「在日朝鮮人に北朝鮮国民は一人もいない」のか――共産党の在日朝鮮人認識の問題

 朝鮮学校の高校「無償化」排除に関連して、2010年3月27日付『赤旗』は、山下芳夫参議院議員が「中井洽拉致問題担当相の『(朝鮮学校の生徒は)北朝鮮の国民だ」とする認識は誤りだと批判』した」と報じた(『赤旗』3月27日付web版)。これは3月26日の参院拉致問題特別委員会でのやりとりを報じたものである。記事の限りでは山下の中井批判は在日朝鮮人の国籍についての極めて不正確な理解を基にしているように読める。今回当日(3月26日)の記録が国会会議録にアップされたようなので、仔細に山下―中井のやりとりを検討したが、やはり『赤旗』の報道どおりであった。山下の議論は事実認識のレベルでも誤りがある上、あるいは今後の日朝交渉にまで波及するおそれすらあるため、この場を借りてその問題点を指摘しておきたい。

 国会会議録より抜粋した3月26日の参議院「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」における山下参議院議員と中井拉致問題担当大臣のやりとりは以下の通りである。
「○山下芳生君 そうすると中井大臣は、朝鮮学校の生徒あるいは教職員は北朝鮮の国民であるから無償化は十分考えてやってほしい、これはどうなんだろうと川端文科大臣に申し入れたということになります。〔中略〕

○国務大臣(中井洽君) 北朝鮮の学校は朝鮮総連の組織下にあります。そして、教職員の給料等はすべて朝鮮総連から賄われているんだと私は認識しております。また、学校の先生そのものは朝鮮総連の幹部の方々だと、このようにも私は認識をいたしております。また、数十年にわたって北朝鮮から多額のお金が送られて運営されている学校でございます。もとより、父兄の方々もお金はお払いになっているでしょう。そして、その中で教育されている中身は、日本の憲法でもなければ何でもないんではないですかと、全く北朝鮮人としての教育がなされている。  これはこれで、僕はやめておけとも一回も言ったことはありません。存続するなとも言っておりません。自分たちのお金で自分たちの民族の学校をおやりになる。私は小さいときからそういうことを認識してまいりました。
 しかし、そこへ今回、新たに学校への補助金として今回の無償化のお金が日本の税金から行くということについてはいかがなものかと申し上げているわけでございます。
〔中略〕

○山下芳生君 今確認いたしました、はいとおっしゃった。
 そうすると、法務省に確認します。朝鮮学校の生徒、教職員は北朝鮮の国民ですか。

○政府参考人(田内正宏君) 外国人登録上、国籍欄に朝鮮という記載をすることがございます。これは、韓国が国籍として認められなかった時代からの歴史的経緯等によりまして、朝鮮半島出身者を示すものとして用いているものであります。
 したがいまして、朝鮮の記載は、何らの国籍を表示するものではなく、もとより、いわゆる北朝鮮あるいは北朝鮮籍を意味するものでもございません。他方、韓国という記載もございますが、これは韓国の国籍を表示するものとして用いております。

○山下芳生君 今の答弁ではっきりしたと思います。日本にいる永住外国人の中に北朝鮮を国籍とする者は一人もいないんですよ。ということは、朝鮮学校の生徒にも教職員にも北朝鮮を国籍とする者、すなわち北朝鮮の国民などいないんですね。これは事実なんですよ。(発言する者あり)これ大臣、いや、ちょっと待ってください、質問しているんですから。
 川端大臣に申し入れたときの大臣の認識、朝鮮学校の云々かんぬんは北朝鮮の国民であるからと、この認識はその時点で間違っていたと、お認めになりますね。

○国務大臣(中井洽君) じゃ、国民じゃないですか。あなたは朝鮮総連の方は北朝鮮の国民じゃないとおっしゃるが……

○山下芳生君 国民じゃないですよ。
〔中略〕
 じゃ、法務省、確認します。朝鮮総連の方々は北朝鮮の国籍を持っている方ですか。

○政府参考人(田内正宏君) 外国人登録上我が国は北朝鮮を国家承認しておらないところから、北朝鮮という国籍を外国人登録では使っていないということでございます。

○山下芳生君 だから、そうなんですよ。それを大臣は北朝鮮の国民とおっしゃったんだから、北朝鮮の国民はいないんですよ。(発言する者あり)いやいや、中井さん、そうじゃないの。じゃ、これは……

○国務大臣(中井洽君) それは朝鮮人民共和国の方へ聞いてくださいよ。そうしたら日本にいる朝鮮総連の人や大半の朝鮮人学校におられる方は我が国の人民であると言うに決まっておるじゃないですか。日本に問い掛けてどうするんですか。もう法務省なんかいつでもこんな答弁ばっかりするんですよ。北朝鮮へ聞いたら、絶対自分の国の国民だと言うじゃないですか、我が同胞と言っているじゃないですか、違うんですか。これがれっきとした国民じゃないですか。僕はそれ悪いと言っていませんよ、何にも迫害しろとも言っていませんよ。ただ、北朝鮮に対しては制裁加えておるんだからと申し上げています。

○山下芳生君 私は、日本にいらっしゃる朝鮮総連の方であれ、どんな外国人の方であれ、北朝鮮の籍を持っている人は一人もいないと、これは事実なんですよね。国交ないんですから、(発言する者あり)そう、国交ないんですから、ないんですよ。ないのに、大臣の認識は、あたかも朝鮮学校に行っている子供たちが北朝鮮の子供だということを、こう言っているから、これは事実と違うでしょうと。(発言する者あり)じゃ、聞いたの、そんなことを。今のはできないでしょう。できないのにそんなことを言っていいんですか。

○国務大臣(中井洽君) 私の認識の方がはるかに進んでいるのかなと思っていますが。国籍があろうとなかろうと、日本におられて、向こうのお国の方、当然向こうのお国の方じゃないでしょうか。日本人でもないんですし、韓国籍でもないんだし、台湾籍でもないんだろうし。当然、向こうの国から見て、僕はそれでいいんだと思っていますよ。そして、日本に特別永住という格別の資格を持ってお住まいになって生活を営んでいらっしゃる。僕は、この認識、何にも変わりません。

○山下芳生君 もう終わりますけれども、なぜ北朝鮮籍の方がいないのか。今朝鮮という登録はあります。韓国という登録もある。これはやっぱり、戦前の一九一〇年の日韓併合、朝鮮併合からずっとこういう歴史的経過があって、そして植民地支配が終わった後、朝鮮籍というものにしたけれども、朝鮮戦争が起こって、帰るところがなくなって、朝鮮という国なくなったから、朝鮮籍というのはありますけれども、それは北朝鮮籍とは違うわけですよね。
 だから、中井大臣、北朝鮮の国籍持った人は一人もいないんです。その誤った認識に基づいて文部科学大臣に申し入れるようなことは、私は撤回すべきだと主張して、終わります。時間が参りました。」

 このやりとりを見て、極右的かつ頑迷固陋な中井を山下が追い詰めていると考え、溜飲が下がる思いをする人もいるかもしれない。だが、ここで中井を問い詰める山下の論法には、到底看過し得ない論理の飛躍がある。山下の議論の厄介な点は、その全てが誤っているわけではなく、一部正しい認識を基に一挙に誤った事実認識へと跳躍する点にある。しかもその跳躍の仕方は現在の日本における在日朝鮮人をめぐるイデオロギー状況に即応する面があり、そうした点で俗耳に入り易いレトリックともなっているため、非常に厄介なのである。

 結論を先回りしていえば、山下の議論の最大の問題点は、「朝鮮籍≠朝鮮民主主義人民共和国国籍」という理解を前提に、一挙に「朝鮮籍在日朝鮮人≠朝鮮民主主義人民共和国国民」という結論を導き出し、その図式をもとに中井を批判しているところにある。

 そもそも、冒頭の山下と田内正宏入管局長のやりとり自体、すでにちぐはぐなのである。山下の「朝鮮学校の生徒、教職員は北朝鮮の国民ですか」との質問に対し、田内入管局長は朝鮮籍は「北朝鮮籍」を意味するものではない、と答えている。少し考えてみればわかることだが、これは質問に対する答えになっていない。山下は朝鮮学校の生徒・教職員が朝鮮民主主義人民共和国の国民かどうかを聞いているのであって、厳密にいえば朝鮮籍が朝鮮民主主義人民共和国国籍を意味するかを聞いているわけではないからである。おそらく法務省的に「正しい」官僚答弁は「それについては朝鮮民主主義人民共和国国籍法の規定による。だが朝鮮民主主義人民共和国については国家承認していないため、在日朝鮮人の共和国国民については確認できない、よって朝鮮学校生徒・教職員の国籍の帰属についても確認できない」というもののはずである(この論法自体の問題点は後述する)。だが、田内は外国人登録上の「朝鮮籍」について答えた。この時点ですでにやりとりはかみ合っていない。

 確かに、外国人登録法上の「朝鮮籍」がただちに朝鮮民主主義人民共和国国籍を意味するわけではない。この点は田内のいうとおりである。だがなぜそういえるかというと、そもそも外国人の国籍を日本法によって一義的に規定することが法理上不可能だからである。外国人たる在日朝鮮人の国籍については、朝鮮民主主義人民共和国国籍法、あるいは大韓民国国籍法の規定による。よって、「朝鮮籍」がただちに朝鮮民主主義人民共和国国籍を意味するわけではないが、だからといって在日朝鮮人に朝鮮民主主義人民共和国国籍を有するものがいない、ということにもならない。朝鮮民主主義人民共和国国籍を有する朝鮮籍者もいるだろうし、そうではない朝鮮籍者もいる。少なくとも形式論理的にはそうなる。だが田内はこの点について朝鮮籍≠朝鮮民主主義人民共和国国籍という「事実」だけを述べて、はぐらかした。はぐらかしたのはおそらく法務省がそれは朝鮮民主主義人民共和国国籍法によるということを言いたくないからだと思われるのだが、田内のはぐらかしをうけて、山下は一挙に「朝鮮籍在日朝鮮人≠朝鮮民主主義人民共和国国民」という、実は田内の答弁と(表面上は)無関係な主張を展開していったのである。

 皮肉なことだがこれに対する中井の「それは朝鮮人民共和国の方へ聞いてくださいよ」という答弁は、正式国名を間違えている点と、政府見解に責任を負う閣僚の一員であるという点を除けば、少なくとも山下よりは幾分ましである。確かに在日朝鮮人の国籍については「朝鮮に聞いてください」というのが正しい答えなのである。だが、これは橋下府知事に言及した際にも記したことだが、そもそも日本が朝鮮民主主義人民共和国の国籍を承認していないにもかかわらず、他方で弾圧のときだけは恣意的に「北朝鮮国民(国籍)」なるものをひねり出し、社会的な憎悪の対象として名指すのはダブルスタンダードである(「橋下発言と世界「提言」、そして在日朝鮮人の「責任」)参照)。そして、中井の答弁は、これまで必要に応じて「北朝鮮国民」をいるといったり、いないと言ったりしてきた日本政府のご都合主義的な方便を継承するものであり、独立後半世紀以上が経過しているにもかかわらず、傲慢にも朝鮮民族の国籍を日本政府が恣意的に操作しうるものとみなしている点で、朝鮮民族を愚弄するものである。

 だが、だからといって山下の主張が肯定されるわけでもない。山下の議論の第一の問題点は、戦後に日本法務省が保守系政党政権下で営々と築いてきた在日朝鮮人の朝鮮民主主義人民共和国国籍に関する欺瞞的な方便を、忠実になぞっている点にある。

 山下は「北朝鮮の籍を持っている人は一人もいないと、これは事実なんですよね。国交ないんですから」と述べている。前段が誤っていることはすでに述べたが、さらに付け加えると、朝鮮民主主義人民共和国は国籍法以下、事務手続を含めて在日朝鮮人の国籍確認及び旅券取得の手続を定めているが、日本政府はそれを認めないことを選択している。その際、田内入管局長の答弁にもあるように、政府はそれを国交が無い(国家承認していない)せいだと合理化しており、山下もまた国交がないから朝鮮民主主義人民共和国国籍者は「一人もいない」と完全に受容してしまっている。

 だがこれは端的に言ってウソである。国籍の承認は常に国家承認の後でなければいけないわけではない。実際、大韓民国国籍法は日韓協定の調印・発行以前に承認されていたし、事務取扱上はそれよりはるかに以前から韓国発行の国籍証明書の証明機能を日本政府は認めていたのである。つまり、国交が無いから必然的に国籍も認められないのではなく、日本政府は技術的には可能である(そもそも日本政府は1994年の朝鮮民主主義人民共和国の国連加盟に賛成票を投じているのだから、それを理由に国籍を先行承認することだって可能なのだ)にもかかわらず、朝鮮民主主義人民共和国国籍を承認することを主体的に拒否しているのである。それは不可抗力ではなく、一つの選択の結果である。この選択について日本政府は責任を負っており、共産党はこれを追及しうる立場にいるにもかかわらず、むしろ山下はこのすり替えに乗っかってしまっているのである。

 過去であれば、例えば1970-72年をピークとする日韓協定後の国会の論戦において、共産党や社会党は繰り返し政府が韓国の国籍証明書のみ認めて朝鮮民主主義人民共和国のそれを承認しない姿勢を取っていることを批判していた。だが2010年に至ってはもはや共産党は政府見解の矛盾を突くのではなく、むしろ政府見解の上に立って中井を批判するようになっている。むろん中井は批判されてしかるべきだが、問題はそれを在日朝鮮人の朝鮮民主主義人民共和国国籍、ひいては朝鮮民主主義人民共和国の国籍証明機能そのものの否定という従来の政府見解の上に立って山下がそれを行なったことにある。どの時点で共産党の立場が変わったのか調べてはいないが、少なくとも70年代と比べて大きくその立場を変えたことは明白である。

 第二の問題点としては、こうした山下の論法がこのブログで取扱ってきた『朝日新聞』の外国人参政権からの朝鮮籍排除や高校「無償化」からの朝鮮学校排除を批判する論法に代表される、現代日本における政府批判の弱さ(というよりも卑劣さ)と軌を一にしていることが挙げられる。先に俗耳に入り易いといったのはこの点を差している。すなわち、朝鮮籍は「北朝鮮籍」ではない、朝鮮学校は「北朝鮮」とは関係ない、だから排除するのはおかしい、という論法と同様、国会議員や日本社会の朝鮮民主主義人民共和国に対する排外的感情そのものの問題点を問うことなしに、在日朝鮮人はあくまで朝鮮民主主義人民共和国とは無関係な「良民」であると表象することによって排外的感情におもねりながら自らの批判的ポーズを占めそうとする点で、深刻な問題を抱えているのである。政府への批判勢力がこうした姿勢を維持する限り、日本国家の排外的性格は絶対に是正されない(これについては「筑紫哲也の反テロ戦争的「情」について」を参照)。

 そして、第三の(そして影響力の点ではおそらく最大の)問題点は日朝交渉への影響である。今後日朝交渉が再開された場合、こうした山下の論法は深刻な問題を引き起こす。朝鮮民主主義人民共和国は1950年代以来一貫して在日朝鮮人への迫害について日本政府に対しその是正を要請しているが、山下や『朝日』的な在日朝鮮人「擁護」論は、むしろこうした迫害への批判の権利を朝鮮民主主義人民共和国に認めない方向へ向って作用する可能性があるからだ。前回の記事で1991年入管特例法制定時、今後の日朝交渉で在日朝鮮人の法的地位について朝鮮民主主義人民共和国に容喙させないために法務省は一挙に「韓国・朝鮮」籍を特例法にまとめた可能性があるとの金敬得の指摘を紹介した(「戦後日本政府の在日朝鮮人「政策」と強制連行問題」)。こうした法務省の立場からすれば、山下や『朝日』のような「擁護」論は非常に好ましいはずである。在日朝鮮人の権利問題について朝鮮民主主義人民共和国が言及する芽を、政府批判の側が自ら否定してくれるのであるから、日朝交渉は植民地支配に起因する在日朝鮮人の地位改善の問題などを抜きにして、限定的な「経済協力」や「安全保障」の問題に狭めることができるからである。

 このように、在日朝鮮人を弾圧すればするほど、非政府勢力の側が進んで転向するのだから、政府としては在日朝鮮人を弾圧しない手はない。まことに日本恐るべしである。
by kscykscy | 2010-04-30 12:12 | 朝鮮学校「無償化」排除問題
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