朴裕河の「反論」を検証する――再論・『帝国の慰安婦』の「方法」について(6・終)

6.結び

 以上で朴裕河の「反論」をすべて検証した。私の「批判が誤読と曲解に満ちたものだった」という論難は誤っており、朴の「反論」は何ら反批判たりえていないことが証明されたのではないだろうか。

 朴裕河は「反論」の結びとして、「5.生産的な談論のために」と題して以下のように書いた。

「鄭栄桓はもはや徐京植や高橋哲哉すら批判する。高橋はリベラル知識人のなかでもとりわけ「反省的な」視角と態度を堅持してきた人物であり、徐京植と共同作業を数多くしてきた人物でもある。こうした者たちまで批判する鄭栄桓に最初の答弁で問うた言葉を再び問いたい。鄭栄桓の批判はどこを志向するのか?
 確かなことは、鄭栄桓の「方法」は日本社会を変化させるどころか、謝罪する心を持った者たちすら背を向けさせ、在日僑胞社会をより苦しくさせるだろうということだ。もちろん日本社会に問題がありもするが、それ以上に鄭栄桓の非難に「致命的な問題」があるからだ。その問題を私に対する批判の方式が証明している。存在しもしない意図を探しだすために貴重な時間を消耗するよりも、生産的な談論の生産に力を使って欲しいと願う。」

 私のような批判を野放しにしておくと、在日同胞社会が損をするぞ、その証拠に徐京植や高橋哲哉すら批判しているではないか、と読者に「忠告」しているわけだ。呆れた「反論」である。

 残念ながら、この結びにもあらわれているように朴の「反論」は『帝国の慰安婦』に輪をかけて質が低く、事実上反論をしていないに等しい。本論中でも指摘したように、私の論文からのまともな引用も出来ていないうえ、自らの著作すら理解しているか怪しい。その代わりに幼稚な揶揄(「歴史研究者である鄭栄桓がテキスト分析について文学研究者ほどの緊張がないのは仕方のないこと」云々)を投げつけ、論点をそらし(「こうした批判は、日本人男性の小説はその存在自体が日本に有利な存在であるかのように考える偏見が生み出したもの」云々)、「誤読と歪曲」をしていると批判者に責任を転嫁する。これは極めて異様なことである。

 私が朴裕河の「反論」に何より欠けていると思うのは、自らが発表した著作に対する責任意識である。私たちは何かを書くときには、常に何らかの意図と目的を持って調査するがゆえに、それを適切に表現できるか、読み手に伝わるかどうか苦悶しながら執筆し、公表する。そして公の場に示された著作は、もはや著者の意図を離れ、それ自体独立のテキストとして評価されざるをえない。それゆえテキストに即した批判に対しては、反論をする側も改めてテキストに即して説明するほかない。本当はこう書きたかったんだ、という「意図」を示したところで、テキストとは異なる内容であるならばそれは「反論」にはなりえない。人格を論じているのではなく、その著作を論じているのだから当然である。著者には公の場にテキストを公表した責任として、そこで書いたこと(「書こうとしたこと」ではない)への責任が生じると私は考える。

 今回の反論にもこうした責任意識の欠如がよくあらわれている。『帝国の慰安婦』では書いていないことを「要約」して示してみたり、明らかに書いていることを書いてないと「反論」してみたり、ディシプリンの違いに逃げ込んだりすることに、それはよく現れている。自らの著作を理解していないのである。だからこそ、批判に対して、批判者のスタイルや属性をまず問題視するような「反論」が書けるのだろう。自らの著作に愛着と責任を感じるのなら、絶対にこうした「反論」のスタイルは試みないと思うのだが、どうだろうか。

 最後に、以下の二段落の叙述については改めてその「根拠」を問い、抗議したい。

「鄭栄桓は同じ方法で私が「韓日合邦を肯定」したと書く。だが私は韓日合邦無効論に懐疑を示しながらも、「もちろん現在の日本政府が慰安婦問題をはじめとする植民地支配に対する責任を本当に感じるのであれば、そしてそれを敗戦以後国家が正式に表現したことが無かったという認識がもし日本政府に生じたならば、「法的」には終わった韓日協定だといっても、再考の余地はあるだろう。女性のためのアジア平和国民基金の国内外の混乱は、その再考が源泉的に排除された結果でもある」(『和解のために』235)と書いた。私は韓日合邦も韓日協定も「肯定」していない。

 私は慰安婦を作り出したのは、近代国民国家の男性主義、家父長主義、帝国主義の女性/民族/階級/売春差別意識であるため、日本はそうした近代国家のシステムの問題であったことを認識し、慰安婦に対し謝罪/補償をすることが正しいと書いた。にもかかわらず鄭栄桓は「朴裕河は韓日合邦を肯定し、1965年体制を守護しており、慰安婦のハルモニの個人請求権を認めない」というのである。私は「学者」によるこうした歪曲は犯罪レベルのものであると考える。」

 すでに指摘したが、私は朴が「韓日合邦を肯定」したなどとは書いていない。繰り返しになるが、引用符を引用でもない箇所で用いるべきではない。また、朴が併合条約を合法とし、慰安婦女性たちの請求権を認めないのは、『帝国の慰安婦』を一読すれば明らかである。日韓協定の再協商を否定し、協定の枠内での調停すら批判する朴の立場が「1965年体制」を「守護」するものと理解することも決して逸脱した解釈ではあるまい。にもかかわらず、「「学者」によるこうした歪曲は犯罪レベルのものであると考える」その根拠は何か。それがいかなる「犯罪」に該当するのか。朴裕河には回答する義務がある。なお、この点については『歴史批評』の編集委員会にも責任があると考えるため、再反論の掲載を求めるつもりである。

(鄭栄桓)

by kscykscy | 2015-10-07 00:01 | 歴史と人民の屑箱
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