岩波書店の就業規則改悪問題と在日朝鮮人への言論弾圧

 首都圏労働組合特設ブログにて、岩波書店の就業規則改定問題が取り上げられている。「会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき」には、「諭旨解雇または懲戒解雇」の対象とする、との就業規則改定が行われようとしているとのことである。

 岩波書店の「著者および関係取引先」は無数にのぼるのであるから、当該ブログにて金光翔氏が指摘するように、この改定案は社員に「何も発言するなと言うに等しい」ものであり、言論・表現の自由、政治的活動の自由を侵害するものといわざるをえない。また、下記のレイバーネットの記事で片山貴夫氏が指摘するように、岩波書店のように「右派ではなく「リベラル」として世間に思われている」出版社が「他に先駆けて秘密保護法と同じような就業規則改悪を導入することの社会的影響力」は、極めて大であろう。

*参考
岩波書店の就業規則改定案について
岩波書店に対して就業規則の改悪をやめるよう求める

 ただ、ここに岩波書店の就業規則改悪問題を取り上げるのは、問題が岩波書店の労働問題並びに日本の言論の自由に対する悪影響に留まらず在日朝鮮人の言論活動への弾圧としての側面を有しているからである。今般の岩波書店の就業規則改悪はこの間の金光翔氏の言論活動への封殺を意図したものと考えられる。上記の記事でも言及されているように、金氏はこの間、論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号、2007年11月)を皮切りに、右翼・国家主義者であり在日朝鮮人への弾圧を煽る佐藤優を他でもない岩波書店が積極的に起用することを批判し続けてきた。極めて重要な批判であり、私も多くを学んできた。

 だがこの結果、金氏は佐藤優や『週刊新潮』等の右派メディアからのみならず社内においても攻撃にさらされるに至った(末尾の共同声明及び金氏のブログを参照されたい)。岩波書店の「著者および関係取引先」への「誹謗」「中傷」を「諭旨解雇または懲戒解雇」をもって封殺せんとする就業規則改悪案は、こうした一連の金氏の言論活動への攻撃の一環と考えるのが自然であろう。あまりに露骨とすらいえる。金氏への攻撃並びに今般の就業規則改悪案は、一出版社の労働問題であるのみならず、勇気ある在日朝鮮人の言論活動への弾圧であり民族差別と考えるべき性質の問題と考え、とりわけ同胞諸氏に広く周知したく筆を執った次第である。改めて岩波書店に金氏の言論活動の侵害を即刻やめることを求めると同時に、就業規則改悪案への批判に賛同する。

 あわせてこれを期に「<佐藤優現象>批判」をはじめとする金光翔氏の諸論考を読まれることを多くの人々に強く勧めたい。近年の在特会や「ヘイトスピーチ」をめぐる言説をみるにつけ、金氏が「<佐藤優現象>批判」で指摘した護憲派の「国益」の論理、「戦後社会」肯定、反日ナショナリズム批判への再編という現象がいよいよ現実のものになったことを痛感させられると同時に、2007年の時点で先駆的にこうした現象を広い歴史的パースペクティブのもとに批判的に位置づけた慧眼に驚嘆せざるを得ない。ぜひ未読の方は論文「<佐藤優現象>批判」を読まれたい。また、ブログにて連載中の姜尚中論や在日朝鮮人の集団転向現象への批判などからも学ぶところが多い。この間私のブログでも取り上げてきた朴裕河の「和解」論についても、すでに2008年の段階でとりあげて下記の通り批判している。

「朴裕河が朝日新聞系のメディアを中心に、これほど持てはやされるのも、同じ流れの中にある。単に、朴が「韓国ナショナリズム」を批判している点だけではなく、朴が、日本は戦後一貫して(しかも政府レベルで!)、「戦前の日本との「切断」の意志があった」(強調は引用者。以下同じ))とし、「反省する戦後日本」を高く評価している点が、先の薬師寺のような、現在のリベラルの自尊心をくすぐっているのだと思われる。かくして、朴は言う。

「新しい日本を築こうとした人々、いわゆる「良心的知識人」と市民を生んだのもまた、ほかでもない戦後日本ではなかったか。そうである限り、そして彼らが少なからぬ影響力をもつ知識人であり、また市民の多数を占めていることが明らかである以上は、日本が戦後めざしてきた「新しい」日本は、ある程度達成されたとみるべきであろう。そしてそのような意味では、韓国における「反省なき日本」という大前提は再考されるべきである。」(朴裕河『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』平凡社、佐藤久訳、2006年11月、24~25頁)

私たちが目撃しているのは、恐らく、「90年代の問いかけ」をやり過ごした上で、再浮上した、「戦後社会」である。それは、戦前への批判を思いきり弱め、戦前の「健全な保守」及び「リベラル」を高く評価した上で、自らを戦前と「切断」した、「「新しい」日本」であると称し、「戦後民主主義」と自らを同じものだと主張して、「戦後民主主義」の名を借りることによって、自らを正当化するだろう。再浮上しているのは、一国主義的な限界はそのままで、「国益」中心主義的に再編された「戦後民主主義」である。そこには、「戦後民主主義」をバージョンアップさせるための契機、「戦後民主主義」を外に開いていく可能性は、あらかじめ摘み取られている。

こうした再浮上した、「戦後民主主義」と等置された「戦後社会」には、もちろん、それ自体の「象徴」を必要とするだろう。[中略]これからのリベラル・左派、すなわち、「戦後民主主義」と等置された「戦後社会」は、「「戦後的なもの」を肯定するナショナリズム」を「象徴」する天皇制とともに―― 一部の「戦後民主主義者」の天皇制批判等は忘却された形で――立ち現れるだろう。

これは、「象徴天皇制は「世論」で広く支持されているから、容認せざるを得ない」ということではない。「象徴天皇制」が、「戦後社会」を肯定するナショナリズムの象徴として、改めて選び直されているのである。」(「戦後社会」批判から「戦後社会」肯定へ――2005・2006年以降のリベラル・左派の変動・再編について」)

 「国益」中心主義的に再編された「戦後民主主義」及び「戦後社会」の肯定者として呼び出される朴裕河、という金氏の指摘は、なぜあれほどまでに杜撰な著書が「リベラル」の絶賛をもって迎え入れられるのかという問題を考えるうえで極めて重要な示唆を与えてくれる。極めて内向きであり、かつ偽史=歴史修正主義とでもいうべき「戦後民主主義」礼賛論を、そのままでよいのだと肯定してくれる〈韓国〉からの声が渇望されているからこそ、書物の質とは無関係に朴裕河礼賛論が流通するのであろう。幸いなことに論文「<佐藤優現象>批判」をはじめ金氏の諸論考はいずれもウェブ上で読むことができる。改めて各論考を熟読することを勧めたい。

*参考
金光翔「私にも話させて」
金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【上】
金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【中】
金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【下】

 なお、〈佐藤優現象〉と岩波書店の問題については、あわせて下記の共同声明を紹介しておく。現在も私の賛同の意志は変わらない。

「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」

 私たちは、昨今、『世界』『週刊金曜日』その他の「人権」や「平和」を標榜するメディア(以下「当該メディア」)が、右翼ないし国家主義の論調に対して歩み寄りを見せていることに深い憂慮と疑念を抱いています。それを象徴する現象が、「右翼」「国家主義者」を自称する佐藤優氏の積極起用です。

 私たちは、佐藤氏の積極起用が、縮小する一方の「論壇」の市場を回復しようとしてなのか、「脱冷戦」の意味を単に「左右の歩み寄り」と読み誤っているのか、その理由をはっきりとは知り得ません。しかし佐藤氏は、言論への暴力による威圧を容認し、イスラエルの侵略・抑圧行為や在日朝鮮人の民族団体への政治的弾圧を擁護する等の、決して許容できない発言を、数多くの雑誌・著作物で行っています。当該メディアが佐藤氏を積極的に誌面等で起用することは、人権や平和に対する脅威と言わざるを得ない佐藤氏の発言に対する読者の違和感、抵抗感を弱める効果をもつことは明らかです。私たちは、佐藤氏の起用が一体どのような思考からもたらされ、いかなる政治的効果を持ち得るかについて、当該メディアの関係者が見直し、起用を直ちにやめることを強く求めます。

 そうした問題を鋭く提起したのが、金光翔氏(岩波書店社員)の「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号、2007年11月)でした。ところがこの論文掲載をきっかけに、『週刊新潮』が金光翔氏を槍玉にあげる記事を公刊しました(2007年12月6日号掲載の記事「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」)。佐藤氏は、その記事のなかで、同論文を「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容」だなどと中傷しています。これは、市民の正当な言論活動を萎縮させかねない個人攻撃です。私たちは、これも<佐藤優現象>の一つだと考えます。それに対し、金光翔氏は『週刊新潮』と佐藤氏が名誉を毀損したとして提訴しました。私たちは『週刊新潮』の報道に強く抗議するとともに、現在の言論の状況に対して一石を投じたこの訴訟への注目と、金氏への支持を広く呼びかけるものです。

(鄭栄桓)


by kscykscy | 2015-03-19 00:00
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