成功させるためにも、今後の交渉の推移 と、北朝鮮側の態度いかんによっては、経済制裁もとるべき選択肢の一つとなることがありえる」と賛成したという(同上)。当初の外為法改悪反対の根拠が、六者協議の合意に反するというものだけだったところにすでに弱さがあったが、その根拠すら維持せずに制裁賛成に転じたのである。

 2006年以後の制裁をめぐる動向をまとめたものが、文末の表「年表:朝鮮に対する「制裁」の展開過程(2006-2013)」である。2006年から2013年までの制裁をめぐる動向からわかることは、ほとんどの制裁とその延長措置が衆参の「全会一致」で承認されていることである。すでに法制定直後から上述のような翼賛状態ができあがっていたのであるから、ある意味では当然といえる。

 わずかに福田内閣の二度の延長と、麻生内閣の最初の延長のみ、共産党と社民党は反対した。この際の『赤旗』の報道は次のとおりだ。

「志位氏は、日本共産党が、制裁措置に対し、昨年十月の実施時、今年四月の延長時にともに賛成したが、それは北朝鮮による核実験という重大事態のもと、制裁の合理的理由があったからだと説明しました。
 しかしその後、北朝鮮が今年十月の六カ国協議で、年末までに核施設の無能力化と核計画の完全申告を柱とする「次の段階の措置」をおこなうことで合意するなど、制裁継続の合理的理由がなくなっていることを指摘。「核兵器問題の情勢が前向きに進展したにもかかわらず、制裁措置を継続することは、日本政府が核問題の解決で、積極的な役割を果たすうえでの障害になりかねない」と強調しました。」(「北朝鮮制裁措置の延長/日本共産党は反対」『しんぶん赤旗』2007.11.3

 しかし、2009年の朝鮮が人工衛星「光明星-2」を発射すると、共産党と社民党は再び態度を賛成に転じ、麻生内閣による輸出入全面禁止にも賛成票を投じることになる。以後、今日にいたるまで社民党、共産党ともに制裁に賛成し続けている(社民党は自らが与党だった時代に制裁を閣議決定した)。

 ここで注目すべき点が二つある。第一は制裁の対象を拡大する閣議決定が、「全会一致」で承認されていることである。2006年以来、制裁の対象は、万景峰92号の入港禁止から全船舶の入港禁止へ、輸入禁止から「ぜいたく品」輸出禁止、そして輸出入全面禁止へと拡大していった。その拡大のタイミングのいずれにおいても国会では何らの異議申立てがなされていない。制裁の対象の拡大とは、それまで「犯罪」ではなかったことを「犯罪」にするということである。事実、全面禁輸以前の軍事転用可能なものの輸出禁止の制裁のもとでは、「弾道ミサイルの移動式発射台などに転用可能な大型タンクローリーを不正に北朝鮮に輸出した」などという「罪」=外為法違反で逮捕されるという事件が起こっており、全面禁輸以後はピアノ、タイル、パソコンなどの輸出という「罪」で逮捕者がでている。こうした「犯罪」の領域の拡大に、賛同しているのである。

 第二は、制裁の期間を延長する閣議決定が、同じく「全会一致」で承認されていることである。2009年4月に麻生内閣が制裁期間を6ヶ月から1年に延長したことや、昨年4月に安倍内閣が1年から2年に延長したことが「全会一致」で承認されている。外為法・入港禁止法のいずれも、国会の承認を得なければただちに終了せざるをえない。いまのところ制裁は「期間を定めて」発動しなければならないことになっているのであるから、この「期間」は少なくとも立法府にとっては短ければ短いほどよいはずだ。しかし共産党は「政府の恣意的判断で発動を可能とするものだ」と入港禁止法を批判したにもかかわらず、より長い猶予期間を政府に与えるこうした措置に賛同した。対朝鮮制裁については完全に安倍内閣と同一の立場であると考えるほかない。今後、もしかしたら安倍内閣は制裁措置の「期間の定め」自体を法改悪によって撤廃するかもしれないが、おそらくそれも「全会一致」で承認されるだろう。

 これは全くの翼賛国会である。「護憲派」政党がこうした「制裁翼賛国会」とでもいうべき状態を支えていることがほとんど問題にされないなか、「護憲」運動がむしろ盛り上がりをみせている現状はあまりに異常である。制裁の展開過程とそれに対する共産党や社民党の対応をみると、「護憲派」政党はそもそも朝鮮を日本国憲法の「平和主義」の対象に含めていないといわざるをえない。「護憲派」政党は彼ら自身の論理においてもすでに完全に破綻しているのである。朝鮮民主主義人民共和国の人びとは憲法前文にいう「全世界の国民」には含まれないとの解釈を採らない限り、制裁の推進と「平和主義」は両立し得ないからだ。『赤旗』の記事にみられるように、制裁に反対した際もその理由もあくまで「継続の合理性消失」であり、これらが有事法の運用であるという視点がそもそも無い。

 こうした翼賛と、「護憲派」が自民党を批判するために「北朝鮮」に対するネガティヴイメージを最大限動員しようと奮闘していることは対応しているといってよいだろう。「「護憲派」は主観的には改憲派に対抗しているつもりかもしれないが、結局は改憲論者と朝鮮・中国への侮蔑意識を共有している点にある。いやそれどころか、護憲派と改憲派は、日本人の中の「北朝鮮」に対するネガティブな感情を、互いに奪い合っているとすらいえる。もはや護憲派にとっても、他国に対する偏見や排外主義的情緒は、克服すべき対象ではなく、取り込み、動員すべき資源なのであろう。「護憲派」は劣情の動員競争で右翼やファシストに敗北することは間違いないが、「護憲派」たちは負けながらも朝鮮侮蔑意識の固定化にだけは寄与することになるだろう。」(「自民党憲法草案批判にみる「護憲派」の朝鮮侮蔑意識」

 閣議決定すらない4月の「戦争」に気付くべきである。

(鄭栄桓)



年表:朝鮮に対する「制裁」の展開過程(2006-2013)

2006年
7.5 朝鮮、ミサイル発射実験
7.5 小泉内閣、万景峰92号の入港六ヶ月禁止を閣議決定  ・
  10.19 衆議院承認(全会一致)
  11.8 参議院承認(全会一致

9.26 第一次安倍晋三内閣発足
10.9 朝鮮、核実験
10.13 安倍内閣、万景峰92号のみならず共和国船舶全ての入港禁止を閣議決定(06.10.14-07.4.13)
  12.8 衆議院承認(全会一致)
  12.15 参議院承認(全会一致

10.13 安倍内閣、朝鮮からのすべての貨物の輸入を禁止する等の措置を閣議決定(06.10.14-07.4.13)
  12.5 衆議院承認(全会一致)
  12.13 参議院承認(全会一致)

11.14 安倍内閣、「ぜいたく品」の輸出禁止の制裁を閣議決定

2007年
4.10 安倍内閣、入港/輸入禁止延長を閣議決定(07.4.14-07.10.13)
  5.29  衆議院承認(入港禁止、全会一致)
  6.1  参議院承認(輸入禁止、全会一致
  5.24 衆議院承認(入港禁止、全会一致)

9.26 福田内閣発足
10.9 福田内閣、入港/輸入禁止延長閣議決定(07.10.14-08.4.13)
  11.2 衆議院承認(入港/輸入禁止。賛成多数*)
  11.14 参議院承認(入港禁止。賛成多数 *)
     *共産党、社民党などは反対

2008年
4.11 福田内閣、制裁延長を閣議決定(08.4.14-08.10.13)
  6.3 衆議院承認(入港/輸入禁止、賛成多数*)
  6.11 参議院承認(同、賛成多数*[入港禁止 、輸入禁止])

9.24 麻生太郎内閣発足
10.10 麻生内閣、制裁延長を閣議決定(08.10.14-2009.4.13)
  11.14 衆議院承認(入港/輸入禁止、賛成多数*)
  11.21 参議院承認(同、賛成多数*[入港禁止輸入禁止 ])

2009年
4.5 朝鮮、人工衛星「光明星-2」発射
4.10 麻生内閣、制裁延長を閣議決定(09.4.14-10.4.13、6ヶ月から1年へ)
  6.25 衆議院承認(全会一致)
  7.1  参議院承認(全会一致

5.25 朝鮮、二度目の核実験
6.16 麻生内閣、対朝鮮全面禁輸の制裁措置を閣議決定(09.6.18-2010.4.13)
・対朝鮮輸出全面禁止。北朝鮮渡航時に届け出が必要な携帯基準額(30万円超)に関して虚偽申告した在日外国人の再入国禁止。輸出入や送金制限など北朝鮮に対する貿易・金融措置違反で刑が確定した外国人が北朝鮮に渡航する場合、再入国を原則として認めないなど。
  2010.3.23  衆議院承認(全会一致)
  2010.3.26  参議院承認(全会一致[輸入禁止輸出禁止 ])

7.6 麻生内閣、朝鮮の核開発や大量破壊兵器関連計画に関係した資産移転を防止する追加措置を閣議了解
9.16 鳩山由紀夫内閣発足(民主党・社民党・国民新党)

2010年
4.9 鳩山内閣、制裁延長を閣議決定(10.4.14-11.4.13)
  5.20 衆議院承認(入港禁止、全会一致)
  5.28 参議院承認(同、全会一致
  11.16 輸出入禁止、衆議院承認(全会一致)
6.4 「国際連合安全保障理事会決議第千八百七十四号等を踏まえ我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法」(臨検特措法)成立
6.8 菅直人内閣発足

2011年
4.5 菅内閣、制裁延長を閣議決定(11.4.14-12.4.13)
  6.9 衆議院承認(入港禁止、全会一致)
  6.17 参議院承認(同、全会一致
  7.15 衆議院承認(輸出入禁止、全会一致)
  7.25 参議院承認(同、全会一致
9.2 野田佳彦内閣発足

2012年
4.3 野田内閣、制裁延長を閣議決定(12.4.14-13.4.13)
  2013.3.22 衆議院承認(入港/輸出入禁止、全会一致)
  2013.3.29 参議院承認(同、全会一致[入港禁止輸出入禁止 ])
12.26 第二次安倍内閣発足

2013年
2.12 朝鮮民主主義人民共和国、核実験(三度目)
日本政府、朝鮮への追加制裁を決定。朝鮮総連副議長5人を新たに北朝鮮への渡航制限対象に加える。

4.5 安倍内閣、対朝鮮制裁措置の2年間延長を閣議決定(-2015.4.13)
  11.21 衆議院承認(入港禁止、全会一致)
  11.27 参議院承認(同、全会一致

*参考
国会会議録検索システム http://kokkai.ndl.go.jp/

by kscykscy | 2014-04-01 00:00 | 日朝関係

再掲・天皇訪韓について

 天皇訪韓問題について三年前に書いた文章を再掲する。

  和田春樹の天皇訪韓提案と「東アジア共同体」
  http://kscykscy.exblog.jp/10524714/

  再び天皇訪韓と和田春樹、そして「鳩山談話」について
  http://kscykscy.exblog.jp/11949746/

 李明博の発言が天皇への謝罪要求とまでいえるかは疑問である。確かに天皇は自らの父・祖父・曽祖父が犯した朝鮮支配の罪を謝罪し、その償いを実行に移す責任を負っている。だが現実をみれば、もし天皇が訪韓するにしても、日本政府の公式見解--つまり併合合法論の枠から出ることはありえない。この発言も朴槿恵あたりが自分は李明博とは違う、という材料として最大限利用してうまいこと親日をカモフラージュするのがオチだろう。

 警戒すべきは天皇の訪韓が日本の排外主義とは異なる、平和主義的な何かのようなイメージが作られてまやかしの「和解」が演出されることである。一方で狂乱した日本人たちが在日朝鮮人に襲いかかり、その後に残るのは天皇が訪韓したのにまだ過去のことを騒ぐのか、といった抑圧的空気だろう。植民地支配追求にとって百害あって一利なしである。
by kscykscy | 2012-08-19 14:07 | 日朝関係

独島問題と日本の朝鮮支配

 「Arisanのノート」というブログに「なされるべきであった事」という文章が載っている。

 Arisanは独島問題に関連して次のように書く。
「「グレーゾーン」にしておくというような方策が、真に知恵として意味を持ちうるのは、いまただちに国家対国家という近代的枠組み(「領土問題」)で事柄を突き詰めず、いったん平和的な状態を作ることによって、植民地支配や侵略という歴史のなかの暴力にきちんと向き合えるようにしようというメッセージとして発せられ、また受けとられた場合だけだ。
 それは、かつて日本がこの地域に行使したそのような暴力が、国家という枠組みを越えた、いわば普遍的な悪だからである。ゆえに、この悪と真摯に向き合うことは、日本のみならず、また全ての国家自身の、過去と現在の独善や暴力性をも自覚・反省させることにつながるのである。
 逆に、この日本が行った巨大な暴力が反省されず、それが現在の国家体制においても温存されたままであるなら、国家主義と暴力の根は、いつまでもこの地域から取り除かれないままである。
 だから問題の根本は、やはり歴史の不正義が問われなかった、とりわけ、自問されなかったことにある。
 周囲の国々にも、国家の強大化への志向や、少数民族への圧迫や、ひたすらな経済的利益の追求といった悪が存在するにしても、だからこそなおさら、日本には日本自身としてなすべきことがあったのである。
 日本の民衆が日本の権力者たちにそのことを強いるという正義が、遂行されなかったことこそ、われわれが恥じるべき第一のことなのだ。
 「尖閣」や「竹島」の問題にしても、植民地支配という事柄を忘却するなら、そこにはただ領土の争いがあるとしか見えなくなる。
 実際にあるのは、誰が植民地支配を行ったのかという一事である。そしてこれは、ナショナルな問題ではなく、より根本的な、ナショナリティ以前の不正義の問題である。
 我々が他国の拡張主義や自国中心主義を隣人として諌めうるのも、われわれ自身が自分たちの行使してきたこの暴力性と真摯に向き合う限りでのことなのである。」

 「日本がこの地域に行使したそのような暴力が、国家という枠組みを越えた、いわば普遍的な悪」とは、どういうことだろうか。日本が朝鮮に暴力を行使した際、国家という枠組みを超えたことなどない。日本国家が朝鮮民族に暴力を行使したのである。よって、「この悪と真摯に向き合うことは、日本のみならず、また全ての国家自身の、過去と現在の独善や暴力性をも自覚・反省させることにつながる」という断定は全く誤っている。日本の朝鮮への暴力と向き合うことは、日本国家が歴史的に行使してきた暴力に関連している。問題をむやみに「全ての国家自身」の「暴力性」に、そして国家主義一般の問題に拡大するべきではない。

 「実際にあるのは、誰が植民地支配を行ったのかという一事である」といっておきながら、なぜ「これは、ナショナルな問題ではなく、より根本的な、ナショナリティ以前の不正義の問題である」ということになるのか。なぜ日本国家による朝鮮植民地支配が「ナショナリティ以前」の問題なのか。植民地支配を行ったのは誰か、「ナショナリティ以前」の誰かが行ったのか。そうではない。日本国家であり、そこに属する日本国民が行ったのである。「ナショナリティ以前」の問題ではなく、ナショナリティの問題である。極めて非論理的な断定であり、馬鹿げている。

 おそらくArisanという人物は独島の領有権問題についての明言を避けたいのであろう。Arisanは「植民地支配という事柄を忘却する」ことを戒めている。しかし、「植民地支配という事柄を忘却」しないで独島問題を論じるならば、次のような理屈になるはずだ。

 日本の朝鮮支配は不法で不当な異民族に対する暴力的支配であった。独島の島根県「編入」は日本の朝鮮支配の一貫としてなされた。よってこれもまた同様に不法で不当な支配であった。いうまでもなく、現在の日本国家の独島に対する領有権もまた正当化されえない。独島は朝鮮の領土である。シンプルな理屈である。

 しかしArisanはそうはいわない。これは「ナショナルな問題」ではないという。おそらく独島が韓国領であるという主張は、Arisanからすれば「他国の拡張主義や自国中心主義」として諫める対象となるのだろう。しかし、「われわれ自身が自分たちの行使してきたこの暴力性と真摯に向き合」っていないから、いまは言えない。そういうことなのだろう。誤っているばかりでなく、傲慢な姿勢である。

 そもそも日本の植民地支配が「ナショナルな問題ではなく、より根本的な、ナショナリティ以前の不正義の問題」だというならば、「われわれ自身が自分たちの行使してきたこの暴力性」というときの「われわれ」とは一体誰を指すのか。日本人以外該当しようのないこの「われわれ」に、Arisanは一体誰を含めようというのだろうか。

 独島の領有権問題は、朝鮮植民地支配の問題の一貫である。Arisanはこの事実を認めるにもかかわらず、独島が韓国領であるという明言を避けようとする。それどころか韓国領であるという主張への批判をほのめかす。「ナショナリティ以前の不正義」などという言葉遊びの道具にしようとする。そうした非論理性と傲慢な姿勢を問いなおすことこそ、本来「なされるべきであった事」なのである。
by kscykscy | 2012-08-18 00:00 | 日朝関係

続・自民党憲法草案批判にみる「護憲派」の朝鮮侮蔑意識

 自民党憲法草案は確かに憲法改悪案である。だが「甲賀志」@hiroujinのいう「「公益及び公の秩序に反する」と判断されれば簡単に剥奪される。一体これはどこの北朝鮮の憲法なのだ? この憲法を制定させたら最後、日本国民一億人は全員、自民党の奴隷と化すのは確実だ」という感想には、底抜けのおめでたさと悪質さを感じる。

 「甲賀志」@hiroujinはこの憲法草案が通れば、「日本国民一億人は全員、自民党の奴隷と化す」と煽る。つまり、この憲法草案施行後と現憲法体制下の現状との間には著しい断絶があると見ているようだ。だが本当にそうだろうか。

 事態はむしろ逆である。実際に自民党憲法草案を読めばわかるが、草案に記されていることの大部分は、いずれもすでに日本で実現している。

 立法府は国旗・国歌法や元号法を成立させ、行政は現場でこれを強制し、司法はこれを追認している。自衛隊は現憲法体制下に一貫して存在し続け、個別的自衛権についても政府は否定していない。海外派兵も現実のものとなった。選挙権が日本国籍者以外に認められたこともない。天皇の元首化にしても、天皇外交は戦後日本外交の柱の一つだった。それどころか、韓国併合百年の際の和田春樹の天皇訪韓提案に見られるように、むしろリベラル・左派の側も天皇外交の違憲をいうどころか、それを積極的に政治利用しようとしてきたではないか。

 つまり、自民党憲法草案は、こうして戦後日本が営々と現憲法体制下で積み重ねてきた「現実」を基盤に、最終的に憲法そのものをその「現実」に合致させようとするものである。確かにこの憲法草案が通れば、現在わずかながら存在している、憲法を楯にした現状への異議申立すら困難になるだろう。しかし、それはこの憲法草案が提示する規範が、現在の日本社会とは全くかけ離れたものであることを意味しない。繰り返しになるが、自民党は自らが既成事実化してきた「現実」を、憲法に持ち込もうとしているだけなのである。

 私が自民党憲法草案を揶揄する護憲派に底抜けのおめでたさを感じるのはこのためだ。自民党憲法草案を批判するならば、それが基盤にしている現状を撃たねばならない。架空の「未来」にではなく、自民党憲法草案がなかば実現している現在にこそ、驚愕すべきなのだ。

 それを言うに事欠いて「自民党のいうとおりにすると北朝鮮や中国のようになる」というスローガンを掲げるなど、言語道断である。朝鮮・中国への侮蔑意識に訴えかけるこうした論法は、それと対比されるところの戦後日本への優越感・肯定感を満足させ、上に述べたような、本来「護憲派」を名乗るならば撃たねばならない現状の問題点を隠蔽する効果を生み出す。即刻取り消すべきだ。
by kscykscy | 2012-04-30 00:00 | 日朝関係

自民党憲法草案批判にみる「護憲派」の朝鮮侮蔑意識

 先日、自民党が憲法改正草案を発表したが、これに対するネット上の「護憲派」による批判のレトリックがあまりに醜い。例えば、「甲賀志」@hiroujinによる『「国民の基本的人権は国家が自由に剥奪できます」という自民党改憲案のトンデモ内容まとめ』である。

 ここで@hiroujinは、冒頭から「自民党の改憲草案が北朝鮮じみていて、失笑すらわいてこなかった」「基本的人権や財産権にしても「公益及び公の秩序に反する」と判断されれば簡単に剥奪される。一体これはどこの北朝鮮の憲法なのだ? この憲法を制定させたら最後、日本国民一億人は全員、自民党の奴隷と化すのは確実だ。」などと、繰り返し自民党の憲法草案が「北朝鮮じみてい」る、「北朝鮮の憲法」のようだ、というレトリックを用いて自民党の憲法草案を批判する。

 また、このまとめへのコメントも「こんな憲法案を出す様な自民党員なる方々は、少なくとも建前上は自由で民主的な国では生き辛かろう。北朝鮮にでも亡命されては、いかがだろうか??」「国家がどこまで公共の福祉のために個人の権利を抑制出来るか、その限界を定めるのが民主主義国の憲法。政府が勝手に個人の権利を定義していいのは中国や北朝鮮。政府に個人の行動を制約する権利を無制限に与えるのがこの改憲案。」など、中国や朝鮮を引き合いにだしながら、自民党の憲法草案を罵倒するものが続く。

 他にも関連するツイートとしては「反原発芸人」を自称する「モン=モジモジ」@mojimoji_xの「自民党の憲法草案関連のTWを最初に見たとき、ほとんど憲法停止みたいな話だったから、アフリカかどっかの国の話かと思ったよ。よもや自民党だったとは。この国、すごすぎ。」というものもある。この「モン=モジモジ」に至っては「アフリカかどっかの国」などと、もはや具体的な国名すら挙げずに自民党批判のレトリックに援用している。

 こうしたレトリックは「左派」政党にまで浸透している。例えば、日本共産党の機関紙『赤旗』の政治部記者は次のようにつぶやいた。

「「国防軍」に「秘密保全」から「軍法会議」まで、まるで最近、例の「打ち上げ」に失敗したどこかの国のよう…。そんな自民党「憲法改正草案」の現物はコチラ→ http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf (J)」
https://twitter.com/#!/akahataseiji/status/195830409240641536


 この「「打ち上げ」に失敗したどこかの国」は、明らかに朝鮮民主主義人民共和国を指している。そもそも朝鮮の正規軍は「国防軍」という名称ではなく、憲法にも「秘密保全」「軍法会議」に関する条文は存在しない。逆に、世界的にみればこれらにあてはまる朝鮮以外の国が存在する可能性は大いにあるにもかかわらず、あえて自民党の憲法草案が「例の「打ち上げ」に失敗したどこかの国」のようだと語る。つまり、この『赤旗』記者は、日本の反朝鮮情緒に訴えかけるかたちで、これを自民党批判に転用しようとしているのである。自民党の憲法改正草案に対し、決して論理のみによらず、日本人読者のなかにある反・朝鮮情緒を自らの側へと動員して批判しようとする野卑な心性が垣間見える。

 一方では「北朝鮮のミサイルに備えよ」「中国の脅威に備えよ」と改憲を主張し、他方では「お前こそ日本を北朝鮮や中国のようにする気か」と護憲を語る。これが2012年の日本の寒々しい憲法論議の光景である。

 とりわけ護憲派の自国の憲法をめぐる現状に対する陶酔ともいえる優越感と、それと裏腹の中国・朝鮮への侮蔑感は見ていてうんざりする。もし一片の良識があるならば、一度として政府に憲法をまともに守らせることのできなかった自らの非力と、「平和憲法」を自称しながら周辺諸国の脅威であり続けてきた「戦後」の歴史を恥じこそすれ、上から目線で朝鮮や中国をダシにして「護憲」を唱えるなどできないはずである。

 この憲法論議が恐ろしいのは、「護憲派」は主観的には改憲派に対抗しているつもりかもしれないが、結局は改憲論者と朝鮮・中国への侮蔑意識を共有している点にある。いやそれどころか、護憲派と改憲派は、日本人の中の「北朝鮮」に対するネガティブな感情を、互いに奪い合っているとすらいえる。もはや護憲派にとっても、他国に対する偏見や排外主義的情緒は、克服すべき対象ではなく、取り込み、動員すべき資源なのであろう。「護憲派」は劣情の動員競争で右翼やファシストに敗北することは間違いないが、「護憲派」たちは負けながらも朝鮮侮蔑意識の固定化にだけは寄与することになるだろう。

 早くから金光翔氏が「〈佐藤優現象〉批判」などで繰り返し指摘したところであるが、「朝鮮脅威論」「中国脅威論」と共存しうる護憲論(例えば「超左翼おじさん」こと松竹伸幸などはその典型だが)は、この間、日本のリベラル及び左派勢力が一貫して追求したことであった。今回の自民党憲法草案への「批判」には、そうしたリベラル・左派の病理が端的に現れているといえる。総保守体制下の憲法論議にふさわしい光景といえよう。

*参考
閑話休題 戦後日本と憲法九条の教訓 
http://kscykscy.exblog.jp/10830734/
筑紫哲也の反テロ戦争的「情」について
http://kscykscy.exblog.jp/10338360/

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追記

 ブログ「スーパーゲームズワークショップエンターテイメント 」で重要な指摘がなされていた。「本当に平和を望んでいるんだ、9条護憲だ、と言うならば、「北朝鮮のロケットが国民6年分の食料費などというのは嘘だ! 北朝鮮は日本にとって脅威ではない!」と断固主張してみるが良い。絶対に無理だろうが。彼らにとってはそんな事よりも、口先だけ平和主義・護憲派を自称して自分が「良識派」であるかのように装う事の方がずっと大事なのだ。」という指摘は全くその通りであると思う。

「こういう「良識派」ぶった日本人学者の方がタチ悪い 」
http://sgwse.dou-jin.com/Entry/405/
by kscykscy | 2012-04-29 00:00 | 日朝関係

ベンガジ条約について――イタリア-リビア「友好」条約は日朝条約のモデルとなるか?

 ちょうど二年前の2008年8月30日、イタリアとリビアの間である条約が締結された。日本語での定訳が無いようなので、さしあたり「イタリア-リビアの友好・協力・提携に関する条約(Treaty on Friendship, Partnership and Cooperation between Italy and Libya)」としておくが、締結された都市の名前から、以下「ベンガジ条約」で統一する。翌年の2009年3月2日に発効した。

 ベンガジ条約はイタリアによるリビア植民地支配に対する「謝罪」と経済支援、安全保障、そして北アフリカからイタリアに向けた移民の規制など、いくつかの極めて重要な問題を取扱っている。私はベンガジ条約は今後の日朝国交「正常化」交渉を考える上でも非常に重要な意味を持つのではないかと考えているが、日本では条約締結の事実を伝えるもの以外、論評などは皆無に等しい。韓国併合百年云々と植民地支配の問題に注目が集まっているようだが、こうした重要な問題が全く注目されていないのは不思議ですらある。

 ただ、今後日朝国交「正常化」交渉が再開するなかで、このベンガジ条約によるイタリア-リビアの植民地支配「清算」の方式は、何らかのかたちで注目されることになるだろう。そしてその際、ベンガジ条約が日朝条約の一つのモデルとして称揚されることになる可能性がある。だが果してベンガジ条約によるイタリア-リビア関係「正常化」は、植民地支配責任を果すことを核とした日朝関係の「正常化」の良きモデルたりうるのだろうか?以下このブログでは、そもそもベンガジ条約はどのような内容の条約であり、それをどのように見るべきなのかについて考えてみたい。

 今回はその前提としてイタリアの植民地主義をめぐる諸問題について簡単に概観しておこう。そもそも日本とイタリアを植民地主義という視点から比較する試みは、日本ではそう一般的ではない。戦後の戦争責任論を念頭においた社会科学・人文科学的分析のなかで圧倒的に優勢だったのは、丸山真男の戦後直後の仕事に代表されるように日本をドイツと比較する手法であったといえる。だが周知の通りドイツは第一次世界大戦の敗北によりそれ以前の植民地をすべて「喪失」しており、一貫して植民地を支配し続けた大日本帝国と大きな違いがある。自然、ドイツとの比較では植民地という対象が抜け落ちてしまうことになる(もちろん、ドイツとの比較が盛んだったから植民地主義の問題が考えられなかったというよりも、元から関心が無かったというほうが事実に近いのだろう)。

 戦後日本において枢軸国のもう一方の極であるイタリアへの関心は決して無いわけではなかったが、どちらかといえばレジスタンスや戦後のユーロ・コミュニズムへの羨望からの関心に留まり、そもそもイタリアが植民地支配をしてきたこと自体が日本社会ではほとんど意識されることが無いのが現実だったのではないだろうか。実際、「イタリア植民地主義」という言葉自体、日本語ではほとんど聞くことがない。ただ、どうやらこうした事情はイタリアでも同様らしく、イタリアの歴史学者アンジェロ・デル・ボカは「植民地期はイタリアのナショナルヒストリーにおいて、おそらく最も知られておらず、最も霧に包まれた時代である」と指摘する(Angelo Del Boca, ”The Obligations of Italy toward Libya”, Italian Colonialism, Palgrave Macmillan,2002.)。近年、イタリアではレジスタンスの評価をめぐって修正主義派が力を得ているようだが(セルジョ・ルッツァット、堤康徳訳『反ファシズムの危機―現代イタリアの修正主義』岩波書店、2006年参照)、植民地主義の問題はさらにその深層にあるということだろうか。

 だがイタリアと植民地主義の問題は、世界的な過去清算の問題を考える上でも注目されるべきケースである。そもそも第二次大戦後における植民地主義的国際秩序の再編は、イタリアとの講和からスタートした。イタリアは旧枢軸国のなかではもっともはじめに連合国との講和条約を調印したが、対伊講和交渉の過程で、エチオピアをはじめ、植民地化された国々は植民地支配の賠償を強く訴えていた。しかし、イタリアと直接交渉をしていたフランスは当時対ドイツ戦争の重要な拠点であった自らの植民地の問題にはねかえってくることを恐れ、判断を回避して、国連に問題を丸投げしたのである。結果、イタリアに関して植民地賠償はせず、それどころか旧植民地たるソマリランドの信託統治をイタリアに認めることにしたのである(佐々木隆爾「いまこそ日韓条約の見直しを」『世界』1993年4月号参照)。日本は旧枢軸国のなかでは最後に講和条約を締結したが、植民地の問題に関しては対伊講和で一定のレールが敷かれたといえるだろう。

 リビア植民地支配が終わった1943年から60年以上が過ぎた2008年にようやくベンガジ条約が締結されるに至った背景には、以上みたような戦後国際秩序が形成される過程での植民地支配責任追及の封じ込めという構造的要因がある。つまり、日本の朝鮮植民地支配責任追及が遅れていることと、イタリアのリビア植民地支配をめぐる条約締結が2008年にまでずれこんだことの根は同じなのである。

 ここでイタリアのリビア植民地化過程を簡単に振り返っておこう。イタリアのアフリカへの軍事的侵略は、1885年のエチオピア北方のマッサゥワ港への派兵に始まる。その後、エチオピアの保護国化を試み、1908年にはソマリアを公式に植民地とするが、ここでイタリアが目をつけたのがリビアだった。イタリアは当時オスマン帝国の一州だったリビア獲得のため1911年にオスマン帝国に戦争を仕掛け(伊土戦争)、結果、1912年のローザンヌ条約によりイタリアはリビアを併合する。こうして始まったイタリアのリビア植民地支配は、1943年まで継続した(イタリア植民地主義の展開については、マルコ・ズバラグリ「本書を読む人のために」、『ムッソリーニの毒ガス 植民地戦争におけるイタリアの化学戦』大月書店、2000年が簡潔にまとめているので参照されたい)。

 ちなみに、イタリアはエチオピア保護国化のため、メネリク皇帝とのあいだに1889年、ウッチャッリ条約を締結するが、マルコ・ズバラグリによれば「その手法は、けっして見事とはいえない、しかも詐欺的なものであった。なぜなら、1889年にメネリク皇帝とのあいだで結ばれたウッチャッリ条約では、イタリア語訳においてのみ明確に保護領という規定がなされており、メネリク皇帝との話し合いに用いられ、皇帝によって署名されたアムハラ語の正文には、そのような仮定へのあらゆる言及が故意に省略されていた」という(同上、xii-xiii)。この事実をとっても、以前に言及した「超左翼おじさん」=松竹伸幸の、ヨーロッパはアフリカを植民地化する際、日本と違って条約を結ばなかった、という主張がデタラメであることがわかる
「超左翼おじさん」=松竹伸幸氏の植民地認識批判)。ウッチャッリ条約のケースは、1905年の保護条約の瑕疵と同次元(あるいはそれ以下)の問題を含んでいるといえよう。

 後述するように、実際にはイタリアの初期のリビア支配はその領土の一部にしか及んでいなかったのであるが、1880年代のアフリカ侵略開始から1911-1943年のリビア植民地支配へ、というイタリア-リビア関係の推移は、1870年代の朝鮮への干渉開始から対東学戦争、対義兵戦争を経て、1910-1945年の植民地支配へ、という日本-朝鮮関係の推移と同時代的に起こっていることがわかる。今回のベンガジ条約では、直接的にこのリビア植民地支配の問題が扱われており、そのような意味でも今後の日朝条約を考える上での重要な比較対象となろう。

 また、1969年のカダフィによる革命後、とりわけ1980年代に入ってから、リビアはテロ支援の名目で国連から制裁を受け、1986年には米国がカダフィ暗殺のためにリビアを空爆している。このようにリビアが東西冷戦の枠組みにおさまらない「敵」として名指され、「反テロ」の文脈で米国及び西側諸国と対立関係にあったこともまた、朝鮮民主主義人民共和国をとりまく環境と類似性があるといえる(何より西側メディアのカダフィを表象するやり方(「狂犬」など)は、90年代以降の日本の金正日表象に酷似している)。

 次回からは、いよいよベンガジ条約の内容について検討したい。
by kscykscy | 2010-09-01 22:27 | 日朝関係