鳩山「国交」発言にみる狎れあいの構図――朝鮮学校と高校「無償化」問題④

 鳩山首相がおそろしく不用意な発言をした。鳩山は26日夜の記者会見で「国交がないから、教科内容を調べようがない。国交のある国を優先するのは無理のない話だ」と話していたが(時事ドットコム、2月26日付)、これは重大な発言である。高校「無償化」から朝鮮学校が排除される理由が「国交がないから、教科内容を調べようがない」ことなら、同じく「国交がない」中華民国系の中華学校も、同様に排除されることになるからだ。だが、断言してもよいが、この鳩山発言は早晩修正されるだろう。「国交がない」ことで外国人学校を区切ってしまっては大学入学資格の排除基準と齟齬が生じることになり、文科省から注文がつくことは必至だからである。早ければ明日27日にでも修正するかもしれない。修正後の排除基準はすでに文科省内で検討されている伝えられている「授業内容と本国の教育課程が日本の学習指導要領におおむね合致していると確認できること」に近いものになるはずである。つまり「公的確認」の論理である。

 しかも鳩山は言ったそばから墓穴を掘っている。鳩山は朝鮮学校排除と拉致問題との関連を否定したそうだが、すでに記したように、「公的確認」の論理は9.17後、拉致問題がイシュー化されるなかで大学受験資格から朝鮮学校を排除するために文科省が作り出した理屈である。多くの報道は拉致問題を理由に排除することと、教育制度上の理由によって排除することが別のことであるかのように歪めて伝えているが(上記の時事ドットコムなど)、繰り返しになるが、「公的確認」の論理自体が拉致問題を契機に作られたものなのである。逆に言えば、拉致問題を直接的理由として朝鮮学校を排除するような省令を作るほうがよっぽど難しいのである。メディアは拉致問題を理由に排除することと、教育制度上の理由によって排除することを対比的に描くことによって、むしろ鳩山政権に加担しているとさえいえる。

 より腹立たしいのは、鳩山がするであろう「国交」から「公的確認」への修正が、特に説明もなく、しれっとなされるだろうことが眼に見えていることである。そこで、なぜ26日夜の時点では「国交がないから」といっていたのを、別の基準に修正したのかと突っ込む記者は、皆無であろう。政府のみならず、報道機関もまた、所詮は政府のいうことは朝鮮学校を排除するための方便にすぎないことを熟知しており、あからさまな方便をただし、疑おうとする一片の良識も持っていないことは明らかだ。朝鮮学校排除のために「知恵を絞れ」とアジった『産経』は確かに下劣であるが、実際に政府が「知恵を絞る」姿を無批判に垂れ流す他の報道機関も、同様に下劣である。こういうのを「狎れあい」というのだ。
by kscykscy | 2010-02-27 02:00 | 朝鮮学校「無償化」排除問題
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