「良心」ある人々の平和な国

 あの頃、「良心」ある人々はこう言っていた。確かに日本軍「慰安婦」制度が戦争犯罪であることを認め法的責任をとるのが最善だ、だけど日本は右派が強すぎる、村山政権の限界は国民基金なんだ、と。「良心」ある人々にはまだ、いまの日本が右翼と歴史修正主義者の楽園であるということを感じることができる程度の「心」は残っていた。

 もちろん、「心」ある人だということを元「慰安婦」の人々や支援者たちが知らないわけではなかったが、泣き落としは受け容れられなかった。無理な相談である。加害側の事情に合わせて原則を曲げよなどという提案を認められるはずなどなかった。

 すると「良心」ある人々は機嫌を損ねた。泣き落としをやめ、日本で国民基金にこぎつけるのがどれだけ大変だかわかっているのか、と恫喝しはじめた。「法的責任」なんて考えは古い「道義的責任」の方が崇高だ、受け容れない奴らはわかってない、と居直りもした。そもそも「償い金」はあなたがたの求める「補償」だった、という珍説を唱える「仲間」もあらわれた。

 そしてついに「良心」ある人々は怒り始めた。「和解」を拒否したから日本で「嫌韓派」が増えてしまったではないか、日本の右傾化の責任は「和解」を拒否した人々にある、と。順序は変わってしまった。日本は右派が強すぎるからこれで我慢してくれ、と言っていたことは忘れてしまったようだ。こうしてあの頃の日本は、右翼と歴史修正主義者の跋扈する変わりえない国から、「良心」ある人々のリベラルで平和な国になった。


by kscykscy | 2015-04-19 00:00
<< 岩波書店宛「要請書」の呼びかけ 朴裕河『和解のために』をめぐる... >>