「共同提言 対北政策の転換を」を批判する④――日韓条約と日本の責任

 少し間が空いてしまったが、世界「提言」の批判に戻ろう。前回、「提言」が戦後日本の対アジア諸国外交を極めて高く評価していること、そして「大韓民国との清算が曲がりなりにも果たされた」とされる日韓共同宣言が、実質的に日韓条約への高い評価を打ち出していることを指摘した。日韓条約の問題は非常に重要なので、もう少し検討を続けよう。

 日韓交渉における論点の一つに「管轄権問題」というものがある。朝鮮が分断状態にあるなかで、韓国政府の管轄権の範囲をどこまでとみなすのかという問題である。これに関連して「提言」は「3 これまでの国交正常化の努力の評価」の項目で次のように説明している。

韓国政府は大韓民国が朝鮮半島における唯一の正統政府だと主張したが、日本政府は、ついに同調せず、大韓民国を休戦線の南のみを有効支配している国家であると認めるにとどめた。つまり休戦線の北側には別の国家があると日本は認識していたのである。ただし、その国家とは外交関係をもたないと決めていた。」(128頁)

 下線部は非常に不可解な書き方をしている。なぜ不可解なのかというと、この一文は、韓国の朝鮮半島における唯一の正統政府との主張に日本は同調しなかった、と書いているわけだが、そうなると韓国を朝鮮半島における唯一の正統政府と認めるかどうかが、ここでの争点であったということになってしまうからだ。だが管轄権問題について少し勉強したことのある人ならば誰でも知っていることだが、そんなことは一度も日韓交渉で問題になってはいない。問題になっていたのは、韓国の主権が全朝鮮半島に及ぶのか、あるいは南半部だけに及ぶのかである。韓国が朝鮮半島における唯一の政府であることについて、日韓間での意見の対立は無かったはずである。

 実際、締結された日韓条約第三条には「大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される」と記されている。ここで引用されている国連総会決議では、国連臨時朝鮮委員会が観察した地域(つまり38度線以南)において「有効な支配と管轄権を及ぼす合法な政府(大韓民国政府)が樹立されたこと」、同地域における「選挙民の自由意思の有効な表明」により韓国政府が選出されたこと、そして「この政府が朝鮮における唯一のこの種の政府であること」が宣言されている。どう読んでも、朝鮮における政府は韓国政府のみであることが謳われていると解釈するのが妥当だろう。

 これだけを見ても、日韓共に韓国政府が朝鮮における「唯一の合法的な政府」であることについては認めていたのであり、日韓条約にもそう記されていることは歴然としている。ただ、日本側は朝鮮半島に「唯一の合法的な政府」の支配の及ばない地域が存在すると主張していただけだ。

 さらに続けて「提言」は「休戦線の北側には別の国家があると日本は認識していた」と書いているが、これも意味不明だ。日韓条約第三条が記しているのは、朝鮮半島にある合法的な政府は韓国だけであるということであって、「休戦線の北側」には「別の国家」があるとはどこにも書いていない。日韓条約第三条に書いてあるのは、国連朝鮮臨時委員会が観察した地域(「休戦線」ではない)にある政府だけが合法的な政府である、つまり、その地域以外に仮に政府があるとしてもそれは非合法的な政府である、ということだ。

 引用した段落は続けて次のように記す。

「大韓民国も朝鮮民主主義人民共和国もそれぞれ自らが朝鮮半島における唯一の正統政府だと主張していたので、韓国と国交をもつ日本が北朝鮮と国交をもつことは不可能であった」(128頁)

 二つの引用文をつなげて読むと、日本としては韓国の「唯一の正統政府」だとの主張には同調しなかったが、朝鮮では南北がそれぞれ「唯一の正統政府だと主張していた」、だから日本は朝鮮民主主義人民共和国と国交をもつことが不可能であった、という物語が出来上がる。つまり日本が朝鮮民主主義人民共和国と国交を結べなかった原因は、朝鮮の南北がそれぞれ「唯一の正統政府だと主張していた」から、ということになる。

 だがこれは滅茶苦茶な話である。日本と朝鮮民主主義人民共和国の国交交渉が全く進まなかったのは、日本が韓国を「唯一の合法的な政府」として承認したからであって、南北の両政府が互いに「唯一の正統政府」だと主張し合っていたからではない。この段落を一読すると、あたかも日本側は朝鮮民主主義人民共和国との国交交渉の余地を賢明にも残していたかのような印象を受けるが、これは問題のすりかえである。

 しかも、日本側が韓国の管轄権を南半部に限定したのも、別に「国交正常化の努力」のためではない。

  確かに交渉の最終局面において、全朝鮮に主権が及ぶことを主張する韓国と、朝鮮南半部のみとする日本の見解は対立していた。だが、すでに吉澤文寿が指摘しているが、1951年11月7日の国会答弁で西村熊雄条約局長は「北鮮〔ママ〕にある日本の財産の問題も大韓民国政府相手の交渉の内容をなす結果になる」と答えているのである(吉澤『戦後日韓関係』48頁。なお同答弁についてはここで全文閲覧できる)。

 つまり、日本は自らの「財産」を請求する際には、韓国の管轄権に朝鮮半島全域を含ませようとしていたのである。逆に、交渉の最終段階では、韓国側が北半部の分も対日請求権を持っていると主張していたため、日本側は対日請求権を値切るために管轄権を限定した。別に日本による朝鮮民主主義人民共和国との「国交正常化の努力」として肯定的に評価できるようなものではない。

 世界「提言」は、事実を捻じ曲げ、問題をすりかえ、朝鮮側に責任をなすりつけてまで、戦後日本外交を肯定したいのだろうか。
by kscykscy | 2009-02-21 03:52 | 世界「共同提言」批判
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