声明「日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する」を支持する

 明日12月28日、日韓外相会談が開かれる。詳述する余裕はないが、会談をめぐる報道は改めて日本社会の「慰安婦」問題認識の歪みを曝け出している。当事者たちを無視した水面下の交渉が是とされ、さらには「蒸し返し」を禁じることが獲得すべき外交的目標であるかのように語られる。恥ずかしげもなく「口封じ」を「解決」とみなす主張が横行している。結局のところ、1965年以来、この社会は何ら本質的には変化していないのである。

 ただ1965年よりも悪いといえるかもしれない。歪んだ「和解」観は日本政府が独力でつくりあげたわけではない。日本政府はこれまで度々日本軍「慰安婦」問題についての日本の責任を否定する発言を繰り返してきた。明らかに、問題を「蒸し返し」続けてきたのは日本政府である。にもかかわらず、日本式の問題解決案(国民基金)を受け容れなかったこと、少女像を設置し抗議したことがあたかも問題「解決」の障害であるかのような報道が、日本においては繰り返されている。

 そして、このような問題の捉え方は、大沼保昭、和田春樹をはじめとした国民基金推進派の諸氏が繰り返し日本の言論界に宣伝し続けてきたものである。言うまでもなく、朴裕河『和解のために』『帝国の慰安婦』は、そうした「和解」観の伝播に、極めて重要な役割を担った。「口封じ」を最終的な解決であると考える歪んだ「和解」観は、いわばこの間の日本の政界・言論界が挙国一致で作り上げてきたものといえよう。

 この問題に関連して、本日12月27日、韓国の「日本軍「慰安婦」研究会設立準備会」(*)が、下記の声明「日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する」を発表した。私は同準備会の声明を支持する。ぜひ多くの方々、とりわけ日本の人びとに下記の声明の熟読を願う。

 *同準備会は、朴裕河の起訴に抗議する声明への批判として声明「『帝国の慰安婦』事態に対する立場 」を発表した人びとを中心とした集まりである。

(鄭栄桓)

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日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する

 日韓国交正常化50周年である2015年の暮れに、日本軍「慰安婦」問題をめぐる日韓両国政府の慌ただしい動きがメディアの報道を埋め尽くしています。

 日本の安倍晋三総理が岸田文雄外相に訪韓を指示し、日韓両国は12月28日に外相会談を開催し協議することにしたと伝えられています。また、この背後には李丙琪青瓦台秘書室長と谷内正太郎国家安全保障局長による水面下の交渉があったといいます。

 すでに高齢である被害者たちが存命中に問題を解決することが最善であるという点については異議を差し挟む余地はありません。しかし時間を理由として早まった「談合」をするのならば、それは「最悪」になるでしょう。

 1990年代初めに日本軍「慰安婦」問題が本格的に提起されてからすでに四半世紀が過ぎました。この長い月日に渡って、被害者たちと、彼女たちの切なる訴えに共感する全世界の市民たちが問題解決のための方法を共に悩み、それによって明確な方向が定まってきました。「事実の認定、謝罪、賠償、真相究明、歴史教育、追慕事業、責任者処罰」がそれです。このことこそが、これまで四半世紀をかけて国際社会が議論を重ねてきた末に確立された「法的常識」です。

 日本軍「慰安婦」問題の「正義の解決」のために、日本政府は「日本の犯罪」であったという事実を認めなければなりません。この犯罪に対し国家的次元で謝罪し賠償しなければなりません。関連資料を余すところなく公開し、現在と未来の世代に歴史の教育をし、被害者たちのための追慕事業をしなければなりません。そして責任者を探し出し処罰しなければなりません。

 そうすることではじめて、日本の「法的責任」が終わることになるのです。

 私たちは日本軍「慰安婦」問題に対する韓国政府の公式的な立場が「日本政府に法的責任が残っている」というものであることを再び確認します。韓国政府は2005年8月26日「韓日会談文書公開後続対策関連民官共同委員会」の決定を通じ「日本軍慰安婦問題など、日本政府・軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為については請求権協定によって解決されたものと考えることはできず、日本政府の法的責任が残っている」という立場をはっきりと表明しました。

 また、これは2011年8月30日の憲法裁判所の決定と、2012年5月24日の大法院判決でも韓国政府の公式的な立場として重ねて確認されました。

 私たちは1995年に始まった日本の「女性のためのアジア平和国民基金」が失敗したことは「日本の責任」を曖昧な形でごまかそうとしたためであることをもう一度確認します。国民基金は日本国民から集めた募金で「償い金」を支給し、日本政府の資金で医療・福祉支援を行い、内閣総理大臣名義の「お詫びの手紙」を渡す事業でした。しかし日本政府が「道義的責任は負うが、法的責任は決して負えない」と何度も強調し、まさにその曖昧さのせいで多くの被害者たちから拒否されたのです。

 今、日韓両国政府がどのような議論をしているのかは明らかではありませんが、メディアによって報道されている内容は上述のような国際社会の法的常識と日本軍「慰安婦」問題の歴史はもちろん、韓国政府の公式的な立場とも明らかに相容れないものです。1995年の国民基金の水準さえも2015年の解決策とはなりえません。それ以下であるのならば、さらに言うまでもありません。何よりもそれはこれまでの四半世紀の間、「正義の解決」を訴えてきた被害者たちの願いをないがしろにするものです。

 今から50年前、日韓両国政府は「経済」と「安保」という現実の論理を打ち立て、過去清算問題に蓋をすることを「談合」しました。まさにそのために今も被害者たちは冷たい街頭で「正義の解決」を訴えざるをえなくなりました。50年前と同じ「談合」をまたしても繰り返すのであれば、これは日韓関係の歴史に大きな誤りをまたひとつ追加する不幸な事態になってしまうでしょう。

2015.12.27.
日本軍「慰安婦」研究会設立準備会


by kscykscy | 2015-12-27 00:00 | 日朝関係
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