「『無償化』適用=植民地支配への反省」なのか――朝鮮学校と高校「無償化」問題⑨

 共産党の山下芳生参議院議員のブログに、朝鮮学校「無償化」をめぐる参議院決算委員会における川端文科相、千葉法務相とのやりとりが掲載されている。(「川端文科相、千葉法務相に歴史問題、朝鮮学校無償化問題を質問」

 以前の『朝日』の件もそうだが、朝鮮学校を高校「無償化」に入れろと主張している側に文句を言うのは何ともやりきれない。ただ、あまりにもなってないのだ。人権感覚というと陳腐な言い方かもしれないが、ものを考える姿勢がなってないのである。

 ブログの記事には次のようにある。
「そのうえで、鳩山首相が昨年10月の日韓首脳会談後の記者会見で「新政権は、歴史をまっすぐ正しく見つめる勇気を持った政権」と述べたことを取り上げて、「朝鮮学校の無償化は、植民地支配の反省に立ち、将来にわたり隣国との友好関係を築く上でも重要な政策となるのではないか」と〔山下議員が:引用者注〕質問。

 川端文科相は、「拉致問題を抱えている国の関与する学校に出していいのかという論も、逆に、戦前、植民地時代を含めていろいろ日韓、朝鮮半島間にはあったからという、いずれの外交的観点も一切排して、純粋に、高校の課程に類するものに学んでいるかどうかを判断する立場だ」と答弁。拉致問題は判断の基準にしないと担当相が明言したのは重要です。」
 一体この人は何を言っているのか。「朝鮮学校の無償化は、植民地支配の反省に立ち、将来にわたり隣国との友好関係を築く上でも重要な政策となるのではないか」とはあまりに頓珍漢な質問ではないか。そもそも朝鮮学校を「無償化」から排除した3月の施策は明らかな差別なのだ。仮に夏以降に「無償化」適用となったからといって、民社国連立政権が朝鮮学校「無償化」排除という差別政策を採ったという事実は消えない。ましてや排除撤回はマイナスがゼロに戻っただけのことだ(4月から適用までに支給されなかった分が遡及的に支給されないならばゼロに戻ってすらいない)。それは「植民地支配の反省に立ち、将来にわたり隣国との友好関係を築く上でも重要な政策」でもなんでもない。差別をやめたらそれが「植民地支配の反省」ということなのか?

 もし山下のいうように「無償化」適用が「植民地支配の反省に立ち、将来にわたり隣国との友好関係を築く上でも重要な政策」と評価されるならば、日本政府としてはむしろもっと在日朝鮮人を差別し弾圧したほうがよいということになる。そうやって最初に基準を下げられるだけ下げておけば、その後のちょっとした譲歩が日本政府の「反省」を示す好材料としていきてくるからだ。山下は自らの不用意な発言がそういう土壌を準備していることをわかっているのだろうか。

 ブログの末尾に出てくる「朝鮮籍というのは、北朝鮮国籍とは違うということを皆にわかってほしい」という朝鮮学校生徒の母の声というものも、それ自体は本当に言ったのだろうが、こういう「声」を嬉々として使うのを見ると、何とも暗澹たる気持ちになる。散々これまでも書いたのでもう繰り返さないが、朝鮮民主主義人民共和国の国民は日本で民族教育を受けてはいけないのだろうか。いいに決まっているだろう。
by kscykscy | 2010-05-19 13:50 | 朝鮮学校「無償化」排除問題
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