続・自民党憲法草案批判にみる「護憲派」の朝鮮侮蔑意識

 自民党憲法草案は確かに憲法改悪案である。だが「甲賀志」@hiroujinのいう「「公益及び公の秩序に反する」と判断されれば簡単に剥奪される。一体これはどこの北朝鮮の憲法なのだ? この憲法を制定させたら最後、日本国民一億人は全員、自民党の奴隷と化すのは確実だ」という感想には、底抜けのおめでたさと悪質さを感じる。

 「甲賀志」@hiroujinはこの憲法草案が通れば、「日本国民一億人は全員、自民党の奴隷と化す」と煽る。つまり、この憲法草案施行後と現憲法体制下の現状との間には著しい断絶があると見ているようだ。だが本当にそうだろうか。

 事態はむしろ逆である。実際に自民党憲法草案を読めばわかるが、草案に記されていることの大部分は、いずれもすでに日本で実現している。

 立法府は国旗・国歌法や元号法を成立させ、行政は現場でこれを強制し、司法はこれを追認している。自衛隊は現憲法体制下に一貫して存在し続け、個別的自衛権についても政府は否定していない。海外派兵も現実のものとなった。選挙権が日本国籍者以外に認められたこともない。天皇の元首化にしても、天皇外交は戦後日本外交の柱の一つだった。それどころか、韓国併合百年の際の和田春樹の天皇訪韓提案に見られるように、むしろリベラル・左派の側も天皇外交の違憲をいうどころか、それを積極的に政治利用しようとしてきたではないか。

 つまり、自民党憲法草案は、こうして戦後日本が営々と現憲法体制下で積み重ねてきた「現実」を基盤に、最終的に憲法そのものをその「現実」に合致させようとするものである。確かにこの憲法草案が通れば、現在わずかながら存在している、憲法を楯にした現状への異議申立すら困難になるだろう。しかし、それはこの憲法草案が提示する規範が、現在の日本社会とは全くかけ離れたものであることを意味しない。繰り返しになるが、自民党は自らが既成事実化してきた「現実」を、憲法に持ち込もうとしているだけなのである。

 私が自民党憲法草案を揶揄する護憲派に底抜けのおめでたさを感じるのはこのためだ。自民党憲法草案を批判するならば、それが基盤にしている現状を撃たねばならない。架空の「未来」にではなく、自民党憲法草案がなかば実現している現在にこそ、驚愕すべきなのだ。

 それを言うに事欠いて「自民党のいうとおりにすると北朝鮮や中国のようになる」というスローガンを掲げるなど、言語道断である。朝鮮・中国への侮蔑意識に訴えかけるこうした論法は、それと対比されるところの戦後日本への優越感・肯定感を満足させ、上に述べたような、本来「護憲派」を名乗るならば撃たねばならない現状の問題点を隠蔽する効果を生み出す。即刻取り消すべきだ。
by kscykscy | 2012-04-30 00:00 | 日朝関係
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