ANA国内線【PR】
「フクシマを歩いて 徐京植:私にとっての"3.11"」批判
 8月14日早朝にNHKで放映された「フクシマを歩いて 徐京植:私にとっての"3.11"」を観た。90年代以来の徐京植の批判的言論から多くを学んできたつもりの者として、とても正視に堪えなかった。以下に思いついたものを摘記しておきたい。

 第一にプリーモ・レーヴィの誤用について。徐はなぜ震災発生後に韓国に避難しなかったのかについて、次のように語る。

「私自身も韓国にいる友人から、大丈夫か、とか、あるいは一刻も早く韓国に逃げて来いというような連絡を受けました。だけどそうしなかった。そのことを私は、自分はなぜここを動かないんだろうということを考えたときに、繰り返し思い出したのはヨーロッパのユダヤ人、ナチスによるユダヤ人絶滅政策がひたひたと迫っているにもかかわらず〔中略〕なぜ動かなかったんだということを、わかるようでわからない問題だったんだけど、今回色々考えてみて、少しわかったような気がしました。

 ここで私が思い出すのはプリーモ・レーヴィという人で、イタリアのユダヤ人。アウシュヴィッツで1年近く強制労働を経験しましたが、辛うじて生き延びて、生還後は文学者になった人です。『アウシュヴィッツは終らない』という作品が彼の代表作です。日本でもよく読まれていますが、40年後、1987年に自殺されました。これは彼が自殺の前年に書いた自分自身の人生の経験を総括するような、エッセイ集です。ここにこういうことが出てきますね。「私たちにされる質問のなかでいつも必ず出てくるものがある。なぜあなたたちは逃げなかったのですか。」彼はそれは一つのステレオタイプであり歴史を時代錯誤的に見ることであるというふうにここで書いています。実際にはお金がないとか、ツテがないとかそういう人たちにとって国を出て行くということは簡単なことじゃないんだ、ということを書いた上でですね、こういうことを言っています。

「この村、この町、地方、国は私のものである。そこで生まれたのだし、祖先はそこに眠っている。そこの言葉を話すし、そこの習慣や文化を身につけている。おそらく自分もその文化に貢献している。税金を払っているし、そこの法律を守っている。」「そういうものであるだけに、まさに不安をかき立てるような推測はなかなか根付かないのである。極限状態が来るまで、ナチの信徒が家々に侵入してくるまで、兆候を無視し、危険に目をつぶり、都合のいい真実を作り出すやり方を続けていたのである」

 つまり、不安を感じないわけじゃないんだけども、様々な人間をからめとっている網の目、その人間が簡単には抜くことのできない根というものがあるがゆえにですね、危険な兆候をできるだけ軽くみようとしたりですね、気休めの都合のいい「真実」を作り上げてすがろうとする。そういう心理をプリーモ・レーヴィはここで語っているんですね。これは前から読んでいたんですけど、ああこういう心理なのか、ということをそのときに思い当たったような気がしました。

 私が日本に留まったのは、楽観していたわけではなく、諦めていたわけではなく、自分自身が日本という社会にからめとられているという現実をですね、普段そんなに気がつかないことを突きつけられたという、そういう意味ですね。逆にいうと祖父の場合に根こぎにされて日本に来たんだけど、それから三世代のうちに、私はこの社会の網にからめとられて、この社会に根を下ろすことになっている、と。半ばでも。ということです。

 具体的にいうと、例えば職業。収入ということだけじゃなくて、人間は自分が属している会社とか、私の場合は教員ですが、そういう社会組織と無縁に生きていけるだろうか。ということですね。外国人であるか、日本国民であるかにかかわらず、日本社会にその人の生活の根があるということです。それを破壊するということがどれくらい暴力的なことか、ということですね。」


 語りであることを差し引いても、この文章は論理的に破綻している。
 
 そもそも徐は、韓国に逃げなかったことを単純な都合の問題として片付けない(それでは徐京植という「人格」に過度に依存したこの番組は成立しない)。そこでプリーモ・レーヴィが持ち出されるわけだが、引用された文章でレーヴィが批判しているのは虐殺前夜のユダヤ人たちの「都合のいい真実を作り出すやり方」である。ここでレーヴィは、法を守り税を納め「文化に貢献している」と考えたがために、逃げ遅れ、虐殺された者のある種の慢心を抉ることを通じて、残された者たちに「警告」を発しているといえる。

  そして、文面上明らかなように、徐は、自らが韓国に逃げなかった心理としてレーヴィのいう「都合のいい真実を作り出すやり方」があったことを認める。だから、今度こそ過ちを繰返さないよう、レーヴィを長年読んできた者として、いま私は韓国に避難しています、という話ならば容易に理解できる。しかし徐の話はそうではない。徐は突如、「生活の根」を破壊することがどれくらい暴力的か、という一般論へと飛躍する。それはそうだろう。だがそれではなぜレーヴィを引用したのか?

 そもそも、今回の原発事故と避難の問題を考える際に、レーヴィを持ち出すこと自体が的外れに思えてならない。ナチスのユダヤ人虐殺は明らかに政策的になされたものである。逆にいえば、誰が殺されるかはナチスの判断に依存していた。だからこそ、ユダヤ人の一部に、法を守り税を納め「文化に貢献している」ユダヤ人を、よもや「ナチスの信徒」が殺すことはあるまいという慢心が生まれた、というレーヴィの記述は警告としての意味を持つのである。

  しかし、原発事故で問題となっているのは放射性物質である。在日朝鮮人が法を守り税を納め「文化に貢献」していようと、無関係に放射性物質の被害を蒙りうることは、子どもでもわかる事実である。仮にナチスのユダヤ人虐殺にあたるものを、日本政府の原発事故の実態隠蔽を指すとしても、同様である。まさか徐は、自らが日本の「文化に貢献している」から、放射性物質の危険から免れうると慢心し、韓国への避難を差し控えたわけではあるまい。

 徐は結局、「私はこの社会の網にからめとられて、この社会に根を下ろすことになっている」、だから韓国に避難しなかった、と言っているにすぎない。それを正反対のレーヴィの警告を誤用して粉飾しているのである。これはレーヴィの「遺言」を愚弄するものではないか。

 次に、「植民地主義」の語の濫用について。徐は朝鮮人が強制連行されていた高玉金山の前で次のように語る。

「大きく言って二つのことを今感じていますね。今現在、この場所にですね、在日朝鮮人を含む外国人たちが生活しているわけですね。放射能被害は国籍・民族を超えて遍く人々に被害を及ぼすという意味でね、日本人が被害を受けているというふうに語るということはですね、現実とも歴史とも反している。そのことを歴史を振り返って知る必要があるということがひとつ。

そしてもう一つはここへ来てとてもその感じを深くしましたが、近代国家の基幹産業にですね、ここは金山ですけど、炭坑とエネルギー部門もですね、基幹産業がいわば植民地主義的な労働システムに支えられているということです。つまり、より窮乏化した場所で人間をかり集めてきて、そして連れてきてですね、幾層もの下請け構造のなかで労働を強いると。そういう仕組みですね。

そしてそういうことが実は現在の原発で行われているということです。原発労働者ということを見てみますとね、その方々は放射能被害という最も危険な労働に従事するんですけれども、それによって支えられるエネルギー部門というものが日本近代国家を作ってきたとしたら、45年以降それは引き続き現在まで続いていてですね、しかも60年代になっていわゆるエネルギー政策が石炭から他のものにシフトすると。それで60年代の半ばくらいから原発が建てられていくという形でですね、継続していると。」


 ここで徐は、朝鮮人の戦時強制連行・強制労働の問題を、「植民地主義的な」という不用意な比喩でもって、近代一般の労働システムの問題へと矮小化している。確かに朝鮮人強制連行によって支えられた金採掘は植民地主義によるものといえる。しかし、徐はここで朝鮮人の労働の問題へと問題を限定していない。貧困層・貧困地域の日本人が下請け構造のなかで戦前・戦後のエネルギー部門を支えたことをも含めて、「植民地主義的な労働システム」と呼んでいる。少なくともそう解釈しうる余地は極めて大きい。

 だが、貧困層の日本人が幾重もの下請け構造のなかで原発労働を強いられるのは「植民地主義」だろうか?私が徐のこの語りを聞きながら思い出したのは西川長夫の「植民地主義」論である。西川は『〈新〉植民地主義論』のなかで、「国民は広大な『最初の植民地』」と規定し、全ての国民国家形成のうちに「植民地化」がはらまれていると主張し、それを「植民地主義」と呼んでいる。小森陽一も「自己植民地化」なる意味不明な用語を作り出して似たようなことを言っているが、この定式によれば、事実上「植民地化」は「国民化」と同義語となる。実際、西川は「戦後日本」も「植民地」であったし、大学も「植民地主義」の再生産装置であると述べている。西川は「民族自決」をひどく嫌っており、実は非常にたちの悪い反・反植民地主義者なのだが、徐の上の語りは、こうした西川=小森流の「植民地」概念の極端な拡張とほとんど変わるところがない。

 こうした「植民地主義」の濫用は、徐の不用意によるものだろうか。そうであると信じたい気持もあるが、おそらくそうではないと思う。朝鮮学校や金山への言及も、「日本による朝鮮支配と原発災害」という問題に迫るためというよりは、危険地域に残って除草し続ける日本人男性や、どう考えても身勝手としか思えない理由で家族を放射能汚染地域に留めている元大学教授と同じく、徐のいう「根こぎ」(あるいは「安楽全体主義」)なるものの一エピソードを提供するための事例として登場するにすぎない。もはやそこには植民地支配の歴史に対する緊張感はみじんも感じられない。

 この番組を観て、私と同じく失望した者は少なくないのではないかと思ったが、ネット上の感想のほとんどが好意的評価のようだ。一体どう観賞すればこの番組から何かを学ぶことができるのか甚だ疑問である。むしろ徐が番組内の冗漫な独白で説いている事柄は、いずれも彼自身が90年代に強く批判していた言説そのものではないか。結局、文筆家・徐京植に真の「読者」などいなかったということだろうか。
by kscykscy | 2011-09-05 18:17 | 「福島=植民地」論批判
<< 在外国民選挙と韓国籍在日朝鮮人... 在外国民選挙と韓国籍在日朝鮮人... >>