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金明秀氏の筆者に対する不当な非難への抗議
http://kscykscy.exblog.jp/18179254/ 続々・金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判 http://kscykscy.exblog.jp/18206234/ ----------------------------- *参考 金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判 http://kscykscy.exblog.jp/17567948/ 続・金明秀「リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題」批判http://kscykscy.exblog.jp/18065944/ ある「良心的」日本人の救いがたい鈍感さについて http://kscykscy.exblog.jp/18236747/
朝鮮高校生の「無償化」からの排除は明らかに外交的理由によるものである。つまり、「無償化」を認めると、現在政府が「制裁」を科している朝鮮民主主義人民共和国を利することになる、と民主党政権は判断し、就学支援金の適用の判断を外交の論理――というよりも、「制裁」の論理に従属させたのである。誰の眼にも明らかであったこうした排除の動機について、当初民主党政権は否定し詭弁を弄していたが、天安艦沈没事件後、この詭弁すら放棄して居直るに至った。
さて、これに対する批判として「教育と外交(政治)は別」という言葉をしばしば耳にする。この言葉は一面では正しい。確かに、就学支援金制度創設の趣旨を鑑みれば、外交上の理由で朝高生のみを支給から排除するのは許されない違法な行為だ。ただ、「教育と外交は別」のスローガンは、一種の曖昧さと弱さを残しているのではないかと思う。 「教育と外交は別」には以下の三つの用法がある。 (1) 正しい用法 本来、「教育と外交は別」という言葉を仮に用いるならば、朝鮮高校生がいずれも朝鮮民主主義人民共和国の公民であり、かつ、個々の信条として共和国を支持していたとしても、それとは無関係に就学支援金は支給されるべきだ、という意味で用いるべきであり、これが唯一正しい用法である。つまり、在日朝鮮公民が日本で朝鮮の公民教育を受ける権利の尊重と、日本の対朝鮮外交とは別だ、という意味である。これは現行法における就学支援金支給の要件からも当然に導かれる原則であり、いわば、日本政府は自らの定めた法を遵守せよというスローガンに等しい。問題の根本は日本政府の違法な行為にあり、これを前提としてのみ、「無償化」排除批判論は権利論としての相貌を保ちうる。 但し、この正しい用法においても、「教育と外交は別」というスローガンは、朝鮮への「制裁」については態度を留保するものとなる。というよりも、留保していることをアピールする面すらあるともいえる。もちろん、現行法上「制裁」解除が「無償化」適用の必要条件ではないことは明らかなのであるから、あえてこの論点に触れずに「教育と外交は別だ!」とのスローガンを用いることがただちに問題であるとは言い切れない。ただ、現実に「制裁」が在日朝鮮人の諸権利を制約する重要な前提となっている以上、「制裁」反対無き「無償化」排除批判は不充分であり、弱さを残していると思う。 そうした意味で、「正しい用法」であっても、特に用いる必要はないように思う。「「無償化」を適用せよ!」で充分だろう。 (2) 誤った用法 しかし、現在「教育と外交は別」というスローガンは全く誤った意味において用いられることが多い。それは、朝鮮高校生には韓国籍者や日本国籍も多く「北朝鮮」とは直接の関係はない、学校運営においても「北朝鮮」とは距離を取っている、だから就学支援金を支給すべきだ、という用法である。この用法によれば、日本政府は朝鮮学校の性格を誤認している、という主張になるのであるから、厳密にいえば「教育と外交は別だ!」とは言っていないことになる。ここで実際に叫ばれているのは、「教育と外交は別だ!」ではなく、「朝鮮高校(生)と朝鮮民主主義人民共和国は別だ!」というスローガンだからだ。 ここでは問題の根本は日本政府の無知にあることになり、「知って下さい、見て下さい、国益になります」が問題解決の唯一の手段となる。こうした思考からは権利論の生じる余地は無い。しかも、朝鮮民主主義人民共和国と密接な関係を有する教育機関である場合排除していいのか、という問いとの対決を避けているため、「教育と外交は同じだ!」という主張を許容する余地を残すものとなっている。 というよりも、この用法はむしろ朝鮮への「制裁」を容認し、かつ「無償化」適用を擁護するために編み出されたといってもいい。朝鮮民主主義人民共和国への「制裁」は必要だが、それと朝鮮高校生は別だ、という『朝日新聞』の主張などはその典型といえよう。 (3) 悪用 さらに悪いのは、「教育と外交は別」という曖昧さを残したスローガンが後者の意味として誤認されて流布した状況に乗じて、これを朝鮮学校に対する教育干渉の論理として用いるケースである。つまり、朝鮮民主主義人民共和国との関係を有しているから「無償化」から排除するのだ/されるのだ、「教育と外交(政治)は別だ!」、関係を断ち切れ、と。言うまでも無く、これは橋下の用法である。しかし、橋下だけではなく、「無償化」排除批判論者の一部にもこうした心性は共有されている。 現在の日本で見られるのは、ほとんど(2)か(3)の誤った用法である。おそらく主観的には誤った用法との意識は無いのであろう。以前に触れた「朝鮮籍者は朝鮮民主主義人民共和国国民ではない!」と主張した共産党議員の「無償化」適用擁護論が悪意より発しているとは思わないが、結果としてこうした擁護論がもたらすのは、在日朝鮮人の権利の後退である。しかも、(2)は、(3)の朝鮮民主主義人民共和国と関係を有する教育機関は排除してよい、という主張について対決せず、事実上容認する論理に立つため、被害を拡大させることになる。 多くの場合、主観的には(2)の立場の人間は、自らを(1)と近しい立場であり、(3)とは敵対すると考えている。だから批判されると「何で味方なのに批判するんだ!」と逆ギレする場合が多い。しかし、実際に(2)が論理のレベルで対立しているのは(1)であり、(3)とは親和的である。むしろ、この(1)と(2)の対立が十分に認識されないところに、問題の深刻さがある(私の金明秀批判をめぐるnosなる人物の対応はその典型といえる)。 いずれにしても、比較的よく使われる割には、「教育と外交は別」という言葉を用いる利点は無いように思える。使用を控えた方がいいのではないだろうか。
“SYNODOS JOURNAL”に金明秀「朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A」が掲載された。
http://webronza.asahi.com/synodos/2012051100001.html このQ&Aは、このブログで幾度か批判した、金のいうところの「リスク社会」における「新たな運動戦略」の実践篇とでもいうべき内容となっている。すでに朝鮮学校が再三述べてきた主張を取り入れている部分を除けば、金のオリジナルの部分の論理は前にも指摘したように『朝日新聞』のラインの無償化適用論であるといえる。さまざまな問題点があるが、ここではさしあたり重要な問題点に絞って指摘したい。 *参考 朝鮮学校「無償化」排除問題 http://kscykscy.exblog.jp/i6 抗議 http://kscykscy.exblog.jp/18212443/ 第一に、このQ&Aは朝鮮学校の教育「内容」に踏み込み、無償化排除問題を論じてしまっている。 具体的に、金は朝鮮学校は「反日教育」をしておらず、朝鮮民主主義人民共和国とは異なる「教育制度」の「在日コリアンの学校」である、と主張する。しかし、無償化排除問題の焦点は朝鮮学校の教育「内容」ではない。こうした「反論」に有効性は無く、むしろ論点を朝鮮学校の教育「内容」へと固定する効果を生む。 例えば「【Q9】反日教育をしている朝鮮学校に公金を支出するのは抵抗がある。」という問い。この問いへの正しい答えは、具体的な教育内容は就学支援金の支給とは関係がない、である。 しかし、これに対し金明秀は、朝鮮学校では反日教育をしていない、と誤った答えを与える。しかも、その論証の方法は、20年近く前に実施された調査における、朝鮮学校に通ったことのある人間の各国への愛着度の提示、というものである。そもそも卒業生の意識は朝鮮学校で反日教育がなされていないことの直接的な「論拠」にはなりえない。もし、本当にこうした反論をするためには、当然ながら、朝鮮学校の教育「内容」の検討に踏み込まざるを得なくなる。そして実際、『産経』や極右知事はそうした方法を採っている。つまり、金の解答はそれ自体が不適切である上に、反論にすらなっていない。 これでは「教育内容は変わったから適用しろ」(『朝日』)→「じゃあ見せてみろ」(『産経』・知事)→「見たんだから許してやれよ」(『朝日』)→「当日だけそうしたのではないか、もっと見せろ」(『産経』・知事)⇒「〔一緒に〕もっと見せろ」(『朝日』『産経』)の無限ループを止めることはできない。それどころか拍車をかけることになる。朝鮮学校の教育「内容」が論点であるという前提自体を許している限り、この状況を脱することはできない。 そして、特に強調しておきたい重要なポイントだが、そもそも、現在の朝鮮高校無償化排除をめぐって知事や極右メディアが問題としているのは「反日教育」云々ではない。朝鮮民主主義人民共和国及び朝鮮総連との関係である。というよりも、おそらく排除派は現時点では「反日教育」問題を論点とすることを意識的に避けている。 なぜか。もし「反日教育」問題として論を立てると、当然ながら韓国学校・中華学校の教育「内容」の問題にも飛び火することになり、アジア系の外国人学校全体を批判せざるを得なくなる。逆に言えば朝鮮学校と韓国・中華学校を連帯させかねない。おそらく排除派からすれば、民団が朝鮮学校の無償化排除に賛成して在日朝鮮人団体が分断している現状は大変好ましいものであり、わざわざ「反日教育」問題という新たな論点を立てるような真似はしないだろう。よって注意深くこの論点を避け、「拉致を行い不法なテロ国家である朝鮮民主主義人民共和国・朝鮮総連との関係」という問題から一点突破しようとしているものと思われる。しかも、この議論ならば、民団が極右に成り代わって主張しているように、民族的マイノリティの教育を否定しているわけではなく、朝鮮総連と関係を有する朝鮮学校を否定しているだけだ、という弁解が成り立つ。 金は『人権と生活』のエッセイ以来、一貫して朝鮮学校の「反日教育」という論点を重視しているが、これはこうした現状を全く理解していないものといわざるを得ない。 第二に、第一の問題と関連するが、このQ&Aは朝鮮学校を「民族的マイノリティの学校」としてのみ規定してしまっている。 例えば、「【Q2】北朝鮮とは国交がなく朝鮮学校の教育内容を確認できないので、「高校無償化」の対象から外されているのではないか」という問いへの金の答えにそれは典型的に現れている。 金は文科省令の以下の三類型、 (イ)高等学校に対応する外国の学校の課程と同等の課程を有するものとして当該外国の学校教育制度において位置付けられたもののうち、朝鮮学校が(イ)には該当しないことを前提としている。しかし、常識的に考えれば朝鮮学校は明らかに(イ)に該当するはずであり、だからこそ、文科省は(イ)に該当させないための詭弁を弄したのである。そして、文科省は(ハ)にあたるかどうかというレベルへと問題を自らの都合のいいように後退させたのである。 しかし金はこの点を理解せず、(イ)に該当しないことを大前提としてしまう。ここで金は「第二に、そもそも朝鮮学校は「北朝鮮の高校に相当する」学校ではありません。というのも、北朝鮮の学校と朝鮮学校とでは教育制度が異なるからです。北朝鮮では、幼稚園が1年、小学校4年、中学校6年の計11年が義務教育です。一方、朝鮮学校は日本の教育制度に合わせて6-3制をとっています。したがって、たとえ北朝鮮政府と外交関係があったとしても、「朝鮮学校が北朝鮮の高校に相当する」ことを証明できるかどうか極めて微妙です。」と述べる。 これは韓国学校や中華学校と同じ適用ルートから朝鮮学校を外すことを、在日朝鮮人の側から主張してくれたわけであるから、文科省にとっては大変好ましいものといえる。文科省の詭弁の矛盾をつくことができない。 しかも、ここでいう「外国の学校の課程と同等の課程を有する」とは、金のいうような朝鮮学校が「北朝鮮の高校に相当する」という意味ではない。(イ)ならば、その判断は朝鮮民主主義人民共和国側によるものとなるが、(ハ)のみ該当となると当然、文科大臣のみとなる。もちろん、だとしても文科省の除外措置は違法であるが、(イ)の可能性を除外してしまうのは大問題である。 これは金がこのQ&Aにおいて、朝鮮学校は「北朝鮮の高校」ではなく、「民族的マイノリティの学校」として押し出す戦略を採ったことから帰結したものといえる。しかし、この結果、無償化排除後に現在地方自治体が行っている補助金削除における教育「内容」への干渉への有効な批判をなしえていない。 また、金は「【Q8】閉鎖的な朝鮮学校の側にも問題がある。お互いに理解に向けて努力すべきでは」と問いを立て、「日本の新聞各社は朝鮮学校の「無償化」除外を批判しながら、一方で朝鮮学校も閉鎖性を改善すべきだと社説に書いています。どうやら、朝鮮学校が閉鎖的であるというイメージはずいぶん強固なようです」と答えて、朝鮮学校が閉鎖的でないことの説明を試みる。 しかしこれは「反日教育」と同じく、問いの設定自体が極めて不正確である。金は「新聞各社」の具体名を挙げていないが、無償化適用賛成論の『朝日新聞』の場合、朝鮮学校が閉鎖的で問題があることの指摘は、さして重要なポイントではない。『朝日』らが重視しているのは、朝鮮学校の教育「内容」の変化と朝鮮総連との関係である。以前にも言及したが、例えば以下の二つの社説を見てみよう。 「だが在日の世代交代が進む中、教育内容は大きく変わった。大半の授業は朝鮮語で行われるが、朝鮮史といった科目以外は、日本の学習指導要領に準じたカリキュラムが組まれている。/北朝鮮の体制は支持しないが、民族の言葉や文化を大事にしたいとの思いで通わせる家庭も増えている。/かつては全校の教室に金日成、金正日父子の肖像画があったが、親たちの要望で小・中課程の教室からは外されている。そうした流れは、これからも強まっていくだろう。」(『朝日』社説、2010.2.24)つまり、朝鮮学校の教育「内容」は、朝鮮民主主義人民共和国とは距離をとるものになっている、だから、適用すべきだ、と主張している。前提となっているのは、あくまで朝鮮民主主義人民共和国及び朝鮮総連との関係である。 すでに述べたように、同じく、現在自治体や右翼メディアが問題としているのは「マイノリティの教育」の実践ではなく、また、「反日教育」の有無でもない。それは朝鮮民主主義人民共和国並びに朝鮮総連との関係であり、具体的に各知事は拉致問題を知事の指示通りに教授せよと干渉している。よって「民族的マイノリティの教育」を擁護することは、現行の無償化排除問題における有効な批判になりえず、むしろ『朝日』を初めとする朝鮮学校の教育「内容」修正=無償化適用論と相補的といえる。 このように、金は排除派の主張に正面から反論しない。金は、在日朝鮮人の自主的な民族教育権(もちろんそこには朝鮮民主主義人民共和国の公民教育を行う権利も包含される)の擁護ではなく、むしろ朝鮮学校が「民族的マイノリティの教育」であると表象することによって迂回的にこれを「擁護」しようとするため、結果的には現在問題となっている排除継続への有効な反論となっていない。それどころか、むしろ論点を誤った方向へと誘導しかねない。 これは、金が「【Q10】そもそもなぜ日本生まれの四世、五世にもなって民族教育を行う必要があるのか。日本の公立学校に通えばいいのでは。」という問いに対し、日本の公立学校の教育内容が日本人に限定された民族教育だからだ、と誤った答えを与えるところにも現れている。これでは民族教育の存在意義は、日本の公立学校の教育内容の改善問題と関連付けられることになってしまう。そもそも日本の公立学校における教育を「民族教育」と捉えるべきか疑わしいが、それはおくとしても、この理屈だと日本の公立教育が十分に多民族・多文化を尊重するものへと転換し生徒の「自尊心」が満たされるならば、朝鮮学校の存在意義は消滅する。しかし、朝鮮学校の存在意義は差別的な日本の学校の代替のみにあるわけではない。 また、金は「移民の子孫は「国家と国家の懸け橋」にたとえられることがありますが、朝鮮学校出身者は日韓朝3か国の懸け橋になれる可能性を持った貴重な人材です。「反日教育をしている」といった根拠のない偏見によってその価値を否定するのは、とても残念なことです」と述べているが、こうしたこれまでウンザリするほど繰り返されてきたレトリックは、権利としての民族教育という視点を欠いた、在日朝鮮人を道具視するものであり、一部のマスコミ業界内在日朝鮮人を除けば、実態にすら合っていない。 以上のみたようにこのQ&Aは、(1)朝鮮学校の教育「内容」という排除論者の土俵に乗ってしまっている、(2)排除論や巷間の「誤解」の焦点を「反日教育」問題であると誤解している、(3)朝鮮民主主義人民共和国との関係という排除論の主論点に関わることを回避し、「民族的マイノリティの学校」論へと逃げている、という問題を抱えている。これらはこれまで繰り返し指摘した金のエッセイ以来の問題点を継承したものといえる。しかし、同じく繰り返し述べてきたように、必要かつ有効なのは日本社会にとって受け容れられやすいものへと変化したことのアピールではなく、もちろん、在日朝鮮人の「懸け橋」アピールでもなく、在日朝鮮人の民族教育権の擁護/日本政府の不法性の徹底的な追及である。
6.朝鮮民主主義人民共和国は日本が「敗戦時に捨ててきた過去」?
以上で「帰ってきた朝鮮出兵:植民地問題をまじめに考える」をほぼ全て引用した。 これまで見たように與那覇の朝鮮観・植民地観は極めて杜撰なものである。この本には他にも朝鮮に関する言及が散見されるが、なかでも朝鮮民主主義人民共和国に関する記述は単なる力量不足に留まらず、粗野なイデオロギーの剥き出しの発露となる。レーニンに関する箇所で触れたが、與那覇は現在の「論壇」の空気上、叩いても構わないとみなした対象に対してはおそろしく乱暴に扱う傾向があるが、朝鮮民主主義人民共和国に関する記述にはそれが最も端的に現れる。 例えば、この本の「結論」にあたる第十章の「北朝鮮化する日本?:日本の未来予想図②」で與那覇は、「中国化」に反対する「右」の主張――「品格ある国家」「反フェミニズム」「教育基本法改正」「道徳教育徹底」「派遣労働反対」「資本の国外移転反対」「憲法停止」――を列挙し、「そこまでやったら北朝鮮と変わらないジャン」と揶揄した上で、次のように記す。 「中国化とはグローバル化の別名ですから、あくまでも対抗して江戸時代風の社会を維持するとなったら、それは北朝鮮のように鎖国するほかない。ここで何らの説明なく用いられる「北朝鮮化」なる言葉は、「江戸時代は主体思想の夢を見たか:北朝鮮問題をまじめに考える」という節で初めて登場する。 「小単位ごとの自給自足体制(それ自体が飢餓の一因となることが多い)ゆえに、統治機構のトップ(やはり、彼自身が飢餓をもたらしている疑いが強い)に解放者としての期待を託してしまうという点だけを見れば、確かに江戸時代は北朝鮮に似ていなくもない。国民の海外渡航を禁じ、極端な貿易統制を敷いているので亡命や食糧輸入の道が閉ざされている点も同じですね。これは果たして「分析」だろうか。與那覇はある面からみれば「江戸時代は北朝鮮に似ていなくもない」、だから「東アジアの歴史的な文脈の上では、条件さえ整えば日本も含めてどこでも「北朝鮮化」する可能性がある」、という。もちろん、ここでも「北朝鮮化」なる概念の定義や説明は一切ない。そもそも、與那覇の「似ていなくもない」という判断は、恣意的かつ超歴史的に要素を抽出した結果なのだから、同じような「方法」を使えば、どこにでも「北朝鮮化」と「似ていなくもない」事象を探し出すことは可能だろう。なお、近代日本は「個人崇拝」ではなく、「議会制自由民主主義に似ていなくもない近代化のルート」を歩んだことを「奇跡」とする認識の問題点については後述する。 ついでに書いておくと、この本の基本的コンセプトは「中国化」でも「江戸時代化」でもなく、この「似ていなくもない」という言葉にある。宋代の中国と現在のグローバル化は「似ていなくもない」(だから「中国化」で括れる)、江戸時代と1930年代の日本は「似ていなくもない」(だから「江戸時代化」で括れる)、江戸時代と現在の北朝鮮は「似ていなくもない」(だから「江戸時代化」≒「北朝鮮化」)、というわけだ。「似ていなくもない」史観とでも呼んでおこうか。與那覇は「この感覚の有無が、あまたの北朝鮮論のうち、単なる「バッシング」と有意味な「分析」とを区別する指標になると私は考えています」と誇っているが、普通こういうのは「思いつき」というのであって「分析」とは呼ばない。 さて、本題に戻ろう。「北朝鮮化する日本?:日本の未来予想図②」では與那覇は続けて次のように書く。 「北朝鮮についての学術的な研究書なら、著者の政治的な立場を問わず書いてあることがですが、北朝鮮のあの特異な体制というのは、李朝の儒教原理主義的な王権や檀君神話があったところに、帝国時代の日本の天皇制や国体論、戦時下の総力戦体制や軍国主義、独立後はソヴィエト=ロシアのスターリニズムや共産中国の毛沢東主義……といった、近代の北東アジア全域からさまざまな経路で流れ込んだイデオロギーのアマルガム(ごった煮)です。「よくもまあここまでダメなものばかり摂取したなあ」という嘲笑は與那覇にこそふさわしい。具体的な問題点を見てみよう。 まず、朝鮮民主主義人民共和国は「建国当初」から「鎖国」しているわけではない。米韓との間では戦争状態が継続しており、また米韓日の経済制裁を受けているため著しく対外活動を制約されているが、数多くの国々と国交を結んでいる。また、現在の状況は明らかに90年代以降に形成されたものであって、「建国当初」からのものではない。これは別に「最新の研究」によらなくとも、教科書レベルの認識である。和田春樹の著書にも書いてある。 また、「北朝鮮についての学術的な研究書なら、著者の政治的な立場を問わず書いてある」とハッタリをかまし、特に典拠を挙げずに「アマルガム」云々と書いているが、おそらくこの箇所は和田の「北朝鮮の政治文化の特徴はすぐれてプラグマティックな折衷主義文化である」(和田『北朝鮮』、p.134)という記述に依拠しているのだろう。和田は朝鮮の伝統文化やソ連文化、キリスト教などを挙げているが、與那覇は和田が列挙するものに「李朝の儒教原理主義的な王権や檀君神話」「帝国時代の日本の天皇制や国体論」などを付け加える。 この記述の問題点は三つある。第一は朝鮮民主主義人民共和国の「政治と思想」を他律的なものと位置づけることである。「政治と思想は中国様式、経済と社会は日本様式という形で戦時期に実をつけた昭和日本のあのブロンが、当時植民地だったかの地域だけその後も育ち続けた」という記述からは、與那覇が朝鮮の「政治と思想」の固有性をほとんど認めていないことが読み取れる。これは中国の歴代王朝と「大日本帝国」に翻弄された存在としてのみ朝鮮をみなす、再版他律性史観である。 第二はこれと表裏をなすが、與那覇が朝鮮の政治文化における「抗日(遊撃隊)」の要素を完全に無視していることである。和田は朝鮮を「遊撃隊国家」であると規定しており、この「遊撃隊」はいうまでもなく「抗日遊撃隊」である。和田は現在の朝鮮国家のアイデンティティの中核に「抗日遊撃隊」があると繰り返し述べている。しかし、與那覇は勝手に夾雑物を挟み込みながら、この点については一行も触れようとしない。 この問題にもよくあらわれているが、この本の特徴は「侵略」や「植民地責任」に対する與那覇の姿勢にも示されているように、近代日本の侵略とそれに対する中国・朝鮮の抵抗――つまり(反)帝国主義/(反)植民地主義という要素を徹底的に軽視するところにある。 そして、代わりに與那覇が持ち出すのは「近世」という要素である。以前に触れた植民地化を豊臣の朝鮮侵略の「思想の遺伝子」の残存としてのみ捉えることもそうであるし、ここで朝鮮の政治文化として「儒教原理主義」を持ち出すのもそうだ。また、與那覇は日中戦争についても「近世の衝突」(第七章のタイトル)と捉える。そこでは、朝鮮や中国の民族運動やそれを支えるナショナリズムの発展から、日本の侵略への闘いの過程で形成される抗日・反帝の側面は捨象されることになる。そして逆に「近世」社会からの連続性が強調されることにより、日本の侵略への抵抗は、「近世」社会の構造の違いへと還元されることになる。こうした一見、歴史を巨視的にとらえるかのような素振りで、実際には近代日本のアジア侵略の影響を少なく見積もろうとする傾向が、この本には散見される。これは現在の歴史系「論壇」全体の問題とも関わるので、後述したい。 第三は現在の朝鮮は敗戦前の日本である、と規定していることである。與那覇は「よくもまあ」以下で、朝鮮への揶揄を繰り返すが、これは和田の本の次の箇所を参照したものと思われる。 「現在の北朝鮮はある部分では戦争末期の日本に似ている。工場は動かず、食べるものはなく、買い出し生活、竹の子生活で、女たちの着物が食べ物に交換された。人々は満員の汽車に窓から乗っていた。大勝利の知らせに歓呼したことも忘れて、空襲で焦土になっても、本土決戦、本土玉砕と言われれば、それを覚悟していた、自分たちの指導者、天皇を信ずる以外ほかにどうすることもできなかった。それでいて天皇が戦争は終わりだと言えば、それを喜んで受け入れ、天皇を批判することもなく、アメリカの進駐軍を歓迎し、天皇の「人間宣言」も受け入れた。もともと天皇が現人神だなどと思ったことは一度もないのである。天皇政府が国体護持を唯一の条件としてポツダム宣言を受諾したとき、国民が考えたことは、やめられる戦争なら、なぜもっと早くやめなかったのだということだった。国民は指導者の決断を求めていたのである。これは和田の本の最末尾「11 北朝鮮のこれから」の「国民の気持ち」の記述である。いわば「あとがき」的な部分といえる。注意深く読めばわかるが、和田が末尾にこの記述を挟み込んだのは、日本と朝鮮との国交正常化の必要性を日本国民に訴えるためである。それは、その直前の箇所で和田が日朝国交正常化に関連して、日韓条約を超える内容を日朝条約に盛り込むことによって日韓条約を修正することが朝鮮民族にとって好ましいと述べた後、次のように書いていることからもわかる。 「だが、まさにその点が日本側の最大の障害なのである。91年-92年の第一次交渉のさいの日本政府の態度は基本的には65年の日韓条約締結のさいと変わっていなかった。〔中略〕しかし、日本政府としても30年前の条約と同じ文言で条約が結べるとは考えてはいないだろうが、北朝鮮は経済的に窮地にあるので、条約文にはあまりこだわらないで、すぐに妥結することを求めるだろうから、心配ないという考えもあるかもしれない。ここからもわかるように、和田が現在の朝鮮の国民感情と、戦時末期の日本のそれが似ていると指摘したのは、以上のような朝鮮政府の論理の説明を前提に、朝鮮国民のレベルでも「戦争をやめる」ことへの渇望が存在しており、それは戦時期末期を知る日本国民にも理解できるはずだ、と主張する文脈においてである。 一応和田の著書においては、朝鮮の苦しい現状の原因は日本側にもあることが前提となっており、日本と朝鮮の関係性を問題にしている。しかし、與那覇はこの意味を全く理解せず、「国体護持のためには餓死をも辞さず、という「あの戦争」を支えた日本人が、あの地域にだけはまだ残っている」と別のかたちで「引用」する。そもそも和田の記述は「分析」ではないので、この箇所を何らかの分析であるかのように参照すること自体が問題なのだが、與那覇の記述では、和田の意図とは違いむしろ関係性と歴史性は一切捨象される。それどころか、誤った事実に基づいて彫琢された「北朝鮮」像が、日本の歩むべきでない未来としてのみ表象されるのである。つまり、ここでの「北朝鮮」像はああなりたくなければ「中国化」するしかないよ、という主張を補強するための道具に過ぎない。 與那覇に限らず、現在の朝鮮は戦前の日本である、あれは天皇制である、とするレトリックは、現代日本ではむしろリベラルや左派に好まれる傾向がある。かつて大西巨人は、戦時期には沈黙・翼賛していたにもかかわらず、敗戦後突如として軍部や軍隊の非合理・暴力性を「暴露」し始めた知識人たちの姿勢を「過去への叛逆」と揶揄した。しかし、このレトリックは、ここでの「過去」に朝鮮を代入することにより、わずかながらあった「叛逆」のリスクすら欠落させた、極めて自己愛的で攻撃的なものといえる。大日本帝国という過去に批判的であるようなポーズを装いながら、その問題点は朝鮮のみに継承されたとして大日本帝国の過去そのものに向き合うことを回避し、同時に、元「帝国」の人間として、その遺産=朝鮮を何とかしなければいけない、というこれまたナルシスティックな「使命感」「義務感」に燃えることすらできる。そして、それから切り離されたところの平和で民主的な戦後日本への歪んだ自己愛を満たしつつ、右派の朝鮮脅威論に直接対峙せずに、むしろそれと癒着しながら「お前こそ日本を北朝鮮にする気か」と「反論」することも可能になる。 こうしたレトリックは、現在の朝鮮への「制裁」をリベラル・左派が容認することを正当化するばかりか、場合によっては「人道的介入」すら後押しすることになるだろう。和田の意図はそこには無いとしても、安易に戦時期日本と朝鮮の現状を似ているとするのは、こうしたレトリックを誘いこむ危険なものだ。私は與那覇のこの杜撰な本に、そうした頽廃的な日本のイデオロギー状況の反映を見る。 (続) # by kscykscy | 2012-05-13 00:00
5.帝国主義論と「植民地責任」
與那覇は前回のシュンペーターに関する記述に続けて、次のように書く。 「いまだに「日本の植民地経営が赤字か黒字か」が「植民地責任の有無を問う最大の論点」だと勘違いしている人がいますが、そもそも「植民地を保有する以上、宗主国は必ず儲けているのだ」というのは、いつまで経っても西洋資本主義諸国で社会主義革命が起きない(がロシアでなら起こせるかもしれない)理由を説明するためにレーニンがこじつけて作った話で、もともと実証的な根拠があるわけではないので、平素は反共を旨とする保守の論客が、この話題の時だけ突如としてボルシェヴィキになるというのは滑稽です(いまだに日本での革命をあきらめきれない左派の論者が、血眼になって「儲けていた証拠」を捜しまわっているとしたら、それも別の意味で滑稽ですが)。」さて、「日本の植民地経営が赤字か黒字か」を「植民地責任の有無を問う最大の論点」と主張する者などいるのだろうか。おそらくこれは、植民地支配は「持ちだし」だった、とする主張を念頭においたものと考えられるが、「持ちだし」論者ですら、「日本の植民地経営が赤字か黒字か」という粗雑な立論をしているわけではない。そもそも與那覇の主張では、総督府財政において支出が収益を上回っていた、という意味なのか、あるいは本国財政も含めての収支のことを言っているのか、あるいは企業経営や金融・貿易などを含むものなのか、全くわからない。 続く記述を読むと、どうやら與那覇は「植民地経営」が赤字であったと考えているようだが、少なくとも朝鮮総督府財政のレベルでは支出が収益を上回ったことは無い。しかし朝鮮には本国財政からの補充金が投入されており、これは年間1000-1500万円規模であった。これが「持ちだし」論の論拠となるのだが、水野直樹が指摘するように、補充金が総督府財政に占める割合は5%に過ぎず、総督府財政の大部分は朝鮮民衆の負担によって成り立っていた。また、歳出もその大部分は日本人官吏の給与であり、警察・法務関係の治安政策関連支出が教育・勧業・医務衛生を超えた。つまり、総督府財政の第一の目的は植民地支配の維持そのものにあった。さらに台湾は早くに補充金無しの財政へ移行しており、「持ち出し」論の前提すら成り立たない(水野直樹他『日本の植民地支配』岩波ブックレット、p.38-39)。與那覇は論点を不正確に把握している上に、事実認識すら誤っている。 続くレーニンへの罵倒も奇妙である。與那覇はわざわざ注までつけて「要するに先進国から順番に「進んだ社会主義」に移行していかない理由を、「西欧列強は植民地から搾取した冨で本国の労働者を買収して、革命を遅らせることができるからだ」と言い訳したのです」(p.195)と念入りにレーニンを貶める。つまり與那覇は、(1)「植民地経営が赤字か黒字か」が論点であると誤認された背景にはレーニンの議論がある。(2)しかしレーニンのそれは「ためにする議論」で根拠がない、(3)よって、「植民地経営が赤字だ」ということにこだわる「保守の論客」は、保守なのにレーニンの作った前提に乗っかっており滑稽だ、と言っているわけだが、これは極めて乱暴な単純化――というよりも、端的に言って誤った記述である。 ここで與那覇がレーニンのどの著作を想定しているのかわからないが、仮に「帝国主義論」だとするならば、レーニンの目的が独占資本主義の「発達」の延長線上における帝国主義戦争――つまり第一次世界大戦の必然性の論証にあったことは周知の事実である。また、レーニンの「帝国主義論」は実証的なスタイルで論証を試みており、ただちに「こじつけ」であるとは言い得ないのは読んだことのあるものならばすぐにわかる。驚くべきことに與那覇のレーニンに関する記述には一切出典表示が無く、その根拠を確認することすらできない。 おそらく、與那覇が「左右」を斬る、というスタイルの維持を最優先した結果、こうした乱雑な記述が飛び出したのだろう。またこれは與那覇が、レーニンならいくら乱暴に罵倒しても現在の「論壇」で物言いがつくことは無い、と判断していることも示している。植民地支配は持ち出しであったという植民地支配肯定論の「論拠」に持ち出されては、レーニンもたまったものではないだろう。 続く記述に移ろう。 「確実なのは、植民地主義とは根本的に「大きな政府」の政策だということで、朝鮮植民地についていえば、低賃金の朝鮮人労働者が内地に流入してしまうと日本人の職が失われて困るから、現地に雇用を作って人口流出を防止するために、総督府が公共事業を打ったのです(水野直樹「朝鮮人の国外移住と日本帝国」)。つまり、與那覇の理屈は、「植民地経営は赤字である」→しかしそれは植民地主義が「根本的に「大きな政府」だからだ」→実際、朝鮮植民地では朝鮮人の雇用創出のため公共事業を行った、というものである。 さて、出典は水野直樹の論文である。この論文で水野は、「20世紀前半の世界全体を見渡しても、植民地住民が支配本国にこれほど大量に流入した例はない」(p.262)ことを前提に、朝鮮人の渡日増加が、結果として朝鮮植民地における工業化政策へと跳ね返っていくという相互作用を指摘した。 與那覇の「公共事業」「雇用創出」云々と関連する箇所についての水野の説明は次のようなものだ。すなわち、1920年代の朝鮮人の渡日者増加は、日本では「社会的軋轢、失業問題の発生などは社会秩序を乱す要因と見なされた」(p.262)。このため、1930年に内地では「労働手帳」制度により失業救済事業から朝鮮人を排除し、1934年の閣議決定「朝鮮人移住対策要目」では渡航抑制のため朝鮮内での「安住」と朝鮮北部・中国東北への移住促進が決定された。そして、これを水野は次のように位置付ける。 「しかし、ここで考えたいことは、朝鮮人渡航の増加が日本帝国の政策に与えたさらに大きなインパクトである。「要目」で、内地渡航の制限と合わせて、朝鮮内での生活安定、そのための窮民救済事業の実施などが決められ、さらに満洲や朝鮮北部への移住の促進が謳われた。ここには記されていないが、すでに二〇年代後半から見られた認識――朝鮮内で労働力を吸収する産業の育成がなければ朝鮮人の内地渡航を抑制することはできないとする認識――が、日本政府・植民地当局に共通して抱かれるようになったと考えられる。一九三〇年代の朝鮮では工業化が急速に進んだとされるが、その背景には、朝鮮人労働者の日本流入を抑制しなければならないという認識があったといえよう。日本の朝鮮支配は、世界史的に見て植民地工業化を許容した稀有な例としてあげられることがあるが、それは帝国本土の社会秩序維持・防衛のためにとられた政策とも関連するものであったのである」(p.264)つまり、一般に朝鮮植民地支配は「世界史的に見て植民地工業化を許容した稀有な例」とされるが、その背景には、「朝鮮在住労働者ガ漫然内地ニ渡航スルハ益々内地ニ於ケル内鮮人ノ失業問題ヲ深刻ナラシメ彼我相互ノ不幸ヲ招来スル」(「朝鮮在住労働者ノ内地渡航問題ニ関する調査要綱」1929、水野p.262)という要請があった、ということを水野は指摘したといえる。與那覇は「日本人の職が失われて困る」ため、と乱暴に要約しているが、厳密いえば「内地」側官庁は、朝鮮人失業者増大による「社会秩序」撹乱――つまり治安問題発生を恐れたのである。 與那覇は植民地主義一般についての説明の論拠として水野論文を用いたが、すでにみたように水野論文は1930年代以降の植民地工業化の背景に関する考察であり、しかも、その工業化自体が特殊な事例であることをわざわざ指摘している。よって、水野論文は與那覇の説明の論拠とはなりえない。当然ながら、水野の記述は、植民地が黒字か赤字か、という「論点」とは直接には何の関係もない。さらに、実施された窮民救済事業はわずかなものであり、「公共事業」による「雇用創出」などにはあたらない。 また、それに続く段落の「朝鮮系企業」云々は全く事例説明になっていない。そもそも1930年代以降の朝鮮へと導入されたのは大部分日本資本なのであるから、「朝鮮系企業」はアナロジーとしては極めて不適切である。それとも、與那覇は、日本が朝鮮の民族資本に投資し、それによって朝鮮人の雇用を創出した、とでも思ってるのだろうか。もしかしたら本当に與那覇はそのようなものだと誤解しているのかもしれない。そう考えると上の珍奇な記述もすべて合点がいく。 以上の植民地をめぐる記述の最大の問題は與那覇が「「日本の植民地経営が赤字か黒字か」が「植民地責任の有無を問う最大の論点」だと勘違いしている人」を揶揄しながらも、自らが「植民地責任の有無を問う最大の論点」を何だと考えているかを示さないことにある。ここで與那覇は「左右」から超然とした自己を演出するだけで、自らの意見を開陳しようとはしない。 ところが、最近のツイッターで與那覇は次のようにつぶやいた。 「ちょっち意外な反応が。「南京事件はあった」「植民地責任もあった」「移民受け入れに賛成」「外国人参政権も賛成」「憲法9条を守れ」って1つでも言うと最近は「左翼」らしいけど、拙著は全部入ってるし…w」「拙著」とは『中国化する日本』を指す。與那覇はこの本で「植民地責任もあった」と書いた、と主張しているが、実際にはこの本に「植民地責任もあった」と主張した箇所は無い。上に書いたようにそもそも論点すら明らかにしていない。 例えば、上の引用に続く箇所でも與那覇は次のように書くのみである。 「この田舎侍の発想で農地を分捕りにいっただけの植民地主義は、実はただのムダ」という点に戦前から気づいていた日本人こそ、かの石橋湛山です。彼の植民地放棄論(小日本主義)とは、単なるヒューマニストの気紛れではなくて、朝鮮への独立賦与を通じて日本の道徳的名声を高めることが、最後には世界市場での日本の国際的競争力を強めることにつながると判断した上での、現実的な戦略でした――日蓮宗の家に生まれ、大学ではプラグマティズムを専攻した生い立ちならではの、グローバリゼーションと「中国化」の親和性に立脚した政策提言といえるかもしれません(増田弘『石橋湛山』)。石橋湛山の「小日本主義」が植民地支配責任論ではないように、「植民地主義がただのムダ」であることを指摘することは、「植民地責任もあった」と主張することとは異なる。よって、上の自分は『中国化する日本』で「植民地責任もあった」と書いた、とする記述は虚偽のものであるといえる。むしろこの本の特徴は、侵略や植民地支配責任の問題を正面から論じることを徹底的に避けるところにある。 ところで、些細な記述ながら與那覇の「思想」を表すものとして興味深いのが、石橋の「小日本主義」が「朝鮮への独立賦与を通じて日本の道徳的名声を高めることが、最後には世界市場での日本の国際的競争力を強めることにつながると判断した上での、現実的な戦略でした」という主張である。 増田の著書を確認したが、少なくとも石橋が朝鮮への独立付与が日本の道徳的名声を高めると主張した、という記述は見当たらなかった。むしろ、石橋は、第一次世界大戦後の世界の趨勢は「門戸開放」へと向っており、日本が中国での利権に固執すれば英米諸国から非難を受け孤立する可能性が高い、と見ていた。実際には石橋は「満州国」建国後はこれを承認して「小日本主義」を放棄することになるのだが、少なくとも朝鮮独立付与=日本の道徳的名声向上、という主張をしたという記述は増田の著書からは確認できない。 むしろこれは與那覇の「思想」を表明したものといえる。実は、與那覇は後述する朝鮮人・台湾人の参政権「停止」に関する箇所で、「政治的な謝罪というのもまた、「やったら減るもの」じゃなくて、本来そのことによって何か(たとえば道徳的な名声)を得るためになされる一種のバーター」であると述べている。本来、植民地支配責任を承認するということは、当然ながら支配自体が誤りであったことを前提としている。よってかかる責任論に基づく朝鮮からの撤退あるいはそれに関連する弾圧的諸施策への謝罪は、マイナスをマイナスとして認める行為に過ぎない。しかし、ここで與那覇が開陳する「謝罪」観は、それによって「道徳的な名声」つまり何らかの利益を得ることを目的としている。 こうした「思想」を持つ人間は、「謝罪」がバーターになりえないと判断した場合には、絶対に謝らない。日本政府がまともに「謝罪」しようとしてこなかったのも、そう判断してきたからであり、また、90年代に細川内閣から村山内閣にかけて「お詫び」がなされたのも、それにより何らかの利益=「国益」が発生する、あるいはしなければ不利益が生じる、とみたからだ。しかし、それがどれほど被害を受けた人びとを愚弄するものとなり、いかなる結果を生みだしたかは、「国民基金」の顛末がよく示している。與那覇の「思想」はこうした「国益論的謝罪論」を忠実に再現したものといえる。與那覇が「植民地責任もあった」と書いた、という虚偽の主張をするのは、それこそ、「左派だと誤解される自分」アピールをする方が得になると判断した結果の浅知恵であろう。 (続) # by kscykscy | 2012-05-12 00:00
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