「国民基金」の再来

 『聯合ニュース』の和田春樹へのインタビューに、次のようなやりとりがあった(強調は引用者)

――日本軍慰安婦に関する一般の日本人の認識はどんな状態だとみるか。
「ここにきてそれ(教育不足)が問題だ。(右翼性向の雑誌を指して)このようにいち早く週刊誌がこの問題を扱ったことは無かった。全体的に、韓国を嫌い朴大統領を憎むよう毎回朴槿恵大統領の写真を載せ、ああだこうだと攻撃している。こうした異常な状態になった。[中略]
――一般人の意識すら危険な状態になったということか。
「(右翼勢力が)そのようなキャンペーンをした一つ(の根拠)は、日本政府がアジア女性基金で謝罪し、贖罪しようと申請したのに韓国が拒絶したのが日本人としては痛いということだ。日本人はそうしたことをみな知っている。それで日本が謝罪をし、何かをしようとするとき、その成功は韓国人と日本人が互いに助け合わなければ可能ではない。日本がしようとすることがすべていいことではないから批判も必要だが、頭を下げてすまないと言おうとするときには、韓国人も日本を助けてくれねばならない。ベトナムと韓国の間にも問題があるではないか。同じことだ。これはやはり(日本が)謝罪をしなければ始まらない。

 せっかくアジア女性基金(以下、「国民基金」)をつくったのに韓国が拒否したから右翼が大量に跋扈することになった、今度日本が「何かをしようとするとき」、「韓国人も日本を助けてくれねばならない」と、和田は韓国に向かって呼びかけているのである。日本の右傾化をタテに韓国に「和解」の受け入れを迫るもので、脅しにも似た驚くべき発言といえる。ただこうした「物語」の流布は、日本軍「慰安婦」問題をめぐる「国民基金」型の「和解」モデルの再来に備えて、あらかじめ批判を無力化しておくための発言とも考えられる。

 こうした「和解」のねらいについて、最もあけすけに発言してきたのは、同じく「国民基金」を推進した大沼保昭であろう。最近、『朝日新聞』に掲載された「日本の愛国心」と題されたインタビュー(2014年4月16日付朝刊)でも、次のように語っている。

「集団的自衛権の行使について、朝日は反対、読売は賛成という論調に終始していますが、10年、50年後の日本の安全保障という共通の課題を両氏で議論してほしい。中国の軍事的暴走を抑止するため、短期的に見て日米安保体制の充実は確かに必要でしょう。しかしそれは日本が過去の戦争を反省していることを、中韓を含む世界の国々に分かってもらったうえでの話ではないか。靖国神社に参拝し、修正的な歴史観をぎらつかせながら集団的自衛権の行使を容認するのが、日本国民の安全保障に本当に資するのか。そういうことを論じ合うことが、批判合戦よりもずっと建設的ではないでしょうか」

 中韓との「和解」と「日米安保体制の充実」はセットというわけだ。大沼は「戦後日本は過去を反省し、世界の国々から高く評価される豊かで平和で安全な社会をつくり上げた。それを私たちの誇りとして描き出さず、戦前・戦中の日本に焦点を当てて、愛国か反省かの二者択一の極論を見せ続けた。その結果、いびつな愛国心が市民に広がった」とも述べており、日本のメディアが反省ばかり求めたから戦後日本への「誇り」を持てずに右傾化が進んだのだ、という認識を示している。いずれにしても、日本をなだめるためには戦後日本を認めてやることが必要だ、ということである。

 他方、中国の日本批判については「百年国恥の屈辱感の裏返しである現在の中国の攻撃的な路線が永久に続くわけではない。対立するより、諸国と共に中国の過剰な被害者意識をなだめ、卒業してもらう工夫を日本はするべき」とし、具体的には日本の「ソフトパワー」、すなわち「製造業やサービス業、医療のシステム、アニメやファッション、さらには秩序だった市民生活のルール」を使って「中国の懐に入り込み、ウインウインの関係をつくり出すべき」と説いている。ここまであからさまにパターナリスティックな姿勢を示されて受け容れる者がいるとは思えないが、大沼自身の中国認識は非常によく伝わってくる。

 和田と大沼はそれぞれ別の対象に向かって似たようなことを言っているのだが、こうした右傾化の原因を日本批判に求める言説は、昨年韓国で出版された朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘争』(根と葉っぱ、ソウル、2013年)にもみられる。

「90年代以降、日本と韓国の進歩が日本政府を信頼しなかったことも、自身と異なる思考を無条件「右傾化」の証拠とみようとした冷戦的思考によるものである。この間、日本も韓国も一貫して「日本の右傾化」を叫んできたが、以後の日本ではむしろ敗戦後最初の進歩政権がはじまり、こうした批判が必ずしも正しい批判ではなかったことが証明されもした。そしてそれから三年後に再び保守政権がはじまったことには、2011年8月の大統領の独島訪問をはじめ韓国との葛藤が影響を与えた面も無くはない。いわば韓日間の連帯は政治においても効果的ではなかった。むしろこの過程で進歩左派の連帯運動は結果的には20年前よりもより多くの慰安婦問題に反発する人びとを作り出した。慰安婦問題解決運動を通して「日本社会を改革」しようとする左派運動方式が決して効果的ではなかったことが証明されたわけである。」(305頁)

 日本と韓国の「進歩」が「国民基金」を提案した日本政府を信頼せずに「右傾化」とばかり批判し続けた結果、「慰安婦」問題に反発する人びとを大量に生み出したというわけだ。この『帝国の慰安婦』は前著の『和解のために』よりもさらに踏み込んだ叙述のオンパレードで、読んでいて驚かされることしきりである。例えば、ある元「慰安婦」が一人の日本兵のことを忘れられないと語った証言を引用した後に、次のような解釈を提示する。

「もちろんこうした記憶たちはどこまでも付随的な記憶であるほかない。仮に世話をされ、愛し、心を許した存在がいたとしても、慰安婦たちにとって慰安所とは抜け出したい場所であるほかないから。だとしても、そこでこういった愛と平和が可能であったことは事実であり、それは朝鮮人慰安婦と日本軍の関係が基本的には同志的な関係だったからである。問題は彼女たちにとっては大事だった記憶の痕跡を、彼女たち自身が「すべて捨て去」ったことである。「それを置いておけば問題になるかもしれない」という言葉は、そうした事実を隠蔽しようとしたのが、彼女たち自身であったことを示す言葉でもある。そしてわれわれは解放以後ずっと、そのように「記憶」を消去させて生きてきた」(67頁)

 これは決して例外的な記述ではなく、むしろ「同志的な関係」という言葉はこの本のキーワードの一つである。『帝国の慰安婦』の「後記」には「批判者たちは日本で私の本が高く評価されたこと(朝日新聞社が主催する「大佛次郎論壇賞」受賞)を指して日本が右傾化したためだと語り、私があたかも日本の右翼と似た主張をしたかのように扱った」(317頁)と自らが不当にも右翼扱いされたと、暗に徐京植や尹健次による批判を示唆しながら反発しているが、こうした記述を読むと「日本の右翼と似た主張」といわれても仕方がないだろう。この本は日本語に翻訳されるそうだ。「国民基金」の再来とあわせて、出版後にどういった「評価」がなされるのか、注視する必要がある。
  
(鄭栄桓)

by kscykscy | 2014-04-19 00:00 | 日朝関係
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