外国人労働者を挟み撃ちする厚労省と法務省

 前回の末尾に、厚労省の「日系人」失業者追放策について、これが朝鮮人に対する排外的主張を誘発する可能性がある、それほど日本のレイシズムは根深い、と書いたが、もう少し踏み込んで厚労省の今回の「在留資格喪失条件付帰国支援」策を検討したい。

 そもそも厚労省が「在留資格喪失条件付帰国支援」なる策を考案せざるを得なかった背景には、「日系人」の独特の法的地位があると考えられる。当然ながら、この策の対象となる「日系人」は外国人に限られる。日本国民に対してはこうした方策は採れない。自己あるいは父母のルーツが日本国外にあるとしても、日本国籍を取得すれば本人の居住権は憲法上の保護を受けるからである。その一方で、単なる追放・送還強化策ではなく、厚労省が「在留資格喪失条件付帰国支援」という形式を採らざるを得なかったのは、「日系人」のうちその在留資格が「定住者」あるいは「永住」であるものが少なくないからであろう。

 「定住者」とは入管法別表第二に規定される「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」の在留資格である。その具体例は法務省告示に示されており、典型例は「日系二世」から「四世」までである。在留資格「定住」の場合、1年~3年毎に在留資格の更新をしなければならず、強制退去の対象にもなるが、就労の制限が無いため「日系人」の多くはこの在留資格に基づく外国人労働者として滞在している。在留が五年以上になれば在留期間更新の不要な在留資格「永住」も取得可能であるため、なかにもこの在留資格を取得している人もいるだろう。

 このように「日系人」の在留資格が、就労を認められた非短期滞在のものであったため、厚労省としては「帰国支援」という方策を採らざるを得なかったのである。「定住」「永住」よりも不安定な在留資格の場合、すでに法務省がやっているように、そもそもこうした迂回策を採る必要など無い。「研修」などの場合も同様である。だが一方で厚労省は、これを確実に外国人労働者追放策として実を結ばせるために(露骨な言い方をすれば確実に外国人労働者を減らすために)、日本政府が在留資格の管理権限を一定に掌握していることを利用して、「帰国支援」によって帰った「日系人」の「定住」などの在留資格は剥奪するという措置をセットにしたのである。つまり、厚労省が「在留資格喪失条件付帰国支援」というようなややこしい方策を採ったのは、何も温情からではなく、「日系人」の置かれている独特の法的地位に対応した外国人労働者追放策を作り出す必要があったからなのである。言い換えれば、厚労省は実のところ「日系人」をめぐる政策としてこれを捉えているのではなく、徹頭徹尾独特の法的地位を有する「外国人労働者」の問題としてこれを扱っているのである。

 在留資格を剥奪するといっても実際に日本政府がすることは「帰国支援」をうけた「日系人」の再入国許可申請を不許可にするだけでよい。再入国許可を受けずに出国すれば、即座に在留資格は消滅するからである。逆に再入国許可を与えてしまうと、「帰国支援」をした外国人労働者が再び同じ在留資格で日本に戻りうることになり、厚労省としてはその狙いを達成できないのである。坂中英徳はこれについて「我が国の法律に違反する行為を行ったとか、著しく国益に反する行為を行ったなどの事由がない」のに申請不許可にするのは妥当性を欠く、と批判しているが、法務大臣に大はばな裁量が認められている以上、こうしたことは当然起こりうるのである。

 また一方で、すでに法務省は「定住者」たる「日系人」の入国に関しても、2006年に新たな政策を打ち出している。「日系人」などの「定住者」の要件等については法務省の「定住者告示」が定めているが、法務省は2006年4月にこれを改定、「素行が善良でなければならない」ことを入国の要件とした。具体的には、「定住者」の資格で日本に入国しようとする者は「本国の権限を有する機関が発行した犯罪歴に関する証明書の提出」を求められるようになった。法務省はその理由として「「定住者」の在留資格で入国し,在留する外国人による重大事件が発生し,治安に対する国民の不安が高まっていること」を挙げている。

 これらを総合すると、厚労省などの労働政策サイドが内側から温情を装って「定住者」資格の外国人労働者を追い出し、一方では法務省などの治安政策サイドが外から入ってくる「定住者」に「素行善良要件」を課して犯罪者予備軍扱いする、という挟み撃ちの体制が築かれているのが現状であるといえるだろう。厚労省の今回の措置は、こうした外国人労働者を締め出す体制形成の一環として理解すべきではないだろうか。

 省庁の考えはおそらくこういったところにあるのだとは思うが、ここで若干気になるのが日本社会の反応である。日本社会においては、少なくとも抽象的なレベルにおいて(というよりも、抽象的なレベルであるほど)、「日系人」は「同胞」と観念されている(と思う)。そもそも「日系人」の「定住者」たる資格も血統によって根拠付けられている。もちろん、「日系人」と呼ばれる人々の間で在日ブラジル人という自称が生まれていることからもわかるように、これは当事者の意識とはズレた乱暴な観念であるが、少なくともレイシストなら同じraceと考えるはずである。法務・厚労省はこうした「血統」という建前よりも、外国人労働者という法的実態に着目して上記の排除体制を整えようとしているのであるが、日本社会ではこの事態にいかなる反応が生まれるであろうか。

 私はこれは徹頭徹尾外国人労働者をめぐる問題として理解されるべき、つまり厚労省がこうした姑息な迂回策を採らなくてもバンバン他の在留資格の外国人が事実上追放されている事実の方へと目を向けていくべきだと思う。だが、実際には厚労省への反対論自体がほとんど無いと思うし、もし仮にあったとしても日系人」の「日本人」としての側面に着目した同情論へと流れていくような気がしてならない。坂中英徳が厚労省を叩いているのも、おそらく彼が人権派だからなのではなく、彼が非常にシンプルな「日本人主義者」(という表現以外思いつかない)だからだと思う。坂中的な批判は日本社会の現住所を如実に表わしているともいえるかもしれない。
by kscykscy | 2009-05-09 01:02 | 出入国/在留管理
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